私に降る雨は何でこんなに冷たくて、痛いくらいに切ないんだろう。
「・・・シタイの?」
「違う、、そうじゃない」
「…そっか、、」
[005:cold pain cold rain]
201号室から出てくる人をあ〜ちゃん以外で、もう何人見たかな。
それに、最近気付いたのは、あの爆音は一概に音楽を聞いてるだけじゃなくて、声を隠すためなんだ。
この部屋の壁は薄い。聞きたくない音を消してくれるなら、爆音のほうがまだマシだ。
「かしゆか、変わったね」
久しぶりに会った友人から一言目に聞こえてきたのはこのセリフ。
え?どこが?ゆか、どー変わった?
「・・・そう?」
「うん。なんか派手になった」
少し面白くない顔をして、カヨちゃんは言った。
「ってゆーか、ちょっと付き合い悪くなった」
ショックだった。
そんなことないのに。
たまたま新しく友達が出来て、たまたま約束ごとが増えただけ、だもん。
そりゃまぁ、、三回ドタキャンしちゃったけど、、。
「ん、ごめん。ちょっと会えなくて淋しかっただけだよ」
カヨちゃんは小さく笑った。気にしないで、って舌を出して笑った。
「あの子と、友達になったんだって?」
「あぁうん!そうなの!ねぇカヨちゃん!あ〜ちゃんってめっちゃいい子だよ?すっごい可愛くて頭がよくて強くて、」
「ふーん」
「カヨちゃんも好きになるよ!」
自分の大好きな友達と大好きな友達が仲良くなってくれたら嬉しい。
カヨちゃんは勘違いしてるから。その誤解をといてあげたい。
あ〜ちゃんはいい子だから。すっごい可愛いから。
「かしゆかって流されやすいよね」
へ?何?なんて言ったの?
いい意味?…じゃ、ないよね、、
「え?そんなこ、と、、
「ねぇ!」
カヨちゃんの声は思ってたより大きくて強くて、ゆかの声なんてすぐにかき消された。
「あの子たちと、かしゆかは違う」
・・・そんなの。そんなの、わかってるよ。
なんで?カヨちゃん?なんでわかってくれないの?
ゆかが強くなりたいって。東京の女になりたいって。なんで、、
あれ?でも、なんで、
「あの子、たち?」
カヨちゃんは目を逸らした。
中学からずっと仲良しで、短大まで一緒で。
一緒に東京に出てきた友人に本気で呆れられて、本気で目を逸らされた。
「・・・あたし、あの子とシタ、よ、」
「へ?」
「のっち」
「は?」
「ゆかも私も、あの子たちとは…住んでる世界が違う」
そう言い残してカヨちゃんは伝票を持って出ていってしまった。
ゆかは動けなかった。
目に涙を溜めた親友が、助けも求めず帰っていったのに、椅子から立ち上がることすらできなかった。
ここがサウンドじゃなくてよかった。本当によかった。
こんな姿、誰にも……二人に、見られたくない。
消えていく親友の背中を見つめながらも、考えてるのは二人のことだった。
“あやかがハンバーグ作ったから食べおいでー”
そう言われて、のこのこ201号室にお邪魔した。手ぶらじゃ悪いからビールを持って。
部屋に入るといい匂いが立ちこめて、相変わらず可愛い笑顔のあ〜ちゃんと、
何もしないですでにビールを一本あけてるのっちがいた。
「今日、下北いたー?」
キッチンでエプロンを付けているあ〜ちゃんが、ハンバーグを運びながら聞いてきた。
「え?あ、、うん。いた。」
「スープカレー?」
「え?うん」
「やっぱりー」
言いながらエプロンを外して、ビールを手にとった。
「あ〜ちゃんも食べたんよー骨付きチキンのスープカレー!めっちゃおいしくない?」
「あ、う、うん。」
どうしよう。あ〜ちゃんもいた、の?気付かなかった。聞かれてたら、どうしよ…
「あ〜ちゃんが行こうとしたらゆかちゃん出てきてさー」
「声かけよーとしたら、行っちゃったー」
…よかった。
「あ、、そう。そっかー、会いたかったよー」
「うん、ねー」
ニッコリ笑ってビールをあけ…ようとしたら、爪が邪魔してあかなくて、
隣に座るのっちが視線もむけないでそれを取って、片手で見事にあけてあ〜ちゃんの手の中へと戻した。
二人のやりとりは、どっからどう見ても、やっぱり恋人みたい。
「ゆかちゃん一人だったのー?」
「あ、いや…友達、と、」
「あー、、えーっと…カヨちゃん?だっけー?」
