㊖side:N
ーーー鞄の中。ポケットの中。
『ない』
ーーー衣装ケースの中。貴重品の金庫の中。
『…ない……ない…』
ーーーテーブルの下。ソファーの下。
『………ない…っ!!』
『ないって……どういうことよぉぉ?!』
「のっちぃ?」
「っ!……はっはいぃぃ!」
ここは控え室。スタッフさんに挨拶に行っていたゆかちゃんが戻ってきた。
「何よ、そんなビクビクしてから。どうかした?」
「う、ううん!別に?」
平静を装い、両手を顔の前でブンブン振って答える。
背中を冷や汗が伝うけど、ゆかちゃんに気づかれるわけにはいかない。
「そう?ならいいけど。もうあ〜ちゃんも下降りとるよ」
『…うっそ、もうそんな時間?!もっとよく探したかったのに…』
「ん?何?」
コートを羽織って鞄を肩にかけたゆかちゃんはドアノブを掴んで、訝しげな様子で振り返る。
「や!何でもない!のっちもすぐ行く!」
「忘れ物せんでね」
「…………はーい」
㊖side:A
前にあ〜ちゃん、最後部の座席にゆかちゃんとのっちを乗せた移動車が、
日が短くなりすっかり夜の色をした街を走り抜ける。
みんな思い思いに自由な時間を過ごす車内。
ゆかちゃんは昨日大学で授業があったらしく、一人眠っている。
あ〜ちゃんはマネージャーと時折会話をしている…が…
「……12回目」
あまりの様子に呆れてひとりごちた。
「ん〜?何が?」
「アレ。のっちの溜め息」
「………あぁ」
ハンドルを握る彼もルームミラーをチラリと見やって、すぐに気がついたようだ。
不審者よろしく全身真っ黒な装いの彼女はシートの下を漁ったり
後ろを覗き込んでみたり、とにかく落ち着きがない。
「ここ何日か…ずーっとあの調子よ?」
声をひそめているわけでもないが、当の本人には聞こえていない。
「何かあったんじゃろか。何か聞いとる?」
「全然」
「……はぁ…」
「はい、13回目」
つづく
最終更新:2009年12月24日 18:22