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side.A


随分前には答えてくれなかった質問に、今は答えてくれてる。
これは、とんでもない変化だ。
確認なんて要らなかった。そんな事は分かってた。
じゃあなんで今更?
簡単だよ。悔しかったから。
なんであの頃一緒にいることを選ばなかったのか。
彼女の気持ちがどうであったかなんていうのは、考えるまでもなかった。
どうしてずっと一緒にいることを選べないのか。
そうしたいって気持ちは確かにあるのに。
あたしが今思い浮かべる少し先の自分の生活に、彼女はいない。
なんで?
この気持ちは一体なにものなのか。あるよ、ちゃんと。
なのに、なんで?
どうしたってあたしがあたしでいる以上、それは無理なんだよ。だからだ。
絶好の口実に託つけて、あたしはあたしの中で起こった衝動に負けた。
「あ〜ちゃん勘違いしてるよ」
もう空っぽになったグラスを玩びながら、彼女が言う。
「あたしはあ〜ちゃんが好きだよ。好きって言葉じゃ足りないくらい、あ〜ちゃんのことを想ってるし感謝もしてる」
「でも……」
「悪いのはあたしだから。あ〜ちゃんじゃない」
彼女の中のあたしが、今どれだけの存在なのかは分からない。
でもきっと昔とは違う。
間違いなくあたしよりも大きな存在がいる。
気付かせようと思ったのは確かだし、あなたの為に、だなんて思ったのも確かだけど。
全然違った。これじゃ余計なことしただけだ。
そう言って謝っても、この子はきっとまた、それは違うと言うだろうな。
昔から、彼女はどうやったって、あたしに落ち度はつくらせない。
どうしてかな。過去に抱いていた気持ちって、なんだかとても大切で大きなものに感じてしまう。今の気持ちなんかより、って。
いつまでもそうではないのに。


「もうやめよっか」
「え……?」
「おしまい。今更あーだこーだ言うのはやめよ」


言いたいことも聞きたいことも、言って欲しいこともまだ沢山あった。
でも、今それをこねくりまわして話をしてみたところで、なにか変わるか、なにかに決着はつくか。
答えは否。
だからあたしは彼女の提案に小さく一度頷いた。
安心した様に彼女は笑う。あたしは笑って良いのかわからない。


「きっと怒っとるじゃろうね……」
「まぁなんとかなるっしょ」


そう言って彼女はグラスを二つ持ち、カウンターの向こう側へ。
シンクに水が流れると同時に、小さく鍵盤の音が聴こえだした。
彼女が小さく舌打ちして笑う。
奥から出てきたバーテンダーは、黄色い花を持っていた。
綺麗に咲いた、眩しいくらいに黄色い薔薇の花一輪。



side.N


「歌わないんですか?」
そう言って手渡された黄色い薔薇。慌てて彼女に視線をやると、きょとんとした表情。
確かにそうしようと思ったし、彼はその事を知っている。
そもそもその為に此処を借りた様なもんだ。
今の時代、グランドピアノなんて大層なものを置いてある場所は、探すのも難しい。でも……

「なん? のっちなんか歌ってくれるん?」

即座に状況を把握した彼女は、あっという間に期待を表した。
少しの希望も含んだ様な、そんな顔。
歌ってよ、と言わんばかり。

「や、無理。まだ」

抗議の念を込めて彼を一瞥すれば、肩を竦めて眉を一度上げた。

「沢山練習してたのに」
「もうっ。いいんです、今日は。はい、あ〜ちゃんコレ」

彼女に黄色い薔薇を手渡す。先程のリプレイを見る様な、きょとんとした顔。
それでもお花なんていう素敵なものが大好きな彼女は、受け取るとありがとうと呟いて笑顔を作った。

