「ちょっと、勝手に出んでよ!!」
あ〜ちゃんの声だ。
彼女は「へいへい」って言いながら部屋の奥へ引っ込んだ。
入れ違いにあ〜ちゃんが出迎えてくれた。
「ごめんね。突然、知らん人が出てきて驚いたじゃろ?まっ、とにかく上がって」
あ〜ちゃんは申し訳なさそうに顔の前に手を合わせてゆかに謝ってくれた。
玄関にはきちんと揃えてある可愛いパンプスと、適当に脱ぎ散らかしたちょっとゴツめのエンジニアブーツ。
ゆかはブーツをパンプスの隣に揃えて、自分のスニーカーもそこに一緒に置いた。
「えーと、どうしよっかな・・・」
あ〜ちゃんは少し困った感じで呟いた。
「あー・・・とりあえず、紹介するね。えっと、あれは大本彩乃」
ソファーに座って携帯ゲーム機をいじってる彼女を”あれ”と指差すあ〜ちゃん。
「ども。あ〜ちゃんの”友達”の大本です」
大本さんは、ペコって頭だけ下げて自己紹介してくれた。
一瞬、ゆかの方を見たけど、その視線はすぐさま手に持ってるゲーム機に向けられた。
「で、この子が樫野有香ちゃん。って、のっち!!ちゃんと聞きんさいよ!!」
あ〜ちゃんがゆかの事を紹介してくれてるけど、大本さんはこっちを見ずにゲームに夢中。
「のっち?」
ゆかがボソっと呟くと、あ〜ちゃんが「”あれ”のあだ名」ってまた彼女を指差した。
「で、ごめん。あ〜ちゃんカレー作るのに戻ってええ?ゆかちゃん適当に座ってて」
そう言ってあ〜ちゃんはキッチンに戻ってしまった。
リビングにはゆかと大本さんもとい”のっち”と二人っきり。
ヤバイ、ゆか基本人見知りな性質だから初対面の人と二人っきりって拷問に近い。
のっちはそんな事はお構えナシに自分の世界で楽しんでる。
とりあえず、座ろうかな。
ゆかはのっちが座ってるソファーの向かいに座った。近くに可愛い座布団があったからそれを敷いた。
てか、なんであ〜ちゃんの部屋にのっちがいるの?
友達って言ったけど、今日はゆかと一緒にご飯を食べる約束だったんじゃないの?ダブルブッキング?
あ〜ちゃんに訳を訊きたかったけど、カレー作るのに忙しそうで声掛けづらい。
初対面ののっちに訊くのも勇気がいる。
とくにする事がないからゆかは部屋をぐるっと見学。
すげー、液晶テレビだ〜。薄い。ゆかんちまだブラウン管だよ。あら、TVゲームなんてあ〜ちゃんやるんだ。知らなかった。
aikoと東方神起のDVDがある。あ〜ちゃん好きだもんね。お笑いのDVDもあるや。あ〜ちゃんお笑い好きなんだ。知らなかった。
あら、なんだこれ?あ〜ちゃん、こんなインディーズのCDなんて聴くんだ。意外〜。
わっ漫画も沢山ある。どれも少年漫画や青年漫画だ。へー、あ〜ちゃんバガボンドなんて読むんだ。しかも同じ巻が2冊とかあるよw
こっちの部屋は寝室?入ってもいいかな?
ゆかは寝室であろう部屋のふすまに手をかけた時。
「あー、そっちは入らんで」
視線はゲーム機に向けられたままののっちに注意された。
なんかムカついた。
そりゃ勝手に入ろうとしたゆかが悪いんだけど、なんであんたに注意されなきゃならんのよ!
そんな権利あんたにはないじゃろ!
ゆか、この人苦手だ。
美人だけど無愛想だし、なんかちょっと怖いし・・・。
なんで、この人とあ〜ちゃんが友達なんだろ?あ〜ちゃんとまるで正反対の性格じゃん。
美人で無愛想って・・・あれ?
ゆかはもう一度のっちの顔を確認する。
のっちは相変わらずゲームに夢中。なにがそんなに楽しいんやら。
「やっぱり!!」
あっ、声出ちゃった。
ゆかは慌てて手で口を塞ぐ。
のっちは一瞬ゆかを見たけど、ノーリアクションでゲームの続きをする。
この人、カフェラテ無料券女だ。
だからエレベーターの時、見覚えがあったんだ。なーんだ、スッキリしたw
「何が『やっぱり』なの?」
「え?」
急にのっちに話掛けられた。
てか、ワンテンポ遅れて訊くの?
