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“LAST BITTER”


ビター・ビター(39)



終わりがくる恋愛なんてしたくない。そう思うのは単なる我儘なのだろうか。



仕事も徐々に年末に向けて増えてきて、また同じように3人で集まる回数も増えた。相変わらず何事もなかったかのように過ごす。そんな曖昧であやふやな関係に終止符を打つかのように、仕事終わり、久しぶりに3人水入らずファミリーレストランに入り、口を開いたのは、あ〜ちゃんだった。あ〜ちゃんの一言に一瞬で空気が凍った。


「あ〜ちゃんね、元彼とより戻すことになったんよ。」


かしゆかは悟られないようにのっちを盗み見する。のっちは無表情かつ無反応でたらこスパゲッティーをフォークに巻きつけていた。彼氏がいたことすら知らなかったかしゆかが慌てて反応を示すと、あ〜ちゃんは馴れ初めを話し出した。うんうん、とかしゆかだけが興味を持って聞く。のっちは依然として無表情で食べ続けている。そんなのっちを見てかしゆかは苛立った。


「今度紹介してね。」
「うんっ、優しくていいひとじゃけえ、きっとゆかちゃんも気に入ってくれると思う。」


あ〜ちゃんは心底嬉しそうにかしゆかに笑いかけた。あ〜ちゃんの嬉しそうな笑顔を見て、かしゆかの表情も自然と微笑む。緊迫した空気が穏やかになっていたのに、それを壊したのはのっちだ。


「あのラブホテルから一緒に出てきた男とより戻したんだ。」
「ちょっとのっち。」
「どうせ、男がいいんじゃん。」


拗ねたように吐き出した言葉。のっちの表情は歪んでいた。のっちらしくない、今にも泣き出しそうな表情をしてあ〜ちゃんに何かを訴えかけている。かしゆかは、それをただ呆然と見た。嫌味を言われたあ〜ちゃんからは笑顔が消え、そして静かに喋り出す。


「のっち。あんたわかってないんよ。」
「何が?」
「あ〜ちゃんは、のっちのこと振ったよ、でもそれは嫌いになったわけじゃない、のっちのことは大好きだよ、でもあ〜ちゃんはのっちのこと幸せに出来ん。のっちもあ〜ちゃんのことは幸せに出来んよ。」
「……。」


あ〜ちゃんの言葉は、のっちとあ〜ちゃんが付き合っていた3年を否定するかのようだった。だが、あ〜ちゃんは互いのしあわせを願って選んだ決断だと言った。のっちは何も言えなくなってしまう、同じくかしゆかもそんな2人のやり取りを前にただ2人の顔を交互に見ることしか出来ない。重い空気をどうにかして追い払いたかったかしゆかは、メニューを手に取り秋限定のサツマイモやカボチャのケーキを勧めたけれど、反応してくれたのはあ〜ちゃんだけで、のっちは「いらない。」とかしゆかの好意を突っぱねた。
ケーキを食べ終わっても機嫌を損ねたままののっちと、そんなのっちを気にも止めないあ〜ちゃん。それをどうしようもない想いで見つめるかしゆか。3人で暫く歩いた後、あ〜ちゃんは「彼氏の家がこの辺だから。」と別れを告げる。のっちは何も言わずため息を吐いて、かしゆかは「うん、わかった。」とそれだけ言ってひらひらと手を振って見送った。


2人だけになった夜の路地。会話など存在しない。こうやって、2人で歩くのは3年振りだ。かしゆかが一方的に別れを告げてから、極力2人きりにならないようにしていたのはかしゆかだった。そのあとすぐにのっちはあ〜ちゃんと付き合うことになったから、自然と仕事だけ付き合いが増えていって、たまに大学の食堂で一緒に昼食をとる程度。全てを懐かしく思う。
ふと、懐かしさのあまり、のっちの顔を見た。捉えた表情は眉がへの字でその間抜けさといったら思わず笑ってしまう。




「ねえ、のっち。」
「ん?」
「手、つなごっか。」
「…うん。」


繋いだ手と手は、冷たかった。感覚のない指先と指先が一生懸命その存在を確かめるかのように、結ばれていた。のっちと手を繋ぐと、両想いのときも、そうでないときも、かしゆかの胸はなぜか締め付けられるように痛む。それはのっちの不安を繋がっている掌が懸命にかしゆかに差し出すSOSなのかもしれない。
夜風は冷たい。ジリリ、今にも消えそうな街灯。いつも2人が歩く夜道は、哀愁を帯びる。


「のっち。」
「ん。」
「ゆか、のっちが好きだよ。」


口走った想い、言うつもりのなかった想い。かしゆかは、勝手に口走った自身の唇に驚きもしなかった。3年間コップ一杯に溜まり続けた想いが、弾ける。
繋がれた手の温度が少し上がって、のっちの指先の微動がかしゆかに伝わった。それが返事のように、のっちは「うん。」とだけ返す。
それ以上かしゆかは何も言わなかった。気持ちの整理がつくまでそっとしておくよ、それが大人の女ってもんでしょ? 指先をぴくぴく微動すれば、同じように返してくれる。その距離だけでいまはいい。その距離がちょうどいい。


「ゆかちゃん。」
「なに?」
「ゆかちゃんの荷物、まだちょっとだけだけど、のっちの家に残ってるんだ。」


かしゆかは、はっとしてのっちの顔を見上げた。その顔はさきほどと同じで、垂れた眉が何とも間抜けで笑いを誘いそうになるけれど、そんな状況ではない。


「やっぱのっちにはゆかちゃんがちょうどいい、なんて都合いい…?」


のっちはただあ〜ちゃんの前で強がっていた。ずっとずっと懸命に、ひと時も忘れることがないほど、想い続けていたあ〜ちゃんに縋りたくなかった。強がって自分を作って嫌な奴を演じて、それであ〜ちゃんが彼氏としあわせになるのなら、いいとのっちは思った。のっちだって、とうに気付いていた。あ〜ちゃんをしあわせに出来るのはのっちでもないし、のっち自身もあ〜ちゃんでは駄目だと。その思考に首を振り続けたのはのっちだ。3年記念日が近づいたあの日、3年記念日の計画を立ててしあわせいっぱいに計画を実行することでその想いを拭えたら、それ一心で計画を立てていた。


「…んーん。」


立ち止まって繋いだ手を解いて、かしゆかはのっちの首筋に腕を回した。暗い路地では周りからシルエットぐらいでしか姿を確認出来ない。
さっきの発言は撤回しよう、ぴたりとくっつくくらいがちょうどいい。


「のっちのそばにおりたい。」


耳元に吹きかけられた吐息は、気温とは裏腹、熱い。ビターに染まった想いがスイートに変わる日はそう遠くない。
消えかけた街灯の代わりに2人を照らすのは、落ちてきそうな無数な星、はっきりと確認できる淡い黄色の月。太陽が沈んでもこんなにも輝いていた。



End.






最終更新:2009年12月09日 14:54