申し訳程度にしか照らしてくれないアパートの廊下の電灯。薄闇の中で鍵をさして右に捻れば、ガチャリと金属音がして鍵が開く。
ドアを開けた先には、真っ暗な空間。壁にあるスイッチを押せば、チリっとフィラメントに通電する小さな音に半瞬遅れて、眩しすぎるほどの明かりが目が眩らます。
一人暮らしだから、イチイチ「ただいま」なんて言わない。
ああ、でも、一人暮らしを始めたばっかりの頃はなんとなくで毎回言ってたっけ。いつの間にか言わないのが当たり前になってた。この明るすぎる玄関の明かりにもいつの間に慣れたんだろう。
まぁ、そんな、なんてことないいつもの行動。
それなのに、
ガチャ
「あ、おかえりー」
それなのに、開けたドアの先が真っ暗じゃないとか、冬なのに室内が冷え切ってないとか、迎えてくれる人の声が聞こえるとか。
なんか、、こういうの、って、、全然慣れない。
なんていうか、、、心の底がむず痒い。それはもう、ものすごく。伸びた爪でガシガシと掻き毟ってしまいたいくらいに。
のっちが我が家に棲み付いてから一週間が経った。
ことあるごとに、あたしの“いつも通り”が崩されていって。
その度に、ああ、そっか、あたし、今は一人暮らしじゃないんだ、なんて妙に実感させられる。
だけど、たぶん、嫌ではない。
、、きっと、そんな感じ。
「ごはんにする?お風呂にする?それとも、のっ、ごぶっ」
「じゃーまー!」
のっちの顔にバッグを押し付けてさっさと部屋にあがる。
このアホの相手なんてイチイチしてられん。
これはこの一週間の二日目にはすでに学習したこと。
「あ、今日ガッコでゆかちゃん見たよ」
「うわっ。絶対話しかけんでよね」
あたしのカバンを抱えて、のそのそと後ろに続いてくるのっちに思いっきり顔をしかめながら言ってやった。
のっちの口がへの字の曲がって、眉がどんどん八の字に下がっていく。あ、その顔、ちょっとカワイイかもー。っていうかおもしろーい。
そうなの。なんと、のっちとは大学も一緒でした!・・・なんて、あの合コンに参加してる時点で当然っちゃー当然なんだけど。
たまたま授業が一緒になったあ〜ちゃんと同郷ってことで仲良くなったらしいけど、そんなあ〜ちゃんがのっちの唯一の友達だと言う。他に友達いないの?って聞いたら、「イラナイ」だって。やっぱり、変わった奴。
学内であたしがのっちと話すことはない。っていうか、あんだけ広いキャンパス内で偶然見かけるなんてこともないし、特別見つけようとも思わない。もちろん一緒に住んでることは友達には言わない。言いたくもないし、言う必要もない。
「ゆかちゃんさー、ガッコだとキャラ違うくね?」
「そうかもねー。ねぇ、ゆか着替えたいんだけどー」
「ってかさー、ガッコだとネコ被ってるよね」
「被ってにゃいよ。ねー、そこ邪魔ー」
のっちをどかして、今朝ベッドの上に脱ぎ捨てたままの部屋着に着替える。
これ、去年の誕生日にあ〜ちゃんからもらったんだ。パーカーとショートパンツがもこもこしてて、めちゃくちゃカワイーの。のっちには部屋でもそんな脚出して変態か!って言われたけど。むしろ誰も見てないんだからいーじゃん。あ、今はのっちが見てるか。ま、別にいーや。そんなことより、バイトのシフト、メールしとかなきゃ。
「ねぇ、ゆかちゃんさー、あ〜ちゃんのこと好きでしょ?」
のっちの突然の言葉に、メールをチェックしようと開いたばっかりのケイタイがツルっと手の内から滑っていった。
なに、今の?いきなり何を言い出すんだ、コイツは。
ケイタイ落っことしちゃったじゃん。傷がついたら、どうしてくれるんだっての。
「ゆかちゃん、あ〜ちゃんのこと好きでしょ?」
「言い直さんでも、聞こえとる」
うっわ、何そのドヤ顔。すっごいムカつく。ちょっとあたしが動揺したからって嬉しそうにしやがって。ちょームカつく。そのぷにぷにしてそうなほっぺた抓ってやりたい。
「いだだだ!いひゃい!いひゃいってゆかひゃん!」
「あぁ、、つい、思うままに手が・・・」
思ってたよりぷにぷにしてたのっちのほっぺたを抓ってた指を離すと、赤くなってた。
赤くなったところを摩りながら、なんか涙目になってるけど、謝ってなんてあげなーい。あたし悪くないもん。
「なんで、そう思うん?」
「んー・・・ゆかちゃんのあ〜ちゃんに対する視線、とか?」
マヌケ面して、なかなか結構鋭いんじゃない?
