痛いくらいの雨の後は、窮屈なくらい傍にいて。
「本当は好きなんでしょ・・・?」
「…本当に、鈍感だね」
「え、?」
[007:after the rain]
好きにならなきゃよかった。
好きにならなければ、愛しい部分も知ることができないけど、嫌いな部分すら、知ることはなかった。
いつか終わりが来ることを待ちながら、それでもその中で“イマ”を見つけるなんて無理だろ?
201号室では、今夜も夕食会が開催中。
あ〜ちゃんの作る鍋、本日はもつ鍋を食べて、ゆかの買ってきたビールを飲む。
この部屋の主は、いつもと変わらず何もしないけど、“場所提供場所提供”って笑ってごまかした。
そんなごまかしが人に通用するのは、こいつだけだ。
そんな、調子がよくて適当で、モテモテでどうしょもなくて、恋人には困りません!
みたいな、この人が、こんな事を言い出したもんだから、今夜は大荒れの予感。
見事に外では大粒の雨が降っている。今夜ののっちは、なんか、変だ。
変、なんていうといつも変だから、変わりないといっちゃ変わりないんだけど、、。
そうじゃなくて…、いつもは聞き役にまわることが多いのに、今日はよく喋る。
今夜もビールを三本あけたところで、緑茶ハイに切り替えて…普段通りだったはずなのに。
ゆかは、ただただ驚くことしかできなくて、
「どしたん?!」なんて口走ったら、
「だってそうだろ?」なんて返されてしまった。
ゆかものっちもそれ以上何も言えなくて、見つめ合っていた視線を二人同時にあ〜ちゃんへと向けた。
あ〜ちゃんはビールを飲みながら、ギョッとした顔をしてみせた。
「まったくー二人揃ってー」
なんて言いながらも、私たちに頼りにされてることに気付いて、まんざら嫌でもなさそうだ。
「だいたいね!終わりを考えてたら、恋なんかできんじゃろー」
三人で恋愛トークになるのは初めてだ。
この二人と恋愛トークって…ゆか、ハードル高くない?
「のっちはさー、もうちょっと人に対して誠実になりなー?素直になって、分かり合えたら楽しいんじゃない?」
「……今もじゅうぶん楽しいよ、」
「ははww超素直じゃないねー」
あ〜ちゃんの言った言葉に納得。のっちの返事にも、妙に納得。
それを受けて、あ〜ちゃんは楽しんでるみたいに笑った。
「人を好きになるって、すっごい素敵なことなんよー」
あ〜ちゃんの顔は、恋する乙女みたいですっごい可愛かった。
隣ののっちは、そんなあ〜ちゃんを見て、泣きそうな顔で笑った。
あ、やっぱり、、のっちは、、。そんな顔…似合わないよ。
「素敵?そんなの全然わかんない」
「……怖くなるだけだ」
のっちは淋しそうに言った。呟いた、の方が正しいかもしれない。
でも…のっちもちゃんと恋愛してたんだな。今みたいに身体だけ、とかじゃなくて。
怖くなる、なんて。そんな経験、よっぽど想ってた人がいたんだろうな。
元気のないのっちを尻目に、ちょっと安心もした。
「怖がってばっかりいるから、誰かに夢中になれんのよ!」
でた。あ〜ちゃんの恋愛語録。
ゆかの頭の中にある、あ〜ちゃん恋愛名言集に、今のもサクッと追加、と。
のっちはまたいつもみたいに喋らなくなった。
それが普通といえば普通だし、今、変に労いの言葉をかけるのも違う気がしたから、
ゆかはおとなしく二本目のビールを飲み干した。
鍋が食べおわると、またあ〜ちゃんは彼氏んち行かなきゃ、って帰る支度を始めた。
あ〜ちゃんが帰るのをお見送り。玄関まで行くと、いつも座りっぱなしののっちまで、ゆかの隣にきた。
…珍しいな。のっちもあ〜ちゃんお見送り、
「行くなよ、」
、、じゃ、なかった。
今夜ののっち、本当どうしたんだろ?
あ〜ちゃんはゆかをチラッと見た。目が合うと、少し困った顔をして、すっ、とのっちの顔に手を伸ばした。
「なに言っとるんよー」
優しく頬を撫でて、まるで子供をあやすように言った。
隣でゆかは、のっちの横顔を見つめ続けた。
「・・・だって、誠実になれって言ったのあやかじゃん。なのにおまえ全然誠実じゃないじゃん」
小さな声で、だけど真っすぐな声でのっちは言った。
その横顔がすごく、きれい。あ〜ちゃんは小さく笑った。
「のっち?あたしはね、色んな人と向き合って、その中で一番を探してんの。
たくさんの人に逃げてるわけじゃないの!ちゃんとそこに愛があるの」
言い終わると、頬に伸びてた手を離した。
同時にのっちは部屋の奥に戻っていった。途中でガンッて壁を蹴った音がした。
「ゆかちゃんごめん!あいつ、ちょっと頼むわー」
両手をあわせて小声でそう言って、あ〜ちゃんは帰って行った。
うん、って頷いたのはいいけれど。さて、ゆかどうすればいんだろう。
仕方ないから、とりあえず鍋の片付けをしよう。しばらくはほっとこう。そしたらほとぼりも冷めるだろう。
と、その前に、のっちが蹴っ飛ばした衝撃で倒れたCDの山をチャチャッと直して、と。
キッチンで洗い物をしてる最中も、
これから何を話そうか?むしろ何て話しかけようか?