「うん!そう」
嬉しいな。あ〜ちゃんが覚えててくれた。
チラッと隣ののっちを見ると、漫画みたいにわざとらしくビールを吹き出してた。
「今度紹介してよー!DJやってる子だよねー?」
「え、…あ、うん」
あ〜ちゃんは鋭い。ゆかの戸惑いになんか、すぐに気付く。
「どしたん?」
大袈裟なくらいに驚いて、目を大きくして真剣な顔をした。
あ〜ちゃんの真剣な顔には弱い。だからゆかは、馬鹿みたいに話した。
カヨちゃんのこと。最近ちょっとおろそかにしちゃってたこと。
だけど、大好きで大切な友達って。
「そっかー、そりゃゆかちゃんいけんわー」
優しく言うのに真剣な顔のままだから、ゆかの心臓はバクバクいってる。
きっとビールのせいじゃない。
「友達ってみんな平等。みんな大事にしたほうがいい」
当たり前のことなんだけど、あ〜ちゃんが言うと説得力がありまくりでちょっと悔しい。いや、ちょっと惨め。
わかってるよ。わかってるんだ。ゆかが悪い。ちょっと浮かれてた。カヨちゃんのこと、忘れてた。
「…そうかな」
静かに聞いてるだけだったのっちが、ビール片手に話しだした。
「みんな大事だけど、平等ではなくね?全然ピンとこない」
ビールを飲みながらシレッと言い放つ。
何言ってんだろ?やっぱりこの人全然わかんない。
あ〜ちゃんを見ると、やっぱり不満たっぷりの顔をしてた。
「だからあんたは駄目なんじゃろ!?」
呆れるように罵倒して、あ〜ちゃんはグイッとビールを飲み込んだ。
それでものっちはシレッとしてて、そんなのお構いなしに三本目のビールをあけた。
「だって、あやかと他の子全然一緒じゃないよ?あやかの方が数倍大事」
何でもない顔で当たり前みたいに言って、隣であ〜ちゃんが少し照れたのを見て、のっちは小さく笑った。
なにこれ?こんなふうに言っておいて、言わせておいて。でも二人は恋人じゃないの?意味わかんない。
ついこの前までは、そうゆう関係がわかんなかったけど、
今ではこの二人が、そうゆう関係じゃないことの方がわかんない。
「…だから、あんたは駄目なんよ」
さっきより弱々しいあ〜ちゃんの声が部屋にこぼれた。
のっちの言ってることは、もっともなのかもしれない。
“今日は彼氏んとこ泊まるー”そう言ってあ〜ちゃんは帰った。
“片付けてよー”ってのっちが甘ったれたことを言ったけど、
“時間ない”ってあ〜ちゃんは帰った。
「いいよ、のっち。ゆかがやるよー」
別にのっちのことが好きとか可愛いとか思わないけど、どうもこの人は甘えるのがうまい。何かしてあげたくなる。
「んーありがとー」
なんでもない顔をして、のっちは三本目のビールをからにした。
洗い物が終わっても、のっちが帰れと言わないから、ゆかはテレビを見てるのっちの後ろのソファに座った。
わかってるんだか、わかってないんだか、難しいニュース番組を見て“うんうん”って頷いて、
「世知辛いねー」なんて言ったりしてた。
ゆかはおかしくなって、そうだねー、って言って二本目のビールに手を伸ばした。
するとのっちは視線もよこさないまま横からそれを取って、
あ〜ちゃんにしたみたいにゆかのビールもあけてくれた。
小さく「ん」って言いながら渡されたそれは、少しぬるかったけど、馬鹿みたいにおいしかった。
“のっちももうちょっと飲んでいいー?”なんて聞いて、
ゆかが、いいよー、って言うと“ビールあきたなー”なんて言って。
冷蔵庫からウーロン茶を出して、カウンターにある飲みかけの焼酎を持って戻ってきた。
手早くウーロンハイをつくると、またさっきみたいにソファの前に座った。だけどなんだか距離が近い。
「ゆーかーちーん」
なんとも可愛い声がした。
ちょっと情けない子犬みたいな声。
「なーに?」
出来るだけ優しく聞き返す。
やっぱりなぜだかこの人には、優しくしなくちゃいけない、みたいな錯覚に陥る。
「ごめんねー」
そんなふうに思ってると、急に謝ってきた。
なんのこと?急すぎて、ゆかは全然わからなかった。
「ゆかちんの友達って知ってたらさすがにのっちだってヤんなかったよ」
困ったような顔をこちらにむけて、情けない声を出す。
ヤるとかヤらないとか。のっちがそうゆう人間だってことはもう知ってるでしょ?
