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「のっちー!」


後ろから聞こえる友達の声に、今にも駆け出しそうな足に急ブレーキをかけてのっちは立ち止まった。振り返ると友達は手招きしてのっちを呼ぶ。季節は冬。短く切った制服のスカートから寒そうに足が出ている。のっちはその友達の足を見ながらゆっくりと近付いていく。「なに?」と、軽く首を傾げながら。同時に“あぁもっと細くて白いんだよなぁ”なんて思いながら。


「今年は?これるよね!」


友達は少し離れた場所からのっちに声をかけた。マフラーから出た口元が期待するかのように笑ってる。途端にのっちは少しだけ心苦しくなる。吐き出す息は白い空気を残し、寒空にその言葉を描いているようだった。「今年は?」「これるよね!」そのどちらものっちには無理だった。高校3年の冬。のっちは最後の約束さえも守れそうになかった。


「あ、ごめん!のっちその日はどうしてもだめだ」


3メートル先に友達を見据えて、のっちは足を完全に止めた。申し訳ない、そんな顔をして両手を顔の前で合わせた。「えぇーまたぁ?」今度は友達の方から距離をつめる。寒そうな足が6本、のっち目がけて近づいてくる。なんで、なんで?と詰め寄ってくる。去年も、その前も、だめって言ってたよね?と。


「んーその次の日ならいんだけどー」


本当はその次の日だって予定はある。だけどのっちはそう言った。「えーだめだよーイブは彼氏と過ごすんだもーん」断られるのを知っていた。「だからその前の日って話じゃーん」友達は苦笑いしながら話す。真似してのっちも「ごめんごめん」と苦笑いをした。





高校生活3年間。のっちには友達には言えない隠し事があった。クリスマスのお誘いも、誕生日の計画も、なんだかんだとうまく断ってきた。嘘は得意じゃない。ついたところですぐばれる。だけどのっちは必死で隠し通した。だれにも言いたくなかった。他のだれにも見られたくなかった。のっちの中でだけ、で、あってほしかった。それは笑っちゃうほど可愛い独占欲。のっち自身、それに気付いてはいなかった。
高校生になって、仲の良い友達にもみんな彼氏が出来て、クリスマスはイブのイブにやろうと言われた。それはとても自然なことだったから、のっちにはどうしようもなかった。
そしてのっちにも当然のように恋人が出来た高校1年の秋。


「ゆかたちそろそろちゃんと付き合ってみない?」


何でもない顔をして言うかしゆかに対して、のっちは顔を真っ赤にした。幼なじみ、とは言えないが随分昔から知っているのに、いつまでたってもこの余裕には追い付けない気がして、のっちは少し落ち込んだ。だけど首だけはしっかりと縦に振った。顔を真っ赤に染めたまま。
別々の高校に行き、それでも時間を見つけては二人でいることが当たり前になって、知らぬ間に手を握るようになった。のっちはドキドキが半端なかったけど、かしゆかは当然のようにギュッと握り返してくれた。手を握るようになったら、今度は抱き締めたくなった。秋になる少し前、思い切って抱き締めたら「あっつい」なんて笑われたけど、それでも背中に手をまわしてくれたかしゆかを、のっちは離したくないと思った。抱き締めたら、次はキスがしたくなった。この時のっちは初めて、恋、を知った。“あ、のっちはゆかちゃんに恋してたんだ”なんて、すぐにでも気付くようなこの感情を改めて感じた。のっちの誕生日の前日、かしゆかは、祝ってあげる、とのっちの部屋に来た。時計の針が重なる少し前、プレゼントは何が欲しい?と聞くかしゆかに、のっちは素直に答えた。


「キス、が欲しい」


まるで初めからこうなることが想定内のように、かしゆかはのっちにキスをした。軽く触れるだけのキスはのっちの顔を赤くするのに十分だった。それを見てかしゆかは嬉しそうに笑った。





結局、高校生活3年間のっちは一度も友達とイベント事を祝わなかった。それは同時に、かしゆかとの付き合いが3年間続いたことを意味した。嘘は得意じゃない。ついたところですぐばれる。だけどのっちはこの大切な大切なお姫さまを3年間守り抜いた。初めて抱き締めたあの日から、絶対に離さないと誓っていた。


「毎年毎年なんか予定でもあるん?」


友達の声にハッとした。かしゆかのことを考えると周りが見えなくなるのは悪い癖だ。それほどまでにのっちの頭の中も心も体も、かしゆかが占めていた。


「うん、だいっっじな日なんよ」


もう卒業は目の前だ。3年間、こんな人見知りののっちと仲良くしてくれた3人の友達に初めて理由を言った。友達は「えっ?」と目を丸くさせて、「なになに!?」「まさか、彼氏できた?」と聞いた。のっちは笑って頷いた。