この人の空気は独特。それは初対面でもわかった。
「えっと、最近よく駅前のコーヒーショップ利用してたよね?」
「えっ?なんで知ってんの?」
のっちは少し驚いて視線をゲームからゆかに移した。
「ゆか、あそこでバイトしてるから」
「へー」
「いつもカフェラテ頼んでたでしょ?」
「えっ?そんな事も知ってんの?」
のっちはまた驚いてデカイ目をさらにデカく見開いた。
「うん。だって、いつも無料券で貰ってたから覚えやすかったの」
「あー、あれね。綾香が持ってたから勝手に使っちゃったんだよね」
「カフェラテ好きなの?」
「んー、別に」
「そうなんだ・・・」
あっ、会話終わっちった。
こいつには社交性ってのはないのか?
ゆかもそんなにあるって訳じゃないけど、努力はするのに。
てか、この人・・・今あ〜ちゃんの事『綾香』って言ったよね?
あ〜ちゃんの事を下の名前で呼ぶ人に初めて会った。
ふたりは古くからの友達なのかな?幼馴染とか?
そんな事を悶々と考えてたらキッチンからあ〜ちゃんが登場した。
「お待たせ!!あ〜ちゃん特製カレー出来たよ」
わー、あ〜ちゃんが来ると途端に場の雰囲気がガラっと明るく変わる。
すごいな、あ〜ちゃんは。カレーも美味しそうだし。
「あっ、スプーン忘れた。のっち持ってきて」
あ〜ちゃんに命令されたのっちは「へいへい」って言いながらゲーム機を手放して渋々キッチンに向かった。
ん?もしかして・・・。
ゆかは心に出来た疑問をあ〜ちゃんに投げかけてみようって思った。とりあえず、カレーを食べながら。
「いただきます」
予想通りあ〜ちゃんのカレーは美味しかった。
のっちも黙々と食べてる。あっ、この人絶対カレー好きだ。見ててわかりやすすぎる。
「ゆかちゃん、どう?うちのカレー、口に合う?」
「うん。すんごい美味しい。お母さんが作るカレーより美味いかもw」
「えー、それは言いすぎじゃろw」
「あ〜ちゃん。そういやー、福神漬けは?」
「ごめん。切らしちゃってた。今日はナシで食べて」
「マジで!?無いの!?」
「うん。そんなに欲しかったら自分で買いにいけばいいじゃろ?」
「えー、そりゃないよ。カレー冷めちゃうじゃん」
「じゃあ、黙って出されたもん食べればいいじゃろ!」
「へいへい・・・。あ〜ちゃん。水もってきて」
「もー、そんくらい自分でもってきんさいよ〜。ゆかちゃんもいる?」
「あっ、うん。ありがと」
あ〜ちゃんはみんなの分の水を取りに一旦キッチンに下がった。
向かいに座ってるのっちは黙ってカレーを食べ続けてる。
この人、さっきはあ〜ちゃんの事『綾香』って言ってたのに、あ〜ちゃんを呼ぶ時は『あ〜ちゃん』なんだ。
「なに?」
「あっ、いや・・・。ナンデモナイデス」
ジーっとのっちの事見てたら気付かれた。
ゆかは慌ててカレーに視線を落とす。
「はーい。持ってきたよ〜」
あ〜ちゃんがコップを手にして戻ってきた。
「あのさ・・・」
「ん?」
「ここって、もしかして大本さんも一緒に住んでる?」
ゆかはさっき思ってた疑問をあ〜ちゃんに訊いてみた。
あ〜ちゃんの手が止まった。
あっ、ヤバい。ゆか地雷踏んじゃった?
