肌寒い空気を頬に感じて目を覚ます。寝ぼけ眼で携帯に手を伸ばすのは毎朝の日課。というより単なる癖。
メールの受信も不在着信の知らせも画面にないと少しがっかりしたり。
メールがあってなんだろうと思って開いてみればメルマガで、受信時刻に文句をつけたり。
不在着信があると誰だろうかと少し胸をときめかしたり。それが大好きなあの子だと、さっさと寝てしまった昨日の夜を後悔してみたり。
そもそも携帯電話な訳だから携帯してる訳で不在ってのは違うよな。なんか気の利いた言い方がないもんかね。
そんなどうでもいい事を考えながら携帯を開く。時刻は10時ちょっと過ぎ。どうやら長く眠れたみたい。
メールが一件。本日の朝に開くメールの送り主は、妹のちゃあぽんだった。
なんでも朝早くから人気のケーキ屋さんにお母さんと二人で3時間並んだとか。
よっぽど寒かったのか雪だるまの絵文字と雪の絵文字が多用されたメールだった。朝から元気だね、二人共。
『今起きたよ。お疲れ様。ケーキ楽しみっ』
それにしても今日は随分と冷える。簡単にメールを返してカーテンを開く。
「……あら〜」
驚いた。寒いのも道理な訳で、窓から見えるのは真っ白に染まり上がった景色。遠く見える沢山のビルまで見事に白。
普段見ているこの窓からの景色の相違と、気持ちいいくらい美しい白さに思わず携帯で写真を撮った。
「イヴに雪降らすとは中々気が利いとるね」
雪を見て思い出したのは昨日の夜。遅くまでお祝いして、ちょっとだけお酒にも手を出して、主役を無事送り届けた後。
上機嫌なのっちは、あたしの前でくるくる回りながら空を仰いでいた。
『さむいっ。さむすぎるっ。これは愛ちゃん嘘ついたね。明日は雨じゃなくて雪だ〜』
そう言ってゲラゲラ笑って鼻水垂らしたのっちを見て、あたしも声を出して笑ったんだ。
やっぱり息は真っ白で、ゆかちゃん愛してるよ〜、なんて二人してふざけてはまた笑った。
「……やるじゃんのっち」
ピタリと予想を的中させたのっちは、きっと今日という日を持て余してるんだろうな。
のっち宛に作り始めたメールを途中で消した。大体同じ東京にいれば同じ景色見てるだろうし、こんな写真送ったって意味ない。
電話もしないことに決めた。東京タワーはしぶとく赤いよね、なんて。ムードもヘッタクレもない会話になるのは目に見えてる。
おまけに、今日ののっちの行動だって、目に見えてるよ。
家族で楽しむパーティーは、夜7時にこの家のリビングに集合。
ケーキを買って、買い物を済ませて、ちゃあぽんとお母さんが帰ってくるまでにも恐らくまだ幾分時間はある。
あたしは手早く身仕度を調えて、玄関のドアを押した。
少し街中まで歩けば、普段無骨なこの都会も可愛くおめかししていて。
キラキラ輝くイルミネーション。着飾ったモミの木。あんま似合わないみたいだけどね。
どこにこんなに隠れてたの? ってくらいの恋人達が歩く街を一人歩く。お買い物。家族へのクリスマスプレゼント。
忙しくて用意できてなかったからね。ちゃっかりのっちの分は買ってあるんだけどね。おねだりもしてあるし。
あれこれとお店をまわり家族みんなへのプレゼントを買い終わる頃には、すっかり日も暮れて街中は益々キラキラ眩しくなった。
沢山の人が行き交う広場の中央にあるベンチに腰を掛けて、後はひたすら待つ。
きっとこんな日に家に一人でいるのは落ち着かなくてさ。
連絡しようにも今日あたしは家族でパーティーなの知ってるから、携帯置いたり持ったりしてさ。
ゲームソフトでも見に行って。そんでお気に入りのCDショップにでも行って。で、思い出した頃にここに来るでしょ?
あたしは待つ。沢山の荷物を抱えて行儀良く座り続ける。寒い。なんだか馬鹿みたいに思えてきた。
意外と現れないのっちを暫く待っていると、バックから腕に振動が伝わってくる様になった。
交差点にあるスタジオの側面に設置されたオーロラビジョンは、約束の時間の少し前の時刻を表示している。
なんだかイライラして来たぞ。寒いし重いしのっち来ないし。勝手に待ってるだけだけど。
来ないのかな……来ると思ったんだけどな。それとももう来たあとだったかな。
ふと見上げればまた舞い落ちてきた氷の結晶。真っ白な吐息が真っ暗な空にそのまま昇っていく。
帰ろっかな。なんか半ば意地になってきたぞ。そりゃ確信なんて何もないけどさ。そんな風に考え始めた頃。
「あ……」
ホントに来た……
雪を追いかけて空から降りてきた視線の先。全身真っ黒の服に深く被ったニット帽。それにマスク。
なんて怪しい格好しとるんじゃあの子は。一目で分かるわ。
あたしが先刻からぼんやり見ていたアクセサリーショップ。挙動不審な様子ののっちは店内を窺った後、遠慮がちにそのドアを押した。
ふふ、やっぱりね。おねだりしたからね。かなり図々しく。
絶対来ると思ったんだ。どうせ準備は前日だろうから。
腕に掛けたバックは震え続ける。ごめんね、ちょっと遅れる。あのヘタレが中々現れんから。
責任とらせなきゃね。こないだ言っといたやつより、もう少し良いやつをねだろう。
自然に駆け出す両足。
昨日の今日で、恐らくはまた積もるだろう雪で滑らない様に。
おねだりの前に、思いっきり抱きついてやる。びっくりするかな。
折角のクリスマスイヴだからね。でもこういう時、のっちってやたらテンション低いんだよな。
時刻は、約束の7時をちょっと過ぎちゃったところ。
〜end〜
最終更新:2010年01月19日 17:38