ただ、愛しているの。
ビター・ビター(38)
「まだ繋がらん…っ。」
かしゆかは、苛々していた。原因はあのボブ頭の女、ただ一人。あ〜ちゃんとの電話を終えても一向にかしゆかの涙は枯れることなく流れ続けた。ベッドにうつ伏せに寝て涙を流して枕を濡らして。瞼がぱんぱんに腫れきった頃に、漸く携帯電話を再び手に取る。今度はのっちにかける。だが、いくらかけても応答はなく、呼び出し音が永遠に流れるだけである。留守番電話にしているわけでもなく、ただ無機質な機械音が鳴り響いていた。
あくる日も、かしゆかは暇があれば電話をかけた。今はオフが多い時期の為、仕事でも会うことはなかった。余計にかしゆかの心に不安が走る。どこかで倒れているのではないか? もしかして、最悪の事態まで想像してしまう自分が嫌だった。長い髪の毛を無造作に掻き毟って「もうっ。」と苛々を言葉にすれば、またあの女が現れた。
「あ、かしゆかちゃん久しぶりー。どうしたの? そんな眉間に皺寄せて。」
「…別に。ていうかのっち見んかった!?」
「大本さんならあ、さっき食堂で見たよ?」
彼女の答えを最後まで聞かずにかしゆかは走り出していた。のっちが学校にいる。無事なんだ、それだけでかしゆかは安堵した。この逸る気持ちは止められなった。
食堂に着くと、昼休みだからか大勢の生徒が昼食をとったり、談笑を楽しんだりしている。人で溢れかえるこの場所からのっちを見つけ出すことは難しい。苛々は募った。携帯電話を手に取って電話をかけるも同じ音しか聞こえない。
「…バカじゃないの?」
人の気も知らないで。あ〜ちゃんに振られたか何だかしんないけど、勝手に人の前から消えないでちょうだい、ゆかがどんだけ…
溢れる思いに押しつぶされそうになっていると、スッと視界に入ってきた。3人組の女の子の輪にひとり見えた、黒い頭に黒いライダースジャケット。すぐにわかった。
ずんずんずん、かしゆかが歩み寄っても気付かない。隣まで近づいて上から覆う影の存在に気付いたのっちはやっとかしゆかを見た。
「…ゆかちゃん…。」
「なんしよんよ、アンタ!」
バチンッ!!
乾いた肌と肌ぶつかり合う音が響いた。だが、思い思いに談笑を楽しむ食堂では気付く人は少ない。周辺の人だけがこそこそと耳打ちをする。「Perfumeのかしゆかがのっちのほっぺた打ったよ。」と。
のっちは叩かれた頬を押さえるわけでもなく、じっとかしゆかを見ていた。冷たい空気はかしゆかの掌までもじんじんさせた。かしゆかは、その視線がとても切なくて思わずかしゆか自身が泣きそうになってしまった。無言だけが時間を進める。
「……ごめん。」
ぼそりと呟いたのっちがかしゆかの手をとった。けれどかしゆかはその手を振り払った。のっちの今日のお昼ごはんは期間限定の北海道のコーンをふんだんに使った味噌ラーメンだった。温かいラーメンを食べていたのに、びっくりするほど手は冷たかった。
かしゆかはそのままのっちに背を向けて食堂を出た。何がしたかったのか、自分でもわからない。とりあえず連絡を寄越さなかったのっちに腹が立った。
(…あ〜ちゃんのこと、あんなに好きじゃったんじゃけえ、縋るくらいしなさいよ…! こんなんじゃ、こんなんじゃ、)
「…のっちのこと忘れられん…っ、」
のっちは追いかけて来なかった。背中に感じたのは、冷たい風だった。
最終更新:2009年12月09日 14:20