今まで誰にも気づかれたことなかったのになー。って、こんな感情、真っ先に隠してるけど。気づかせるわけないじゃん。
だって、フツーじゃないでしょ。
女の子が女の子に恋してる、なんて。
フツー、じゃないよ。
「うん。すきだよ」
「じゃあ、ゆかちゃんとのっち、恋敵じゃーん?」
「あー。。そゆこと・・・」
なんだよ、友達なんかじゃないじゃん。
・・・ゆかとあ〜ちゃんはトモダチだけど。
トモダチ以上にも、トモダチ以下にも、もうなれないから。
「お、修羅場ですか?」
「・・・でもぉ〜」
だって、
あ〜ちゃんが望むミライと、あたしが望んだミライ。
あ〜ちゃんが望むシアワセと、あたしが望んだシアワセ。
それは決して交わらないから。
「ゆか、のっちのことも好きよ」
「え?」
「・・・・今日、一緒に寝よっか?」
「・・・!」
あ。
顔真っ赤。結構、純粋だったり?まさかねー。んなわけないか。
あたし、上目遣いには自信あるんでぃす☆なんつってー。
「ゆ、、ゆかちゃ」
「やだぁ〜真に受けてるぅ」
「・・・なっ!」
キミ、純粋どころか、めちゃめちゃ軽いでしょ。チャラいよ、チャラい。フツー出会ったその日に、酔っ払った子、抱かないでしょ。しかも同じ女の子だよ。抱かれる方も抱かれる方だけど。って、あたしのことじゃんね。
っていうか、本当にシたかどうかすら、全然覚えてないんだけど。
別に一緒に暮らして始めた今も、そんな雰囲気になったことないし。
「うっわ。。この人のっちの純情を弄んだよ!」
「だぇれが純情よ、どアホ」
だけど、、もしも、のっちがあたしと同じ立場で、もしも、同じ傷を抱えているのだとしたら。
友達なんてイラナイって言いながら、きっとあのあ〜ちゃんの屈託のない笑顔に魅了されるがまま、あ〜ちゃんに惹き寄せられていって。
ある日うっかり、それが恋に変わっちゃったりして。だけど、そんなの奇跡が起こらない限り叶いっこない恋愛で。ましてや、あ〜ちゃんには彼氏がいて。。
ううん。ホントはそんなこと関係ない。のっちが知ってるかどうかは分からないけど、それ以上に超えられない壁があるんだよ、あ〜ちゃんとあたしたちの間には。
ねぇ、キミにはできる?
あ〜ちゃんのシアワセを壊すことを。あ〜ちゃんのミライを奪うことを。
・・・・あたしには、できなかったよ。
だけど、それでも想いは募るばっかりで。だから、報われないって分かってても、それでもいい、なんて自分に言い聞かせて。。
だとしたら、、
ねぇ、キミのシアワセって、何?
キミのシアワセはどこにあるの?
「くそぅ。。弄ばれた純情の代償として、冷凍庫に入ってるハーゲンダッツをのっちによこせー!」
「あ、明日安売りの日だから食べてもいいよ」
「え!?まぁじで?やったー!!」
まぁ、なんてマヌケ面。
まったく、気が抜けるよね。なんかちょっと難しいこと考えてたあたしがバカみたい。感傷に浸るなんて、ちょっとカッコイイことしてみたのにさ。
とりあえず、美味しいものが食べられればシアワセ、なのかもね?キミの場合は。
やっすいシアワセだこと。
「じゃあ明日、買い出し行って来てね。ストロベリーとクッキー&クリームは必須だから」
うん。でもそれくらいが丁度いいよ。
それくらいで充分だよ。
あたしのシアワセ?
んー、、そうだなぁ。。
とりあえず、今は、本物のモモンガが飼いたいな。
うん。できれば、図々しくない子で。
<02-終>
最終更新:2009年12月09日 14:23