と言わんばかりに説明も言い訳もなかった。
それに、まったく反省もしてなければ、悪いとも思ってなさそうだ。
「カヨちゃんいい子だねー。でもちょっと悪いことしちゃた、かもなー」
「ごめんね?」
いつの間にかのっちはゆかの膝の上に顎を乗せていた。
スカートから出た素足にショートボブの毛先があたってくすぐったい。
「・・・なんで、ゆかに謝るんよ?」
本当にそう思うなら、本人に、カヨちゃんに謝ればいい。
そうするべきだし、それが正論。
なのに、のっちは、
「んー、、わかんないやー」
なんて言って、今度はおでこをぐりぐりさせた。
酔ってるのかな?距離が近い。いやでも、お酒、強いはず、
「なんよそれー」
この空気を険悪なものに変えたくないゆかは、できるだけ明るく言った。
この人との空気は、そのくらいがちょうどいい。
「いやだって、カヨちゃんに嫌われても仕方ないけどさー。のっち、ゆかちゃんには嫌われたくないよ?」
少し笑って、少し真剣。
あ、この人、モテるわ。ゆかは全然平気だけど、こりゃモテるよ。
「べ、別に、嫌わんよ、」
声を出したら意外にも動揺していた。
ならよかった。ってのっちは笑って、ウーロンハイを飲み干した。
からになったらグラスに、またお酒をつくる。
体が離れて一気に距離が遠くなった。
少し淋しいと思ったゆかがいた。
それからゆかもウーロンハイを飲んで、のっちは締めのコーヒーをいれてくれた。
“泊まってく?”のっちは聞いたけど、
“隣だから”そう言ってゆかは帰った。
帰りぎわ、のっちはゆかに言った。
「ゆかちんのこと、好きだよ」
そんなこと言い慣れてるんだろうな、この人は。
それに、そうゆう意味じゃないこともすぐにわかった。
「ゆかちんは他の子たちと違う。普通に友達でいてくれるし…やっぱり平等って嘘だよ。ゆかちんのが数倍好き」
照れることもなくあっさり言ってのけた。
でもその言葉には下心がないから、そりゃ照れないか。なんて、冷静に判断してる自分がいた。
「ゆかも。のっち好きだよ。なんかかわってて…おもしろい」
ゆかも照れずに言えた。
のっちは不思議そうな顔して笑った。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
言い合ってのっちの部屋を出た。
自分の部屋に戻ってシャワーを浴びると、ふと変な思考が舞い降りた。
あ〜ちゃん、今日彼氏んちか。のっちは、今日ひとり。
淋しくないのかな?
いくら恋愛としての好きじゃなくても、何度も体を重ねてる相手が、別の誰かと…なんて。
あ〜ちゃんは違うと言ったけど、のっちはあ〜ちゃんが好きなんじゃないかな?
それってのっちめっちゃ切ないじゃん。
そんな事考えてたら、少し胸が痛んだ。
この痛みにつける名前はわからないけど。
最終更新:2009年12月09日 13:51