あの日、
のっちと川辺でキスをして、
のっちのことを好きになるって、決めた。
それはつまり、ゆかちゃんのことを…、あきらめるってこと。
あの日以来、ゆかちゃんにメールをしていない。電話もしていない。
仕事で毎日会っているから、別に話をしていないわけじゃないけど、
二人きりになる場面は、極力さけている。
…本来であれば、ちゃんと別れ話をするところなんだろうけど、
よく考えたら、ゆかちゃんとあたし、別に付き合ってたわけじゃない。
だから、別れ話なんてそもそもが必要ない。
そのあたりも、へこむ一因だった。…一体、何やってたんだろうか、あたしは…。
今日は、仕事が終わってからのっちの家に来ていた。
明日は一限から授業があるし、あんまり遅くまでいられないけど、
でも、なるべくのっちのそばにいたかった。一人でいたくなかった。
のっちは、今、ゲームに夢中だ。
最近忙しくて、新作ソフトにも手をつけられなかったらしい。
「…あ〜ちゃん、ちょっと待っとって。これ、もうすぐクリア……あああっ、しまった!!」
「ふふっ、ええよ、好きなだけゲームしてて。のっち見てるだけで、楽しいけぇ。」
「あ〜ちゃん…。」
のっちが急にコントローラから手を離して、顔を近づけてきた。
「…キスしていい?」
「えっ、いきなり、どうしたん?」
「……あ〜ちゃんと、キスしたいの。…ダメ?」
「ん、ええよ…。」
のっちにふんわり覆いかぶさるように、のっちの唇に、自分のを重ねてみた。
のっちは、ちょっとびっくりしたみたいだ。
「…うわぁっ、あ〜ちゃんに、チューされちゃった!」
のっちが頬を赤く染めて、笑った。
(のっちって、ほんまにかわいいなぁ…。)
照れ隠しなのか、のっちがあたしの体をぎゅっと抱きしめてきた。
肩に顔を埋めながら、ナイショ話でもしてるみたいに小さくささやく。
「あのね、…あ〜ちゃん、大好きだよ…。」
ゲームの音楽がピコピコ響いている部屋で、のっちの頭を撫でてみる。
のっちはまるで子供みたいに、嬉しそうにあたしの頬に顔をすりよせる。
「あ〜ちゃんって、いい匂いするんじゃね。」
「そう?」
「なんだろ、お菓子みたいじゃ。なんか甘いもの食べた?」
「ううん、朝フルーツ食べただけ。って、それ甘いものじゃないか。」
「なんでかな?不思議じゃね〜。」
のっちが頬にキスをしてきた。
「うーん、やっぱり…、甘いね。」
…軽いフラッシュバック。
ほんの数日前、同じことをされて、同じことを言われた。
鼻先によみがえる、…ゆかちゃんの香り。
そういえば…、
…ゆかちゃんに好きって言われたこと、一度もなかった。
結局、最初から最後まで、あたしだけが想っていたのかな…。
今となってはちょっとしたことだし、今更だけど、…チクンと、胸が痛む。
…ゆかちゃんと、初めてのとき。
やっとの思いで気持ちを伝えたら、深いキスで応えてくれて、
———あの時は、すごく、…嬉しかった。。。
…ゆかちゃん、あたしといる時、いつも何考えてたんだろう?
…なぜ、何度も好きって言わせたの?…誰のこと、考えてたの…?
