冷たい雨の中でだけ出会えるのなら、傘なんていらない。
「いつまでそうしてるつもり?」
「・・・死ぬ、まで・・?」
「…ねぇ、それが幸せって言える?」
[008:walking in the rain]
ドアを開けると、泣きそうな顔のままののっちがいた。そんな顔似合わないから、今すぐやめればいいのに。
ゆかはあ〜ちゃんじゃないから、どうしてほしいとかわからない。
でも、それでも、わからないなりにもちゃんとのっちのこと想ってるよ。
どうしたら笑ってくれる?
「やっぱり泊まる」
ゆかは履いてたサンダルを脱いだ。
ビニールのそれがペタッて裏返しになったのをチラッと見て、のっちはその視線をゆかに向けた。少し、笑った。
眠るにはまだ早い。てか全く眠くない。
ズカズカと部屋にあがってソファに座ると、後ろからついてきたのっちはキッチンに行ってしまった。
どうしたんだろ?なんて思ってると数分後、ホットコーヒーを両手に持って現れた。
「ん。」
不器用なこの人なりの優しさなんだろうか。それとも初お泊りの歓迎なんだろうか。
ゆかがそれを受け取ると、また少し、笑った。
雨音は強くなるばかり。
のっちの部屋の窓を打ち付けては、壊れるんじゃないか?と、息を飲むほどだった。
並んで座るソファの上。
あー、今更緊張してきた。てかちょっとトリップしてたわ、ゆか。
なんか今思えば、ゆか大胆じゃね?え!?なにー!!どーしよー、、。
頭の中が物凄い勢いで後悔し始めているのをよそに、隣に座るのっちは恐ろしく落ち着いてて、恐ろしく綺麗だ。
あー、もうゆか、わからん。
いったい何がしたくて、何を求めて、今、ここにいるんだろ、、。
シャワーあびる?うん、あびる。なんて会話をして順番にシャワーをあびて。
のっちのスウェット上下を借りて、また少し飲んで。
「ねぇ、このスウェット何人の子が着たんよ?」
「んー…えー、、」
「げっ!冗談だったのにまじー?ちょっとやだー!」
「ちゃ、ちゃんと洗ってあるって!」
ちょっと意地悪な質問して、のっちは思いの外タジタジになって、からかって笑って。
さっきまでの緊張はなんだったんだろ?
あ、そうか。のっちがあんな顔してたからだ。
あんな泣きそうな顔。本当似合わない。
歯を磨いてベッドに潜り込んでも雨はやみそうになくて、まだバシャバシャと音をたてていた。
東京って、怖い。
こんな真っ暗な空から雨が降って、簡単に人を独りにさせてしまう。
東京の雨は、いつだって怖くなる。
ベッドに入ったふたつの身体が、自然と近づいた。怖いのはゆかだけじゃないのかもしれない。
だったら尚更、ゆかは怖くなる。
ゆかより強くて、大都会が似合うこの人が怖がっているならば、ゆかはますます怖くなるはずだから。
ベッドの中で天井を仰ぎ見ているのっちが、ゆっくりと口をひらく。
ゆかは身体ごと向けて、それを見ていた。
「あやかさー」
のっちの口からあ〜ちゃんの名前が出てくるのが、今だけ少し辛い。
のっちが切なくなるのを見たいわけじゃない。
「今ごろ彼氏とキスとかしてさー」
唇を突き出して、両腕を上に伸ばして。まるでその先にあ〜ちゃんがいるかのように、両手で掴むようなそぶりを見せた。
だけど当たり前に、そこにあ〜ちゃんはいなくて。
空気だけを掠め取って、のっちの両腕は虚しくベッドの上に落ちてきた。
「にんにくくせーってなればいいのにねー」
無理して笑って、ざまぁみろー、なんてふざけてるけど、
ねぇ、のっち?隠さなくていいよ?ゆか、わかってるつもりだよ?
偏見も、まったくじゃないけど今はだいぶ無いに等しいし、応援だってしてあげる。のに、
のっちはそれを認めようとはしなかった。
“大恋愛も大失恋も、その相手は綾香じゃない”
のっちはそう言ったけど、ほんの数分前の自分の思考を疑う。
相手があ〜ちゃんだったらいいのに。ゆかは今、そんなふうに思っていた。
のっちが他に深くかかわった人間がいて、それがゆかの知らない人だ、なんてなったら、、
逆にそのほうが嫌だ。何でかはわからないけど、嫌だ。
そんなことを考えてると、いつの間にかのっちの身体もこちらを向いていた。
向かい合わせで眠るベッドの上。のっちが腕を伸ばしてゆかの髪を一束すくった。
その行動があまりに不自然なのに、スマートすぎてゆかは笑った。のっちも優しく笑った。
聞いてもいいのかな?のっちの闇。それを受けとめる勇気がゆかにあるのかな?