「うん、高1から付き合ってる恋人の誕生日なんだー」


そう言うと友達に背を向けて走りだす。後ろから「えーっ!」と、驚いた声が聞こえる。ちらりと振り返って笑顔で手を振った。
…言っちゃった。でも後悔はしていない。彼氏、ではないけれど、みんなが言うところのそれにあたるのには間違いなかった。嬉しいような、恥ずかしいような。そんな気持ちで寒空の下、のっちは鼻の頭を赤くさせながら走った。かしゆかのこと、いつか話せたらいいな。なんて思ったりもした。3年間続いた関係を誇らしく思ったのっちは、今度はみんなに自慢したくなったんだ。かしゆかのことなら、一晩中だって話していられる。それもちょっとした自慢だった。のっちはこんなに好きな相手に高3ながらにしてもう出会ってるんだよ、って。


季節は冬。誕生日はもうすぐそこ。のっちの胸は高鳴る。プレゼントなにがいいかなー、なんて考えながら、スカートから出た両足で、かしゆかの待つ駅へと急いだ。




「のっちー!」


聞こえてきた声に自然とのっちの顔は緩む。自分が見つけるより先に、かしゆかはのっちを見つけ、そして名前を呼んだ。鼻の頭を赤くして肩で息をしながら走ってきたのっちを、かしゆかは可愛く思った。その可愛い頭を二度程ポンポン、とすると、のっちはだらしなく笑った。


「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん大丈夫、かえろ」
「うん!」
「のっち、手」


駅で待ち合わせて一緒に帰るのは付き合う前からの決まりごと。手を繋いで帰るのは付き合いはじめてからの決まりごとになった。初めは戸惑って周囲の目を気にしていたのっちも、誰も自分たちのことなんか見ていないことに気付いてからは、その手を片時も離さなかった。そして、その手から続くかしゆかの全てを離さないと、のっちの中で決まりごとが増えた。


「もうすぐだね、誕生日」
「うん。あ、大丈夫?」
「ん、大丈夫に決まってる」
「ふふ、ありがと」
「いーえ」


当たり前だよ、ゆかちゃん。のっちの優先順位はいつだってゆかちゃんが一番で、二番以降はナイ、に等しいんだから。のっちはそんなふうに思いながら、繋いだ手をぶんぶん振った。繋ぐために手袋をしてない二人の手が冬の冷たい空気の中、そこだけ温度を持つように空気をあかく染めるようだった。


「あ、プレゼントなにがいい?」
「のっち、考えたけどよくわかんなくてさぁ」
「やっぱ、欲しいものあげたいってゆーか」


気のきいたことを言えるタイプでもなければ、出来るタイプでもない。のっちはそんな自分にも気付いてるし、かしゆかはそんなのっちにも気付いていた。かしゆかは小さく笑う。自分を喜ばせようと、必死にあれこれ考えてくれているのっちを愛しく思う。友達からの誘いも、得意じゃない嘘までついて断ってることも、かしゆかは知っていた。のっちのことは、何でも知っていたかったし、知らないことなんてなかった。その上でかしゆかはのっちの一番欲しい言葉を探した。答えは考えなくてもすぐに出た。


「一緒にいてくれるだけでいい、ゆかはのっちが欲しい」


繋いだ手にギュッと力を入れた。のっちは足を止めた。かしゆかより少しだけ背の高いのっちが、背中を丸めてかしゆかの顔を覗き込んだ。照れて真っ赤になったと思っていた顔は、意外にも真剣な目をしていた。だけど表情はとても穏やかだった。


「とっくにあげてる」


のっちはそれだけ言うと、また手をぶんぶん振って足を進めた。今度はかしゆかの顔が赤くなる番だ。


季節は冬。かしゆかの生まれたこの季節をのっちは一生好きでいようと思った。同時にかしゆかのパパとママにも感謝したいくらいの気持ちでいた。吐く息が白く残って、のっちの気持ちが言葉になって、全部全部全部、かしゆかに届けばいいのにな。
手を繋いで、鼻を赤くして、あと何回一緒に誕生日を過ごせるかな?なんて考えた。答えは考えなくてもすぐに出た。簡単だ、これから一生一緒に過ごすんだ。
何回でも言うよ。「誕生日おめでとう」「生まれてきてくれてありがとう」「ゆかちゃんと出会えてよかった」何回でも言うよ。何回でも、何回でも。




おしまい





最終更新:2009年12月24日 18:30