———わからない。
何にせよ、今はもう、どうでもいいこと。
今は、目の前にいるのっちだ。
のっちの手が、あたしの背中を撫でている。
指先が熱くなっているのがわかる。
そのまま手を前に回してしまっていいものか、多分、悩んでる。
覚悟を決めたらしく、両腕をあたしの脇の下に回して、抱きあう形にしてきた。
まっすぐな瞳で、あたしの目を見つめてくる。
「あ、あ〜ちゃん…、えっと、その」
「のっち……、そういうのは、待ってくれるんじゃなかったっけ?」
「そ、そ、そうなんですが…」
「…我慢、できなくなっちゃったの?」
「…ぅん。」
「いいよ、のっち……。しちゃおっか。」
「えっ…、ほ、ほんまに、いいのっ?」
「今日は外じゃないし、……できるでしょ?」
「あわわっ!で、できますが、で、できるけど、で、でっ…」
したいと言ってはみたものの、この返答は想定外だったらしい。
のっちが真っ赤になって慌てふためいている。
…ゆかちゃんだったら、あたしの返事なんかお構いなしで押し倒してきちゃうのに。
のっちって、かわいいなぁ…。
動揺しているのっちの腕から抜け出して、のっちのベッドに潜り込む。
顔だけ出して、誘ってみる。
「こっちに、来て……。」
「っ、…あ〜ちゃんっ…!」
のっちがベッドカバーをめくって、中に入ってくる。
あたしの上に重なってきた。あたしの髪を撫でる指先が、震えている。
吐息が、熱くなっている。…おでこが、コツンとぶつかった…。
「…いいの?ほんまに、いいの?」
「なんども聞かんでよ。恥ずかしい…」
「のっち、嬉しくて泣いちゃいそうなんですけど…。」
「…泣く前に、電気は消してくれんかな。」
「ん。」
暗闇の中で、のっちの瞳に月明かりが反射している。
本当に、瞳が潤んでいるのがわかる。
(のっち…。)
のっちの優しいキス。
耳元で何度も何度も囁かれる、好きって言葉。
…のっちの瞳には、今、あたししか映っていない。
のっちにカラダを押さえつけられて、唇の中に…のっちの体温が混ざってくる。
温かい手が、あたしの首筋を撫でていく。
のっちの愛し方は、…ゆかちゃんのとは全然違う。
のっちの手は、優しくて、不器用で、でもすごくあったかい。
じんわり体の中から温められていくようで、やわらかい気持ちになる。
それなのに。
……そうじゃないの…。
…思い出すのは、
…あたしを連れ出す魔法の指と、焼き尽くすようなキス、…甘い囁き、燃えるような瞳…。
それから、あたしの全てを飲み込んでしまう、あの熱い体温。
———ゆかちゃんの、肌。。。
……ゆかちゃんが、恋しい…。
…あたしが一番じゃないって、知っているのに、わかっているのに。
こんな時に、…どうしてなの。…どうしても、なの?…なぜ、こんなに悲しいの…。
…あたし、最低だ。
のっちに抱きしめられて、ゆかちゃんを思いだすなんて。
のっちのこと、好きになるって決めたのに。
躊躇しているのか、浅いキスを繰り返すのっちを強く抱いて、心の中でつぶやく。
(…全部忘れさせて、のっち。…何もかも…!)
のっちがあたしの動きに呼応して、唇を首の下に這わせてきた。
「…ふ…ぁっ……」
思わず声が漏れる。頬の下や耳の後ろを、のっちの唇が撫でていく。
…頭が、ぼーっとしてきた。
ふいに首筋に息がかかって、ハッとした。
「そこ、ダメッ!」
思わず首筋を押さえた。のっちがきょとんとしている。
———ソコは、ゆかちゃんのシルシが…。
「あ……、のっち、ごめん…。」
涙が出てきた。…一体どうしたいの、あたしは?
もう、自分で自分がわからない。
あふれでる大粒の滴が、頬を伝って枕に落ちていく。
のっちの手のひらが、あたしの頬をふわりと包む。
「…あ〜ちゃん、泣いていいよ…」
「のっちぃ…。」
「無理しないで。…のっち、ちょっと急ぎすぎたね。」
のっちは体を横たえると、あたしを優しく抱きしめて、頭をなでてきた。
赤ちゃんみたいにくるまれて、背中をポンポンと撫でられて、
…少し、落ち着いてきた。
「…あ〜ちゃん。少し、一緒に眠ろっか?」
「あたし、明日朝早いから…」
「大丈夫、ちゃんと起こしてあげるけぇ、ちょっと休んでいきんさい。」
「…ん、ありが、とう…。」
のっちは、あたしの髪を梳かしながら、時折、おでこにキスをしてくる。
「…ごめん、ほんまに、ごめんね。」
「シーっ。もういいけぇ。……のっち、ぎゅーってしてあげるね。」
のっちにぎゅーっと抱きしめられる。
……あったかい、すごくあったかいよ、のっち…。
「…あ〜ちゃん、ぐっすり眠りんさい…。眠れば、嫌なことは全部忘れるけぇ。
…のっちがここにおるから、なーんも心配いらん…。」
のっちは、どうして、そんなに優しいの?
あたし、…とっても酷いこと、しているのに…。
———ゆかちゃんは、絶対こんなこと、してくれない。…わかっているのに…。
優しくされればされるほど、苦しいよ…。
温かいのっちの腕の中で、
あたし、いつの間にか……眠りに、落ちて、いた…。
最終更新:2008年10月12日 18:18