「うん。そーだよ。ルームシェアしてるから」
カレーに夢中だったのっちがあ〜ちゃんの代わりに答えてくれた。
「あー、そうなんだ。ルームシェアか!」
「そ、そうなんよ。シェアすると家賃が半額で済むじゃろ?経済的じゃけぇw」
「へー、そっか。なんかルームシェアってドラマとか漫画の世界って感じでかっこいいね」
そっか、そっか、それなら納得。
きっとTVゲームも、インディーズのCDも、バガボンドも、のっちの所有物だな。
一緒に住んでるからさっき寝室に入っちゃダメって言ったんだな。
さっきはのっちの事ムカつくって思ったけど、ごめんね。それは訂正するわ。
きっと、あ〜ちゃんの親がひとりじゃ心配だから、幼馴染ののっちと一緒に暮らすならって大丈夫だろうって事なんだろうな。
幼馴染と一緒なら、部屋に男連れ込むって事しないもんね。
これはゆかの完全な妄想だけど、絶対そうだよ。
「そうだ!!ゆかちゃん今日泊まってきなよ!!」
突然のあ〜ちゃんの提案にデザートのパイナップルが口から出そうになった。
「えっ・・・。そんな、急で悪いよ。もう帰るけぇ」
「帰るって言っても、もう終電間にあわんよ?」
あっ・・・。時計を見ると、ちょうど終電が出る時刻。
ヤバイな、330円じゃタクシーも乗れないよ。
「車で送るよって、言いたいところだけど、”あれ”がお酒飲んじゃったから無理なんよね」
あ〜ちゃんが言う”あれ”ことのっちは缶チューハイ2本を空けて、またゲームに没頭している。
「でも、ほんまにええの?」
ゆかはチラっとのっちを見る。
「あぁ、”あれ”は気にせんでええからwいいよね?ゆかちゃんが泊まっても?」
「んー、いいんじゃない。てか、帰れないんだったらしょうがないっしょ」
ゲームに没頭してるけど、うちらの会話は聞いてたんだ。
ゆかはお言葉に甘えてあ〜ちゃんちにお泊りすることになった。
正確にはあ〜ちゃんとのっちの家だけど。
なんか先にお風呂入っちゃって悪いな〜。
あ〜ちゃんが好きに使っていいよって言ってくれた化粧水を顔につける。
ソファーではのっちがまだゲームをしてる。
あれからずっとしてる。飽きないもんなのかね。
「あの・・・ごめんね」
ゆかは恐る恐るのっちに謝った。
あら、返事がない。ってことは聞いてない?聞こえてない?まー、どっちでもいいや。
「えっ?今あたしに言ったの?」
あー、またワンテンポ遅れて返ってきた。
あんたしかおらんじゃろ。あ〜ちゃんは今お風呂に入ってるんだから。
「そーだよ」
「なんで、『ごめん』なの?」
「だって、急に泊まることになっちゃったから。ここは大本さんの家でもあるから迷惑かなって思ったの」
「ふーん。あっ、死んだ。はー、まいっか。さっきセーブしたから。やめよっと」
のっちはゆかと話をしてるだか、ゲーム機と話をしてるんだかわからない。
とりあえず今まで夢中になってたゲームは終わりにしたみたい。
「大本さんも学生?」
「いや」
「社会人?」
「かな」
「なんの仕事してるの?」
「・・・サービス業かな」
「あ〜ちゃんとは幼馴染?」
「いや」
「いつからの知り合いなの?」
「二年?いや、二年半?」
「へー、そうなんだ。あっ、あ〜ちゃんの彼氏ってどんな人だか知ってる?」
「すんげー質問攻めw合コンみてー」
あっ、やっぱこいつ苦手。
人が折角会話を盛り上げようとしてんのに、バッサリ切るな。
あー、早くあ〜ちゃんお風呂から出てこないかな。
ほんと、なんであ〜ちゃんは幼馴染じゃないこの人と一緒にルームシェアなんてしてんだろ?
どういう経緯で一緒に住むことになったんだろ?
あ〜ちゃんがいつも使ってるベッドはゆかが使わせてもらうことに。
あ〜ちゃんはベッドの下に布団を敷いてそこで寝ることに。
のっちはソファーで寝ることになった。
「ごめんね。ゆかがベッド使っちゃって」
「いいんよ。ゆかちゃんはお客さんなんだから」
「てか、大本さんに悪いよね・・・」
「いいのいいの。”あれ”はソファーで十分じゃけぇ。てか、”のっち”でええよ?ねぇーのっち?」
「んあ?あー、どうぞ。お好きなようにお呼びくらさーい」
今までのふたりのやり取りはすごく自然で不自然に感じた。
最終更新:2010年01月19日 18:38