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蝶の様に、ひらりひらりと身をかわしてきた。自分を貶め兼ねない全ての事象から、それはそれは巧いこと。そんな彼女が、夏休みに子供が持つ様な、簡単でつまらない網にいとも容易く捕まった。
目を覚ました彼女の見たもの。知らないベッドの上、知らない天井、横に眠る知らない人。自分自身が下着すら着けていないことに気付き上半身を起こしてみれば、硬いなにかで殴られた様な頭痛がした。


side.A


綺麗だな。そう思った。
あたしもそのつもりだったのに、きっともうそうではない。のっちの透き通る様な無垢な心とはもう一緒にはできない。
どうせなら、連れ去ってしまおうか。もうなにものの介入をも許さないように、そっとどこかへ。誰にも気付かれない地球の裏側みたいなこの砂浜から、誰にも気付かれないうちに二人でどこかへ消えてしまおうか。
寄せては引いていく波。砂浜ではしゃぐかわいい人。遠くに見える灯台。
真っ暗な海は怖いよ。でも、のっちがいると違って見えるよ。
長い手足をデタラメに振り回して、不自然なくらい騒いでる。こちらを向いては、あたしの名前を叫んで笑う。自由。

暫くすると、暗い海を突っ立ってみつめていたのっちが、服を着たまま真っ暗な沖を目指して海に飛び込んだ。すぐに見えなくなって、でもたまに此方を照らす灯台の光は彼女の真っ白な肌を暗い海に浮かび上がらせる。
綺麗だな。小さな箱に閉じ込められて沢山のライトを浴びる着飾った姿より、果てしなく広がるこの海で、世界でたった一人を照らすピンスポットライトの様なあの灯台の光に照らされたあなたの方が。
ちっとも不安にならないよ。こっちの方が自然。よっぽど美しい。
煙の匂いが残る砂浜。見上げる空には、唯一あたし達を監視してるみたいな黄色い月。




side.K


目の前で泣きじゃくるあ〜ちゃんをぼんやりと見続ける。
申し訳ない。死にたい。謝らなくちゃ。でも、のっちには言えない言いたくない。
ひたすらそんなことを繰り返すこと数時間。反芻し続けることの大変さは良く知ってる。何も言わずに背中に触れていただけ。暫くして落ち着き始めたあ〜ちゃんの泣き顔はぐちゃぐちゃで、御世辞にも可愛いとは言い難い。寧ろ不細工。
でもね、あたしはそのあなたの心の綺麗さを知ってるから。のっちのこととなれば、あたしなんかは到底理解しきれないあなたの抱く感情は、嫌になる程聞かされたから。
それくらいじゃ、のっちはあ〜ちゃんを怒らないよ。相手があ〜ちゃんより少しだけ長く生きてて、少しだけ人の身体を良く知ってただけだよ。あなたは上手いことやられちゃった自分が許せないんだろうけどさ。
それだけのことだよ。
そう言ってやれば少しは安心した顔になるだろう。昔からあ〜ちゃんがあたしにすがるのは、欲しい言葉が欲しい時だけ。あたしはあ〜ちゃんを貶める様なことは、言えない様に作られてるみたいだから。


「ごめんね」


口をついて出たのは、謝罪の言葉。なにか言おうとして、でも言葉が見つからない様子で口をつぐむあ〜ちゃん。
これは別に、気の利いたこと言えなくて、なんて意味じゃない。罪悪感を抱かせる様なことが、あなたの身に降りかかったことに安堵してごめんね、だ。


side.N


背中に回した腕が小刻みに震えていた。なんだか強張ってる。
「……あ〜ちゃん?」
呼び掛けに応えることなく小さく頷く彼女に、ゆっくり近付き唇を重ねる。
ねぇ、なにか気付いてる? なんでそんな怯えた目をしてるの?
横たえた彼女の肩を掴む。頑なに閉じられた瞳が悲しくて、また名前を呼ぶ。
絡まった左手の指。ゆっくりと触れながら流れていく右手。彼女の胸を包んだ時に感じた違和感。ウソでしょ? なにこれ。あたしの方かよ。

ハッとして除き込んだ彼女の顔。流れる涙は随分透き通ってる。


「ねぇあ〜ちゃん」
返事の代わりに少し動いた彼女の右手。
「海行こっか」
夏は暑いから簡単に狂うんだ。
「花火しに行こう」


〜end〜






最終更新:2009年12月24日 18:25