冬はいつしか好きな季節ではなくなっていた。
「あ」
一夜のうちに断りなく季節を切り替えられてしまった。
それに気づくと指先の冷たさを急に自覚した。別にダイオードの光に罪はないけどね。
「つーか全然エコじゃないし!」
赤らんだ顔で悪態をついたこの人も、もう冬は好きではないのだろう。
いつか好きに戻れる日を願っては、今年もそれはかなわなかったようだ。
「ほら、捕まるから」
呼び出しは突然だけど、用件は慣れたものだ。
植え込みを囲う電飾の光の、その束をつかもうとするのっちの手をぐいと引っ張った。
あんたのつかみたがった光はそんな冷たい色してなかったでしょ。
うるさい、とかぼそく聞こえた気がしたけど、手のおさまりは異様によかった。
「ゆかちゃん、あ〜ちゃんの真似して」
「…」
赤ら顔をしかめていたはずなのに、いつの間にかすがるような目に変わっていた。
ずるいな。またばかなことしたの、の言葉は封じるよこんな二人だから。もう冬だし。
「してして」
「あ〜ちゃんがついとるけぇがんばりんさい」
乾いてるなと思う。のっちは全然似てねーと叫びながら笑う。
心に火がなくなったことを否応なしに感じさせられる。
そうだよ。早く帰ろ。握った手も頼りなくて冷たいもん。
「この子かなって、思ったのになー」
それもう何回目。情けない顔をしてしょげかえるのっちは、
そのたびに振り回される女の子達の気持ちをわかっているのだろうか。
心配にもなるけれど、あ〜ちゃんを想う強さの前では簡単に許せてしまう。これももう何回目。
よしよし。ゆかがなぐさめてあげるよ。
こんな体、今はのっちを抱きしめる以外になんの意味もないよ。
亡霊はわけがあってそこにいる。深夜のCSでそんな台詞を聞いた。
勝手がきくようできかない広い東京の片隅の、切り取られたようなこの部屋で、
今日も二人で小さく丸まっている。
とんでもないことをしてくれたもんだと思う。
のっちからあ〜ちゃんを取り上げるなんて。
あの頃だってこんなことは幾度となくあったけれど、
何があってもあ〜ちゃんはのっちのところへ戻ってきた。
必ず帰ってくるのであって、こんな終わらないお出かけじゃなかった。
なでた頭は小さい。
あ〜ちゃんの不在は大きい。大きいし、無責任だ。
置いてかれたこの子は、甘ったれでさみしがりやで手がかかる。
いつもは楽しくしてるくせにたまに思い出してはあ〜ちゃんが恋しいと赤ん坊のように泣く。
ゆかは保育園じゃないっつーの。
閉じられたカーテンの向こうを思う。きっと外は寒い。
この部屋にはちょうどいい暖房がある。
触れる肩が、私にだけ合うあたたかさを伝えてくれる。
そっちはあったかい?
のっちが泣いてるってことは、今ごろ泣いてるよねきっと。
「のっちさ、せめてあ〜ちゃんの子供になりたかったな」
あ〜ちゃんの膝に抱かれるのっちを想像したら一瞬笑えた。
和むともしあわせともさみしいともつかない、曖昧な笑いだけど、
笑えるだけまだましだよね。
あ〜ちゃんは笑えないかな。まだこんなことでは笑えないよね。
「それもよかったかもね」
「ちがう」
「のっちがあ〜ちゃんの子供なんて絶対いやじゃ、ありえんけぇ、って言うんだよ」
そんなことわかってる。
ときどき見せるあ〜ちゃんの完コピは、表情までよく似ていて悲しくなる。
脳だけじゃなくて体に刻みこまれてるからね。
そうだね、のかわりに抱きしめると、強く抱きしめ返された。
だから、ゆかだって、という言葉は飲み込める。二人のために。
「…ゆかちゃん、触っていい?」
「絶対だめ」
だよねーと言いながら笑う。
悲しいやりとりも繰り返されれば慣れっこで、むしろ安心しているかのようにも見える。
あ〜ちゃん、のっちは強くなったよ。たまにしか泣かなくなった。あともう少しだと思う。
ゆかは。ゆかはどうかな。自分でもわかんないよ。
いつまで続くだろう。
こんなふうに、のっちの好きを抱っこして、あ〜ちゃんのために生きていけるだろうか。
どうして好きになったりなられたりするのに、
いちいち出会ったり別れたりしなきゃいけないんだろうと思う。
好きな人をただ好きなだけじゃ、何がいけなかったの。
今にも寝入りそうなのっちの髪をなでる。ゆかはいまだにそう思う。
二人の別れは理解できない。ゆかは必要じゃなかった?
理解できないけど、眠くなるしあ〜ちゃんはいない。
だからこのおにぎりを抱いて、ゆかももう寝るね。
(おわり)
最終更新:2009年12月09日 15:13