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季節の変わり目は風邪にかかりやすいというが、本当らしい。のっちのクラスでも、ぽつぽつと空席が出るようになっていった。
クラスが違うあ〜ちゃんとの連絡は、殆どがメールである。急用の際に、たまに電話を使用する程度で、メールが多い。朝は、あ〜ちゃんはバスで、のっちは自転車で登校するから会うことはない。だから実際あ〜ちゃんとのっちが一緒に過ごす時間は、昼休みと放課後のみである。
そんなあ〜ちゃんから珍しく早朝にメールが届いていた。不思議に思いながらもメールを開くと、『ごめん、風邪引いてしもたけえ、今日学校休むわ。』と書いてあった。のっちは凹んだ。がくりと肩を落として朝ごはんもろくに食べないでいたら、母親に「遅刻するから早く学校行きなさい。」と言われてしぶしぶ家を出た。


学校に着いてからも一向にテンションは上がらなかった。捻くれ者ののっちは、あ〜ちゃんがいない学校なんて行かないほうがマシだ、と登校中何度も引き返そうとしたが、のっちが学校に行ってないことをあ〜ちゃんが知ったら、きっとのっちを叱る。叱られて「何で学校行かんかったの。」なんて聞かれたら、その理由を答えられない。だからのっちは学校に行くことにした。


4限目までの授業を全て睡眠学習し、昼休みになるとすぐさま教室を出た。何だか今日はとても居心地が悪い。行く当てもなかったので、廊下で立ち止まって携帯電話を開く。朝はバタバタしてメールの返事を返せなかった。のっちはあ〜ちゃんに返信する。
『大丈夫? 熱はないの? 今日はゆっくり休んでね。』


昼休みの隠れ家だった屋上も、あ〜ちゃんがいなければ入ることは出来ない。何だかのっちは自分の無力さ、あ〜ちゃんがいなければ何も出来ない自分に呆れた。
ふと、寂しくなった。恋しさのあまり、知り合いを探した。まだお弁当も食べていない。のっちは、とにかく人気のなさそうな場所でお昼ご飯を食べることにした。階段を降りて下駄箱に降りたら、その先の廊下の保健室からゆかが出てきた。ヒト恋しかったのっちは、何も考えることなくゆかの元へ駆けていく。


「ゆかちゃん!」
「あれ? のっちじゃん。どしたの?」
「あ〜ちゃんがね、今日休みで、のっち暇なんだ。」
「じゃあ一緒にご飯食べる?」
「うん!」


誘われて尻尾を振る犬のように大きく頷いた。ジュースを買いに行くゆかの後ろにのっちはついていく。嬉しさが滲み出る。ジュースを買いに行って、裏庭の人気のないベンチで2人は昼食をとることに決めた。すると、ゆかは突然尋ねる。


「のっちさあー、いつからあ〜ちゃんのこと好きなの?」
「えっ…と、中学2年の、冬、とか?」


突然の質問に思わず口に入れたばかりのたまご焼きが、喉に詰まりそうになった。そんなのっちの様子をかわすかのように、ゆかの質問は続く。


「どこが好きなん?」
「か、かわいいし、やさしいし。いい子だし。うーん…よくわからんけど、好きなんよねー…」


自然とのっちの表情は、変わる。目を細めて嬉しそうにゆかに話す。するとゆかは、視線をスッと落として言った。


「てゆうか、付き合ってないの?」


今度こそのっちの喉は、から揚げで封鎖された。ゲホッゲホッ、鈍い咳をしながら首を押さえるのっちを、慌ててゆかは背中を擦って心配そうに見る。やっとのことで喉を通ったまだ大きいままのから揚げが、食道を下っていくのがわかってのっちは少し気持ち悪くなった。




「んなわけ、ないっしょ!」
「なんで? めちゃくちゃ仲いーでしょ。」
「…あ〜ちゃんは、女の子を好きにならんよ、きっと。」


それらしきことは言われたことがあった。
のっちがいちばん好きだよー、とか、のっちが恋人だったらいいのになー、とか。その度にのっちの胸は、素直に弾けて飛び跳ねるのに。肝心なことは何一つないまま3年目の片想いをしている。


「ゆかはてっきり2人は付き合ってるもんだと思ってた。」
「そう見えた?」
「うん、見えた。」


食べ終わったコンビニのパンの袋を手に、ぶらぶらしているゆかの足を無駄にのっちは見ていた。ゆかの視線も同じように落とされて、ぶらぶらしているゆか自身の足を見ている。


「告白しないの?」
「しないよ。」
「何で?」
「…あ〜ちゃんに嫌われるのが、怖い。」


視線を落として、切なげに目を細めるのっちをゆかはちらりと見て、質問を止めた。そっか、と小さく呟いて沈黙だけが2人の時間を進めていった。




放課後になってのっちは、初めてあ〜ちゃん以外のヒトと帰る約束をした。ゆかだ。
自転車置場でゆかが来るのを待っていると、ゆかが短いスカートをひらひらさせながらのっちの元へやってきた。
初めて、のっちはあ〜ちゃん以外のひとを自転車のうしろに乗せた。あ〜ちゃんの専用席だったそこを簡単に誰かに譲ってしまうなんて自分でも驚いた。
あ〜ちゃんは、いつも横向きに座ってのっちの腰に腕を巻きつけて乗る。一方ゆかは、その短いスカートから今にもショーツが見えそうになるのにも関わらず、うしろに立って乗った。のっちの肩にしっかりと捕まって自転車が走り出すと、あ〜ちゃんとは違う香りが空気を舞った。レモンのような少し甘酸っぱい爽やかな香り。ゆかに香りのことを尋ねると、「グリーンティーの香水つけとるんよ。」と答えた。のっちはこの匂いをあまりにも気に入った為、銘柄とかビンの形だとかを詳しくゆかから聞き出した。


「ねえー、のっち。」


人通りの少ない路地を走っているとき、ゆかがのっちの名を呼んだ。


「なに?」
「あのね、」
「うん。」
「ゆかの好きな子も、女の子なんだ。」


いつもなら、驚いたはずだった。
この間、あ〜ちゃんから稲垣くんに告白されたと聞かされたときと同じように、振り向きたくてたまらなくて、自転車を止めてしまいたくてたまらなくなるはずなのに。のっちの気持ちは穏やかだった。ひとと同じ時間を共有して、こんなにも落ち着いたのは初めてだった。


「そうなんじゃ。」
「じゃけえ、のっちといっしょ。」


振り向きはしないけれど、のっちには容易くゆかの表情が想像出来た。のっちは勝手に切ない顔をしてるんだろうな、と考えていた。
夕日に紅く照らされた2人。その影が長く伸びていて、哀愁漂っていた。





最終更新:2009年12月24日 17:53