夕日が綺麗な10月、見上げた空は高くて紅に染まっていた。昼間は眩しいほどに真っ白だった雲も薄っすらと橙に染まり、窓際の席に座りながら飽きることなく眺めていた。特に約束をしていたわけではないけれど、なんとなくのっちはあ〜ちゃんの委員会が終わるのを待っている。あ〜ちゃんを待つ時間はのっちにとってちっとも苦ではない。それどころか、わくわくでいっぱいで逸る気持ちを抑えるので精一杯。
緊張しすぎたのか、喉が渇いた。のっちは席を立ち、財布だけ鞄の中から取り出すと自販機へ向かう。今日もまた。廊下には人影などなく、廊下から見渡せる校庭には、大会が迫っている野球部とサッカー部がグラウンドを二等分して練習に励んでいる。スポーツは嫌いではない、けれど先輩後輩の上下関係がどうも苦手なのっちは、部活動に入っていない。最も、同い年の友人関係もろくに築けないのっちが、先輩後輩の関係を築こうなんて無理な話である。
自販機が数台並んである中から、お気に入りのドリンクを探した。まだ時期的に早いけれど、コーンスープに惹かれる。そういえば去年の冬に、あ〜ちゃんがコーンスープに入っているコーンの粒が全部取れん、って嘆いていたのを思い出した。まだそこまで寒くない10月だから、のっちはアイスカフェオレのボタンを押した。するとそれに反応し、がちゃんと鈍い音を立てながらカフェオレが出てきた。カフェオレを取り出して元の教室へ戻ろうとしていると、すれ違いに女の子が自販機の前に立った。
「あ、カフェオレなあい…。」
高くてふわふわしていて可愛らしい声に反応して、思わず振り返るとその声の主も振り返っていてばっちり視線が交わった。彼女の視線はわざとらしくのっちの手元へ向かう。そのもの欲しそうな目にどくんと心臓が跳ねた。
「え…っと、コレ、いります?」
その子猫のような瞳に負けたのっちが、恐る恐るカフェオレを差し出すと、彼女は目をキラキラと輝かせながら「いいん?」と聞いた。こくんこくん、頷くと、ぱあっと笑顔を見せてのっちが差し出したカフェオレを受け取った。よく見ると、この顔どこかで見たことがある。
「あ!」
「?」
思わず発した声に、彼女ははてなマークを浮かべた。この細い脚に白い肌、艶やかな黒髪ロングヘアーは、あのとき下駄箱で出会った彼女しかありえなかった。代わりに、彼女から差し出された120円をのっちは受け取ると、アイスココアのボタンを押した。
「ありがとお。」
ニカッと歯を見せて目を三日月型に曲げて微笑えむ彼女を緊張したのか、思わず目を逸らしてしまう。「じゃあね。」とひらひらと手を姿がなんとも言えないほど美しくて、思わずのっちは見とれた。あ〜ちゃん以外の人間にこんなにも魅了されたことのなかったのっちは、ただ、自分自身に驚いていた。
名も知らない彼女と別れて教室に戻ると、委員会を終えたあ〜ちゃんが先ほどまでのっちが座っていた席で、同じように夕日を眺めていた。夕日で染まった白いシャツがきれいだな、とのっちは思って教室には入らずにドア付近からあ〜ちゃんを見ていると、ふと振り向いたあ〜ちゃんと目が合った。「のっち、まだおったんじゃね。」そう話すあ〜ちゃんの声は、とても穏やかだった。
並んで校舎を出ていつものように自転車のうしろにあ〜ちゃんを乗せる。中学生の頃からのっちの自転車のうしろはあ〜ちゃん専用だった。風にふわふわパーマが揺れる。この時間が恋人同士のようでのっちは好きだった。単なる自己満足。
「ねえ、あ〜ちゃん?」
「なに?」
「黒髪ストレートロングのめっちゃ美人な女の子知っとる?」
「えー…そんな子いっぱいおるじゃろ。」
「そうだよねー。」
「なにぃー? のっち惚れたん!? あ〜ちゃんというものがありながら他の女の子に目がいくとは、納得いかんわあ。」
あ〜ちゃんがいきなり大きな声を出すものだから驚いたあまり、車体が大きく揺れた。きゃあ、なんて可愛らしい声が背後から聞こえてしっかりと腰に巻かれた腕からあ〜ちゃんの体温が伝わる。
「のっちは、あ〜ちゃんだけやもん。」
「ハイハイ、口では何とでも言えますからねー。」
ぐんぐんぐんぐん、自転車を漕ぐ速度は緩めない。走る土手沿いには散歩を楽しむお年寄りや、犬の散歩をしている女の子、ジョギングをしている男の人とすれ違う。
いつだって、あ〜ちゃんは信じてはくれない。のっちの気持ちを茶化し続ける。曖昧であやふやな関係、これこそ友達以上恋人未満。
「あ、そういえばね、」
「んー?」
「あ〜ちゃん、昨日稲垣くんに告られちゃった。」
あまりにもあ〜ちゃんがすんなりと口に出すものだから、のっちの心臓が思わず口からこんにちは、しそうになった。また車体は大きく揺れて今度は、あ〜ちゃんのチョップが後頭部を一打。
「こらっ、ちゃんと運転しんさい。」
「あ、ハイ、ってか告られたん!?」
振り返りたいのに、振り返れないもどかしさ。今すぐ自転車から降りて事の経緯を聞きだしたいのに、あ〜ちゃんはあたふたしっ放しののっちを楽しむかのようににたにた笑っている。
「うん。1年生のときから好きだったんだってぇー。」
「え、そうなん! そんなんどうでもいい! で、あ〜ちゃんの返事は!?」
「えー?」
「のっちがおるけえ、ごめんね、って言っちゃったあ。」
今度こそ自転車は停止する。思い切り振り向いてあ〜ちゃんの顔を捉えると、なにかおかしなこと言った? とでも言うように首を傾げている。それは、つまりその、
「のっち以上にあ〜ちゃんのこと好きじゃって稲垣くんから伝わらんかったけえ。そんなんのっちに失礼じゃろ? あ〜ちゃんと付き合うひとの条件は、まずのっちを超えることなんよ。」
…毎回だ。
あ〜ちゃんは期待させておいて簡単にのっちのハートを強打する。そんな関係を続けてもうかれこれ3年くらいになる。「そうじゃね。」空っぽの笑顔を向けると、あ〜ちゃんは「はよ、自転車漕ぎんさい、日が暮れる。」と言いながらのっちを急かした。
(けど、こんなんも悪くないよね。)
今日ものっちは夕日に願う、ずっとあ〜ちゃんを自転車のうしろに乗せていられますように。
最終更新:2009年12月09日 15:46