のっちを見ると、ゆかの髪を撫でたり匂いを嗅いだり。一人遊びを始めて、子供みたいに笑っていた。
「ねーのっち」
「んー?」
「大恋愛って、、?」
勇気なんて必要なかった。
ただゆかは、もうちょっと知りたいだけだ。
これから聞かされるであろう、のっちとあ〜ちゃんの物語を。
「・・・んー、、昔のこと、だよ?」
そう言ってのっちは昔話を始める。
てっきりあ〜ちゃんの名前が出てくると思って待っていたのに、待っても待っても出てこなくて。
それなのに、すごい好きで付き合ってたんだけど…なんて話をどんどん進めるから、
「ちょ、ちょっと待ってよ!相手は?あ〜ちゃんでしょ?」
思わずゆかが口をはさむと、のっちはへっ?って驚いた顔をした。
「違うよばか!違うって何度も言ってんじゃん!まったく……どんかん」
ど、鈍感って!ゆかのこと?
あんた、ゆかのことわかってないね?全然鈍感じゃないよーゆかは。
「えー!?じゃー誰よ!?」
「ゆかちんの知らない子だよ」
心臓を冷たく尖った刃物でえぐられた気がした。
そんな悲しいこと言われたくなかった。
ううん。のっちは悪くない。そんなのわかってる。
ただゆかが、計り知れない部分があるのもわかってるのに、全てを知ろうと願ってしまったのが、ばかだった。
そんなゆかを知ってか知らないでか、よくわからないけど、のっちは優しく笑ってゆかの頬を撫でた。
玄関でのさっきまでの立場とまったく逆転していて笑えた。
ゆかが笑うと安心したみたいに、のっちは腕を引っ込めた。
名前はね、寛ちゃん。年上でさ。四月生まれでA型。背が高くて色が白くて、歌がうまくて、めちゃくちゃわがままで。気が強くて、正直で真っすぐで。すっごい愛しい人。本当…大好きだった。
また天井を仰いで。その人のことを話すのっちは嬉しそうだった。
途端にゆかの胸はまた少しだけ苦しくなる。でもゆかは、それに気付かないフリをした。
ふたりでどこどこ行った、とか。ふたりとも汗っかきで困った、とか。真似してピアスを開けた、とか。
のっちは色々話してたけど、ゆかは適当に流した。
嬉しそうな横顔を見て、聞かなきゃよかった。とも思った。
これはいったい、なんなんだろう?
「・・・で、大失恋ってのは?」
あまりにも嬉しそうな顔がかんに触って、話の途中で聞いた。
のっちの顔がみるみる曇っていく。また泣きそうな顔になった。
そんな顔似合わないけれど、さっきのよりずっとマシ。
「・・・ある日突然他の人とどっか行っちゃった」
考えればわかること。
大恋愛が現在続いてなければ、必然的に大失恋もその人だ。
恋人だ、と思ってたのはのっちだけだったみたい。年上の綺麗なお姉さんにとられちゃった。たとえ友達だとしても、そばにいられるだけでよかったのに。今、どこで何をしてるかもわかんない。わかるのは、きっとその綺麗なお姉さんといるってことだけ。なんだっけな名前。上草?上原?そんな感じ。どんなに好きになっても報われないことだってあるし、裏切られたり急に目の前からいなくなったりするんだ。だからもう、どーでもいいんだ。結局自分が一番可愛いから、傷つきたくないし。何も信じないかわりに、何も信じないでほしい。
そんな淋しいことを、のっちは軽々と言ってのけた。
「ま、だからなんだけどね」
「・・・何が?」
「だから振られたんだよ」
「・・・何で?」
「・・・弱いから」
のっちは泣きそうな顔でまた笑った。
ゆかは何が出来るんだろう。とりあえず腕を伸ばして頬を撫でた。
それでものっちの顔が泣きそうなままだから、自分の胸元に抱き寄せた。
のっちは顔をうずめて、ゆかのお腹あたりをキュッと掴んだ。
この感情は、いったいなんなんだろう。
愛とか恋とかじゃ、ない。むしろゆか、そんな気ない。
だけどゆか…ちょっとおかしい。
その日は一晩中雨がやまなくて、怖くなった私たちは、そのまま抱き合って眠った。
のっちは一切手を出さなくて、ゆかはますますのっちが好きになった。ずっと友達でいられると思った。
“ゆかはその人みたいに急にいなくならないよ。ずっとそばにいるよ”
ゆかの言葉は雨音にかき消された。
最終更新:2009年12月09日 15:20