天井が白い、のっちが無のまま見つめた先は、白い天井だった。ベッドに寝転んで、無心で見つめるその先にはないもない。
ガラリ、ドアが開く音にぴくりとこめかみが反応した。のっちが顔だけ起こしてそこにいる人間を確認する前に、「のっちおったんじゃあー。」と高い声がした。ゆかだ。
ゆかは、のっちが寝転んでいる保健室のベッドに近寄るとひょいと2つ並ぶベッドの片方に、腰掛けた。スカートから覗く寒そうな脚が、のっちの視界に入った。ゆかは、終始にこにこしていた。楽しそうなゆかを前にしても、のっちは気分が上がらなかった。そんなのっちを不思議に思ったゆかが「どしたん?」と尋ねる。
「んー…クリスマス、イヴ…。」
「イヴ?」
「のっちは、クリスマス・イヴの方がすきなんよ。」
「うん。」
「…あ〜ちゃんと毎年過ごしとったからかもしれんけど、さ。」
「うん。」
「あ〜ちゃん、デートに誘われた、んやってさ。」
のっちは、そういうとうつ伏せになった。ゆかに顔を見られないように。情けないくらいに垂れた眉毛、いつもあ〜ちゃんに指摘されていた眉毛を、のっちはゆかに見られることを拒んだ。ゆかは、暫く何も言わなかった。時間だけが過ぎていく。途端に、授業終了のチャイムが校内に響いた。
「授業、終っちゃったよ。」
「…のっちはまだ行かん。」
「おサボリするん?」
「……。」
子どものように拗ねるのっちを見て、ゆかはふうー、っと困った顔で息を吐いた。以前のっちが、ゆかが保健室でサボっていたことを呆れた顔で見ていたのに、今は正反対である。休み時間になれば、12月初旬、保健室の出入りは増える。ドア付近を気にしながら、ゆかは話し出した。
「あ〜ちゃん、イヴにデートするんじゃ。」
「らしいよ、2組の松本と。」
「呼び捨てせんでも…。で、のっちはどうしたいん?」
どうって、
どう答えていいのか困ったのっちは、驚いて顔をあげる。すると垂れたままだった眉を見たゆかが、ぷぷっと吹き出した。笑われたことが何だか情けなくて、のっちは唇を尖らせる。
「あ〜ちゃんとデートしたいんじゃったら、ちゃんと気持ち伝えなさいや。」
「無理じゃって、あ〜ちゃんにはのっちとは25日に遊びたい、って言われたんやもん。」
「情けないなあ、それでも女なん?」
「その使い方、ちょっとまちがっとるけど…。」
ゆかは腕組みをして、寝転がるのっちを見つめる。その姿はまるで恋愛を伝授する先生のようである。のっちは、そんなゆかを逞しく思った。
「それとも、」
「ん?」
「イヴ、ゆかとデートする?」
ゆかの発言はいつも突拍子もない。突然過ぎて、のっちはいつも驚かされる。今日もそうで。
「…のっちなんかと過ごしていいん?」
「うん。」
「ゆかちゃん、片想いのひとは? せっかくのイヴなのに誘ったりせんの?」
「んー…どうじゃろ。」
「のっちなんかと過ごすより、その人と過ごした方がいいよ! のっちがゆかちゃんとイヴ過ごすなんて勿体無いよ!」
「ゆかは、のっちと過ごしたいんよ。駄目なん?」
のっちが申し訳なさから頑なに断ろうとしていると、ゆかは少し機嫌を損ねた。のっちがイヴをあ〜ちゃんと過ごせなくなったことを残念がっているように、ゆかにも恋焦がれる相手がいるのだから、その相手とイヴを過ごしたいはずだ、とのっちは考えたからだった。結局、のっちはあ〜ちゃんとゆかには弱い。自分自身を可愛がってくれる存在にとことん弱いのだった。のっちはベッドに寝転んでいた身体を起こすと、ゆかの方へ向いて正座をした。
「ゆかちゃんがいいなら、のっちもゆかちゃんと、イヴ、過ごしたい、です。」
するとゆかは、瞳の三日月のように曲げて笑顔で「ありがと。」と答えた。のっちの心臓が跳ねた。ゆかの笑顔は本当に可愛い。それと同時に、こんなに可愛らしいゆかの心を掴んで離さない女の子が誰なのか、のっちはものすごく気になった。
「ねえ、ゆかちゃんの好きなひとってどんなひとなん? この学校の子?」
「教えん。」
「何でなん? ゆかちゃんいっつものっちのことは、しつこく聞くのにさ。」
「それはのっちが言いたいですって顔しとるけえじゃろー?」
「してないもん!」
ムキになるのっちを、軽々とゆかはあしらってしまう。ゆかに相手にされないのっちは、正座を止めてだらんとベッドから2本の脚を垂らし、ブラブラさせた。明らかに“拗ねています”という態度をするのっちを見て、痺れを切らしたのかゆかは、はあー、とため息を吐いた。
「……同じ学校の子じゃけえ。」
「え! そうなん? だれだれ。」
「もうそれ以上は言わん。」
「えー、ゆかちゃんのケチ。」
のっちの言葉を背中に受けながら、ハイハイ、と相手をする様子もないゆかはベッドから立ち上がると脱ぎかけだったローファーを履き直してドアへと歩いていく。ゆかの行動はいつも突然である。
「のっち、まだ寝るん? ゆか、次の授業は担任の授業じゃけえ、受けな怒られるから行くよ。」
「え、ま、待ってよ、ゆかちゃん!」
「いーやっ。」
振り向いて、べーっと舌を出して笑うゆかを慌てて追うも、のっちは上手く靴が履けなくて追いつけない。リュックを背負って廊下を覗くとゆかの姿は無かった。
「……何者なん、ゆかちゃん。」
廊下を見渡しながらのっちは呟いていると、授業始業のチャイムが鳴り響いてのっちは慌てて自身の教室に向かうのであった。
最終更新:2010年01月19日 18:32