「なんなん、これ。なんか意味があるん?」
「……別に。なんとなく」

余計な事をしないよう言わないよう、彼に一度睨みをきかせてから答える。
案の定彼女は「のっちが花なんて似合わん」なんて言って笑った。

本当はいっぱいあったのにな、言いたい事。
いつも考えなしだから今日くらいは、って一生懸命考えてたのに。
昔からそうだけど、言いたいこと上手く言えた試しがない。
それでも、なんだかんだちゃんと伝わってることも多かったな、この子には。昔からだ。
あたしもね、良く分かる様になってきてるんだよ。昔に比べたら。
意外と抜けたとこあるのも。あたしと一緒で、言いたいこと言えない事が結構あるのも。実はかなり裏表あるのも。
いつも不安だったのも、本当に寂しがりやなのも、泣き虫なのも、ちゃんと分かってたよ。
その癖強がりで素直じゃなくて。なにか恐がってるみたいで。
そんなあなたを、好きだった。全部引っ括めて。
みんなが言う様な、いつも元気で可愛いからなんて、そんなんで好きになった訳じゃない。
だからこそ、わかることもあった。
わかったから、言わなかった。
全部分かってるって、分かってるんでしょ?
そんなこと言ったって、あんたに分かられる様じゃあ〜ちゃんもおしまいじゃって言うんでしょ?

「サービスです」

コトンと置かれた同じカップ二つ。中身はいつものホットココア。この人のサービスはいつもこれ。

「なんでいつもココアなんですか?」
「あったかくて甘いじゃないですか」

さも当然のことの様にそう言った彼は、また奥に消える。
呆然としていたあたしの横からは、小さな笑い声。
素敵な人じゃね。そんな声まで聞こえた。

「これ飲んだら、行くね」



side.A


ああ、うん。なんて。
つまらなそうな返事を寄越した彼女は、少し寂しそうな表情。
もうやめにしようなんて、無理してるのが良く分かる。

「あったかくて甘いね」
「ん?」
「これ」
「ああ……」

冷めないうちに、でもできる限りゆっくりとココアを飲む。バーテンダーさんの言った通りの味だった。
彼女には、言わないし、聞かない。彼女が決めたことだから、たまには従う。
彼女は優しいから、その方が良いと思った。
なんであたし達はこうだったのかな、なんて。答えは出ないからやめたよ。

これから先、のっちとゆかちゃんにはずっとうまくいって欲しいな。
今更そんな調子良いこと言えない。そんなこと言ったらどんな顔させてしまうか目に見えてる。
だけど、そう思ったよ。
なんでかな。せめて二人には一緒にいて欲しい。
これはね、きっとそんなに綺麗な感情じゃない。
我儘なのか希望なのか分からないけど、そうしておきたい。
うまくやりんさいよ、のっち。
そんな気持ちを込めて彼女と目を合わせた。そんなこととは露知らず、彼女はだらしなく微笑んだ。


でも、良い。
笑顔だけ沢山見せて貰おう。大好きな彼女。きっともう簡単には会えなくなる。


「いつか聴かせてね」
「え?」
「なんか歌うんじゃろ?」「ああ、うん。まだ練習中」
「そっか」
「うん。最初に歌うときあ〜ちゃん呼ぶよ」
「うん。楽しみにしとる」
「あそこ」


彼女が指差したステージ。
端に控えめに佇む、グランドピアノ。

「弾くん?」
「うん。昔一緒に作曲したことあったよね」
「ああ……和音?」
「そうそう! よく憶えてんね」
「あれは作曲って言わんじゃろ」
「懐かしぃ〜」


声を出して笑う彼女。
忘れる訳ないよ。
忘れないんだよ。今日のことだって。出会ってからの事は、忘れられない。


「あたしさ」
「ん?」
「めっちゃイイ人見つけるね」
「……うん」
「のっちが羨ましがるくらい、素敵な人」
「うん。あ〜ちゃんなら見つけられるよ」
「……ありがとう」
「むしろ変なのに引っ掛かったらのっち行くからね」


さっき見たステージをもう一度見た。
のっちの顔を見つめた。
我慢なんかしなくても、涙が出てくる気配はなかった。
空になったカップをカウンターに置く。さっきより幾分軽いその音に、彼女の肩が少し跳ねた。
スツールから腰を上げる。彼女はココアの入ったカップを弄っている。
こういう時、どうしたら良いのか分からないんだよね。
あたしは黙ってドアに手をかける。つもりだったのに、その手は彼女の形の良い頭に置かれた。
綺麗な髪を撫でる。
頬に涙が伝うのが分かった。触れてしまったから。冷たい。
振り向かないでね。自分で分かるくらい震えたその懇願に、彼女は小さく頷いた。

お花、ありがとね。
あなたの歌声、楽しみにしてるね。
じゃあね。


「生まれ変わったら、一緒になろうね」


〜続く〜






最終更新:2009年12月09日 15:18