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あ〜ちゃんを乗せたタクシーが、角を曲がった。
姿が見えなくなる。
と、カラダ中の力が抜けて、植え込みにへたり込んだ。

携帯を持つ手が、震えている。
相手の声なんてほとんど聞こえてなかったけど、あ〜ちゃんの方を見ることすらできなかった。

…危なかった。
あたし、———あんな場所で、…襲っちゃうところだった…。

あまりの可愛さに興奮を抑えきれなくて、肌に触れてしまったら、
…あっという間に、理性が吹き飛びそうになって…。
タクシーの中でなければ、一体どうなってたか。…思わず、身震いする。

両手で頭を抱えて、ため息をつく。
最近、自分で自分がわからない。さっぱりわからない。

あんなにせつない顔と濡れた瞳で見つめられて、名前を呼ばれて…。
おかしくならないはずがない。体中の血が、沸騰しそうだった。。。

ちょっと待って、落ち着け。
今のあたしは……、ほんまに、どうかしとる!

笑っちゃうくらいに、こんなんゆからしくもないじゃろ。
完全に……何かが、外れている。

理由は、たった一つ。…わかっとる。

…ゆかがこうなっちゃったのは、
全部全部、あ〜ちゃんの、せいじゃ!

だって、
あ〜ちゃんは、…すごく、甘い。
頬も、首も、唇も、…瞳も、声も、…何もかも全部。

ハチミツとチョコレートをまぜても、あ〜ちゃんの甘さにはかなわない。

触れるだけなのに、なぜか甘ったるくなるキス。
焼けつくようでのどが渇くから
唾液を求めて、いつもつい、深いキスにしてしまう。

いつも、お花みたいな笑顔でゆかを誘って追わせて、狂わせる。
触れるとむせかえりそうなほどに香る甘い声、…弾む吐息、とろける体温。。。

…そう。
あ〜ちゃんは、ゆかの———とっておきの砂糖菓子。
ゆかが独り占めして、ずっと内緒にしておくの。
絶対誰にも教えてあげないし、絶対誰にも分けてあげない。
ずーっとずーっと、ゆかのもの。ゆかだけのもの。


…最初は、ほんの遊びだったのに。

偶然触れ合った唇の思わぬ甘さとやわらかさに動揺していると
あ〜ちゃんが頬を赤く染くしながら潤んだ眼差しを向けて、
「…ゆかちゃんが、好き。」って、…可愛い声で囁くから。

突然、頭が真っ白になった。

あ〜ちゃんがおずおずと体を寄せてきて、
震える指先が触れ合って、ドキドキしているのが伝わって、、、
———気がついたら、あ〜ちゃんを抱きしめて、深いキスをしていた。

その時から。

…あたし、完全に、あ〜ちゃんに、———溺れてしまった。

昔から知っていたのに、ずっと近くにいたのに、
こんなに可愛かったなんて、…全然、気が付かなかった。

自分でもどうしようもない位、夢中になっているのを知られたくなくて、
いつも、そっけなくしてしまう。

悲しげに潤む瞳で見つめられると、
あ〜ちゃん以外は、何もかもどうでもよくなっているのに、
上手く伝えられなくて、気付かないふりをしてしまう。
興味のないふりをしてしまう。

きっと、このままじゃ、あ〜ちゃんを不安にさせるだけ。

…遊んでるわけじゃないよって、あ〜ちゃんを想っているよって、
ちゃんと伝えなくちゃいけないの。…わかっとるの。

でも、これ以上…好きになってしまうのが、怖い。
どうしていいのか、全然わからん。

苦しくて…。
憎んでしまいたくなる。いっそのこと、嫌いになれればいいのに。。。

だけど、離れていても、いつもいつも同じこと、考える。

あ〜ちゃん、…今、何してるのって。
…会いたい。言って欲しい、あの声で。「好き」って。何度も何度でも。
それは、ゆかを溶かす、魔法の言葉。
…そうじゃね。自分は、一度も伝えとらんくせに、自分ばっかり欲しがって、
ゆか、自分勝手じゃね。…ごめんね。

———と、そんなことは素直に言えるわけもない。


だけど、
あ〜ちゃんをタクシーの中に置き去りにしたその日以来、
あ〜ちゃんの様子が、どうもおかしい。

メールの返信もないし、いつもみたいに会話が続かない。

あんな場所であんなことして、そりゃ怒っとるじゃろ…。

友達と約束があったのも事実だけど、、
押し倒しちゃいそうだったから離れました、とは、…とても、言えん。

自分の気持ちを伝えられないまま、
しばらくは、あ〜ちゃんと二人きりになるのが怖くて、
普通に仕事をして、3人で話をして、そんな日々が続いた。

そう。
いつもみたいに、気にしてないふりをして。興味のないふりをして。


そんなある日の、スタジオからの帰り道。

二人を先に帰して、お手洗いから出てくると、
遠くの方に、あ〜ちゃんとのっちが、手をつないで歩いていくのが見えた。

ふいにのっちが立ち止まる。あ〜ちゃんの耳元で何か囁いてる。
…あ〜ちゃんが真っ赤になって、はにかんだ。
のっちはあ〜ちゃんの頭をなでると、見つめあって笑ってる。
のっちがつないだ手を引っぱって、走り出した…。
二人の姿は曲がり角にすっと消えて、…見えなくなった。

体中の血が引いていく。

———あ〜ちゃん…?

…のっちと、今、何してた…?

その手も、その髪も、…ゆかのものなのに…?

ゆかのこと、怒っとったから?

ううん、そうじゃない!
あの目は。あんな風に見つめあっているのは、
…あ〜ちゃんが、のっちのことを————……。


どうして…?
ゆかのこと、何度も何度も「好き」って、言ってくれたのに…。
もう、、、おしまいなの?
それとも、ゆか、…長い夢を見ていたのかな…?
…今までのことは全部、ゆかの、気のせい、だったのかな…?

狂ったあたしが見ていたのは、幸せな幻だったのかな…?


家に帰って、
バックに潜ませていたメモをくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に放った。

書いてあったのは、ネイルのデザイン。

…あの日の友達との約束は、
あ〜ちゃんの髪につける花飾りの作り方、教えてもらうため。
あ〜ちゃんを驚かせてあげたくて。
もうすぐできる、はずだった。

ネイルのデザインは、
ゆかのとおそろいで、色違い。
ゆかのは三日月、あ〜ちゃんのはハートのアクセントをつけて。
あ〜ちゃんの好きなラメをいっぱい使って、キラキラのシャンシャンにしたくて、
あ〜ちゃんの好きなピンクのマニキュア、探しに行かなくちゃって…。
ベビーピンクとローズピンク、どっちが似合うか、…迷ってて、

………。

でも、

……もう、…いらないの…?

…————何にも、いらない…?



…あ〜ちゃん。

…あ〜ちゃん…。。。。

…ゆかは、…あ〜ちゃんが、……。


真っ暗な部屋で、膝を抱えていると、メールが届いた。

…のっちだ。

「かっしー、明日会えない?」

瞳の奥に、暗い炎が宿る。

「いいよ。」

のっち。…———あ〜ちゃんに、何をしたの。


その夜は、

眠れなかった。






最終更新:2008年10月12日 18:21