街の殺風景だった感じが、この月に入った途端に色とりどりの電気の粒に彩られ始めた。
そうか、もう今年ももう少しなのか。
でもそんなにしみじみ思うでもなく、ただそう思っただけの私は少しずれたストールを軽く巻き直しながら家に向かう足を早めた。
ヘッドホンを取れば、きっと聴こえてくるのは華やかにアレンジされたこの時期ならではの音楽と、はしゃぐ子どもと大人の声。
声もそうなんだから、表情もきっと、笑ってる。
だから私はできるだけ俯いて歩いた。
見ないように。
そんな気持ちに、ならないように。
途中で寄ったコンビニの袋のカサカサという音を聞きながら、アパートの冷たい廊下を歩いていく。自分の靴の音がやけに伸びて響いて、耳に残る感じがした。
目線はずっと、廊下か、コンビニの袋。
口元はストールに埋めたからそこだけ変に温かい。
体の温かさと冷たさのムラから早く逃れたくて、ほ、っと一息吐いてから自分の部屋までの距離を確認するようにやっと、顔を上げた。
「…あ」
冷たい廊下に、立ち止まる音と共に自分の声が響いた。
コンビニの袋もまだカサカサいってる。
瞳に映ったのは自分の部屋のドアと、そこに座り込んでドアに背もたれている、彼女だった。
「おかえりぃ」
少し陽気な声で、ココアの缶の下の方を持って私に振って見せて。
笑った彼女の鼻は、少し赤くなっていた。
「言ったじゃろ。最近はバイト忙しいけぇ、いつ帰れるかわからん、って」
「でも大体この時間には来るかなぁ、って思ってさ」
「ほんまはもっと前から待っとったくせに」
そんな風に待つの、やめなよ。
テーブルの上に買ったものを出しながら、ろくに顔も見ずに言う。
彼女は私の隣から動かずに、私のしている事を一つ一つ眺めているようだった。
長いストレートの髪が揺れて、時々私に当たる。
ふわりと漂う香りに一瞬、動きを止めそうになったけど。
「何、心配してくれとるん?」
「…風邪引かれたりなんかしたら、困るだけじゃ」
そう応えてなるべく彼女から離れようとした。
袋に入ってた最後のお菓子を取り出してテーブルに置く。その流れでキッチンに向かう為に立ち上がろうと。
したら。
「待って」
「っ!?…あっ」
かた、っと、指先にぶつかったお菓子がテーブルから落ちた。すぐにそれを拾い上げようとするけど、それは、彼女に引っ張られたもう片方の手のせいでできなかった。
「のっち」
「……」
「ゆかんとこ向いて?」
「……」
「さっきから全然顔見てくれとらん」
「……」
見てくれる人、居るじゃろ。
そう言いそうになった自分の喉が、言葉を押し込めたせいで小さく、鳴った。
「…やる事たくさんあるんよ。忙しいけぇ」
離して。
そう伝えようと体を彼女に向けて腕に力を込める。
けどそれはやけにすんなりとうまく引っ張れて、逆に彼女を自分に引き寄せる形になった。
小さく勢いをつけて近付く彼女、の顔。
それは寸前で止まったりとかそんな甘いもので終わらずに、攻撃的に私に重なった。
ん、と低い声が洩れる。
背中が床に強く当たって、その衝撃は軽い痛みに変わった。
痛いってば。
そう訴えようとしても唇は塞がれて、抵抗したい指先は絡まろうとする彼女の手に捕まって力を失っていく。
ああ…またか。
そう悟った私は、全身の力を抜いた。
何も考えず、急に始まったこの時間にただ、身を任せた。
彼女の事は、好き、だった。
最初は友達として。それがだんだん、そういう気持ちに変わって。
でも彼女にはそういう人もいるってわかってたし、…私は、そんなポジションになれるような人じゃないから。
「ねぇ、のっちの事、好きだよ」
「ん?のっちもゆかちゃんの事好きだよ」
軽く、伝えるくらい。
友達だよ、って。
でも誰よりも大事だからね、って。
そんなポジションを選んだ。
…つもりだったのに。
どうして、私は今彼女とこうしているんだろう。
また痩せた?
ちゃんと食べとるん?
この前付けたとこ、もう無いんじゃね。
もっかい付けよっか。
ねぇ、のっち。
「…何か応えてよ」
「……」
頬を、彼女の指先が撫でる。
私はずっと、彼女越しの斜めな角度の天井を見つめていた。
どっかの家がイルミネーションを点けたらしい。
それが薄暗い部屋の中まで届いて、淡く色付いて見えた。
外の世界は華やかになっていく。
私の世界は、彼女とこうする度にどんどん、青白く冷たくなっていく。
共通の知り合いの人が今日バイト一緒でさ、話してるの聞いたよ。
またケンカしたって。
暖房を点けていない部屋はさすがに毛布を被っても寒くて。
リモコンでスイッチを入れてからそっと、自分の体に柔く絡まる腕から抜け出して服を直した。
すぅ、っと聞こえる静かな寝息を聞きながら、食べそびれた冷たい弁当をお腹に入れていく。前まではおっきな弁当を選んでたのにな。今は小さいのでお腹いっぱいだ。
食欲が無い、か。もしかしたら、これで良いや、って。
何もかもに執着心が、なくなったのか。
ごちそうさま、と手を合わせてキッチン横のゴミ箱に空になった弁当箱を持って行く。
シャワールームに向かう前に、軽く後ろを振り返って部屋を見渡してみた。
イルミネーションの光が天井だけじゃなく、壁にも映っている事に気付いた。その中で彼女は毛布に包まって、幸せな夢でも見ているかのように小さく笑みを浮かべていた。
赤、黄色、緑。
華やかな色の中で、彼女は眠る。
青白く冷えているのは、結局私だけ、だ。
冷えていく、のは。
「っ……」
不意につん、っと、鼻に小さな痛みが上った。
冷えているせいで余計に痛く感じて、慌てて彼女のいる所に背を向けた。
急いでシャワールームに向かう。
温まろう。体だけでも。
突然こみ上げてきたものに気付かないフリをして。
私は思い切り、お湯のコックを限界までひねった。
END
最終更新:2009年12月24日 17:59