そればかりが頭の中をぐるぐるぐるぐる。
全然思いつかないのに、洗い物はもうすぐ終わる。
あー、もうっ、どうしよう、、。あ〜ちゃんみたいにのっちと付き合いも長くないし、
こんな時にのっちには何て声をかけるのがいいか、正解がまったくわかんない。
あーーもーーうーー……ん?
背中が、あったか、い?……ん?
視線を下げると、お腹にまわったふたつの腕。
気付くのが三秒くらい遅れたけど……のっち?
「・・・ど、したん?」
後ろから抱き締めてくるのは間違いなくのっちの腕だった。
「んー、、なんとなく」
小さく弱々しく答えるから妙に心配になっちゃって、洗い物の手が止まる。
でも多分、それだけのせいじゃない。
「な、なんとなくって、なんよもー」
ふざけて言うのが精一杯だ。
でも、のっちとの空気は明るい方がいい。
「んー、、ちょっと甘えさせて?」
頬をスリスリ背中にあてられて、腕はギュッてゆかを離さないで、、
あ、やばい、、。ゆか、ドキドキしてる。
この人だから、じゃ、ない。
こんな状況初めてだから。誰かに甘えられるのも初めてだから。
この人だから、じゃ、ない、、。
「こっち、むいて?」
後ろから聞こえる低い声に、心臓が大きく跳ねた。
悟られないように平静を保つのには、かなり至難のわざだけど、
「手、泡だらけなんよー」思ったより明るく言えたら、そっか、ってのっちは腕をほどいた。
その前に一瞬だけ、
ゆかの服をギュッて掴んだのを、見逃さなかった。
「愛とか恋とか、正直もうどーでもいんだよねー」
洗い物が終わって、また二人で隣同士座って緑茶ハイを飲んでたら、不意にのっちが言った。
「・・・なんで?」
本当にそう思った。普通に気になったから。
「大恋愛も大失恋もしたことあるから」
のっちは無表情だった。
ゆかは怖くなって、思わずのっちの膝に触れた。そしたら眉毛をおもいっきり八の字にして、のっちは情けなく笑った。
その顔が、表情が、行動が、全部が全部切なくて、ゆかはのっちの頭を何度も何度も撫でた。
のっちの頭を撫でながら、“それってもしや、相手あ〜ちゃん?”なんて浮かんできたけど、聞くのはやめた。
そうだった時、二人と一緒にいられない気がして。
のっちはこんなに深い部分まで見せてくれたのに、ゆかは、ずるい。でも…聞けなかった。
“泊まってく?”またのっちは聞いたけど、
“隣だから”そう言ってまたゆかは帰った。
帰りぎわに、いつも片付けありがとう。CDもありがとう。ごめんね。と、つたない言葉で伝えてきたのっちが、
あまりにも可愛くて、あまりにも愛しく感じたから、
ゆかはあ〜ちゃんがしたみたいに、のっちの頬に手を伸ばした。
ゆかの手は少し戸惑っていたけれど、のっちはあっさりそれを受け入れてくれた。
いいよ。のかわりにゆかが笑うと、のっちも笑って。ゆかは頬にあるその手で、また頭を撫でてあげた。
何だかんだであ〜ちゃんが、のっちのことを自分のところにとどめておく気持ちが少しだけわかった。
この人は…どうもほっとけない。
髪をといてあげると気持ちよさそうに目をつぶったり、はにかんだりして、
その表情をずっと見ていたくて、ゆかは何度も何度も髪をといた。
不意に腕をとられて、今度は真正面から抱き締められたのに気付いたのは、
手に持っていた携帯が、床に落ちた音を聞いてから。
のっちの腕はこうやって、誰でも簡単に抱き締める。
そう思うと悲しいし、悔しいから、ゆかは無理矢理腕をほどいた。
悲しそうな顔をしてみせたのっちを、かわりにゆかが抱き締めた。
のっちは背をまるめて、ゆかの首元に擦り寄ってきた。手はまたゆかの服を掴んでる。
ゆかが腕をほどくと、小さく“ありがと”って言った。服を掴んだ手は、そのままで。
「おやすみ」
そう言うと、のっちは手を離して、また泣きそうな顔で笑って、
「あやかじゃ、ないよ」
ゆかが聞けなかったことを知ってるみたいに言った。
…危険だ。
そう判断したゆかは、玄関のドアをおもいっきり開けて、忘れるためにおもいっきり閉めた。
外はまだ雨が降っていて、最後に見たのっちの泣きそうな顔が、頭から離れない。
危険を察知したのが遅すぎたみたいだ。
ゆかはもう一度ドアを開けた。
最終更新:2009年12月09日 14:38