「ふう…。」
空を見上げると、どんよりした灰色の雲が一面を覆っていた。家を出るときに点けっぱなしだったテレビから聞こえた天気予報では、今夜はホワイトクリスマスになりそうです、とお天気お姉さんが言っていたのを、のっちは思い出した。吐く息は白い。
色とりどりの電球が飾り付けられている。イルミネーションがとても綺麗である。そんな輝かしいイルミネーションを一瞥してから、のっちは口元をマフラーで隠した。両手はポケットにインして、ゆかが来るのを待った。
今日という日を楽しみにしていたであろう、恋人たちが何組ものっちの前を行き来する。「きれいだね。」なんて、イルミネーションを指差しながら言葉を交し合う恋人たちを、のっちはひたすら冷めた眼で見ていた。
今頃、あ〜ちゃんもアイツと過ごしているのか、
そう思うと、胸があつくなったのがわかった。
どんな服を着ているの、ひらひらのワンピース? 髪型は? グロスとか付けちゃったりするの? ちゃんと着込んでいるかな、薄着してないかな、
キリが無いほどのっちの脳裏に浮かんできた問いかけに、答えるひとは誰もいない。誰もいなければ、その答えを自分自身で確認することも出来ない。のっちは、あ〜ちゃんが今日という日を特別扱いしていることに、すごく嫌悪感を覚えた。どんよりとした空がのっちの心情をそのまま映し出しているかのように、空は暗い。
「のーっち。」
肩を2回、とんとんと叩かれて振り向くとゆかがいた。ゆかは真っ白のコートを羽織り、真冬だというのに短いひらひらのスカートだ。いくらニーハイブーツを履いているといえど、その姿は寒そうである。「待った?」と尋ねられ、首を左右にぶんぶん振ると、ゆかは、その細い腕をのっちの腕に絡み付けてきた。
「さっ、デート、しよー。」
無邪気なゆかの姿を見ると、のっちの中に沸々と湧き上がっていた先ほどの思考はすぐに吹っ飛んだ。今日はクリスマス・イヴ。のっちは、せっかくゆかが今日を過ごしてくれることに感謝するとともに、今日という日を楽しむことに専念した。
普段なら、腕を組む女性2人、まわりから見れば多少は視線を浴びるかもしれない。けれど、今日はクリスマス・イヴ。寄り添うカップルが多数いる中で、のっちとゆかは、一部にしか過ぎない。とはいっても、すれ違う人たちの殆どがカップルであるから、カップル達は自分達のことに精一杯になっていてまわりのことなど見ていなかった。のっちとゆかが腕組みをして歩いているなんて、誰も気付かないのであった。ゆかは先ほどから自然に腕組みをしているが、のっちは少しドキドキしていた。ゆかは美人だ。この密着度にドキドキしないはずがない。
「ねー、のっち。ゆか、行きたいとこあるんよ。」
「どこ?」
「穴場があるんよ。」
にやりと笑って絡まった腕と腕を一段と引き寄せて、ゆかはスタスタと歩こうとする。そんなゆかに置いていかれないようにのっちも歩調を合わせた。
「ねえ、ゆかちゃん、まだなん?」
絡まった腕はいつの間にか解けて、のっちの3メートル先を元気よく歩くゆかに、のっちは辛抱しきれず尋ねた。するとゆかは、少しだけ振り向いてのっちの姿を確認し、「もうちょっとじゃけえ、我慢してよ。」とだけ言ってまたスタスタと歩き出した。先ほどから、暗い夜道を歩いているだけである。綺麗に街を彩っていたイルミネーションはいつの間にかなくなっていて、のっちは行く先も知らされず、坂になっている夜道をゆかの背中だけを頼りにして歩いていた。すると、突然ゆかが駆け出した。
「ちょっと、ゆかちゃん!?」
ゆかの行動は本当に読めない、とのっちは思った。でもヒールをコツコツと鳴らしながら駆け出す背中は、可愛らしかった。
「のっちー、早く!」
ゆかが振り返って手招きをしながら、急かす。慌ててのっちも駆け上がる。
「…うわああ、」
視界に入ってきたのは、煌びやかな街並みだった。多種の街灯や、ライトが、視界一面に広がっている。のっちは思わず言葉を失った。
「きれいじゃろー? 穴場なんよ。」
「すごいね、すごいよ! ゆかちゃん!」
ゆかの両手を握り締めて、のっちは興奮気味にただすごいと言った。するとゆかは得意げに笑ったあとに、視線の先をのっちから夜景へと移した。
「のっちがね、喜んでくれたらいいなーって思って、ゆかなんにしよーってずっと考えとったんよ?」
「え?」
「せっかくのイヴじゃけえ…のっちに嫌な思いさせたくはないし。楽しんでほしいもん。」
「ゆかちゃん…。」
ゆかの気持ちがのっちは心底嬉しかった。こんなにも、ひとに想われた経験をあまりしたことがないのっちは、自分のことを考えてくれている、ゆかの存在が有り難かった。
「実はねー、ゆか、昨日誕生日なんよね。」
「え!?」
「じゃけえ、のっちにお祝いしてほしかったんじゃけど、あまりにものっちが落ち込んどったけえ、今回は遠慮してあげたんよ。」
「そんなん悪い! のっち祝うよ! ゆかちゃんの為に何でもする!」
のっちは目を大きくしてゆかに言った。握った手により一層力を込めて、言った。
「…いいよー、何か悪い。」
「え、何でよ、のっちじゃ不満なん?」
「そんなわけじゃないけどさ…。」
のっちはにこにこして、今か今かとゆかの答えを待つ。そんなのっちの期待を弄ぶようにゆかは言った。
「…じゃあ、ちゅーしよ。」
へっ?
のっちはこれでもか、というほど間抜けな顔でゆかを見た。明らかに驚いた様子ののっちを見て、ゆかはすぐに「冗談、冗談。」と繋いでいた手を離し、のっちをかわしてスカートをひらひらさせながら歩き出した。
「のっち、ファーストキス、あ〜ちゃんとするんじゃもんね。ゆかとちゅーなんか出来んじゃろー?」
ゆかがのっちをあしらい、独り言のように言うと、のっちはゆかの右手首を掴んだ。
「…誕生日、おめでとう。」
唇と、唇が、触れた。
のっちの初めてのキスは、まともにゆかの唇に当たらなかった。それどころかのっちの唇は、ゆかの唇の右よりにぶつかるようなキスだった。一瞬で離れた唇は、何もなかったかのように2人の距離を元に戻す。
「17歳の、誕生日…おめでとう。」
のっちはゆかの反応を、心臓をバクバクさせながら待った。けれどゆかは何も言わない。待ちくたびれたのっちが、ゆかの名を呼ぶ。
「あの…ゆかちゃん?」
「…へたくそ。あんなん、ちゅーじゃない。」
何を言うかと思えば、のっちが精一杯の気持ちでした口付けを下手糞だと罵倒した。その言葉でのっちは一瞬にして怯んだ。情けなく眉を垂らして、しゅんとした顔でゆかを見た。何とも情けないのっちの顔を見てゆかは、はあ、とため息を吐いた。
「ゆかがのっちに、ちゅー、教えてあげる。」
ゆかがライダースジャケットの襟元を引っ張り、のっちを引き寄せると、その唇はいとも簡単に繋がってしまった。今度は真正面からぴたりと密着した唇と唇に、のっちが目を見開いたままでいると、それに気付いていたのか、ゆかはのっちの腰を空いているほうの手で一打した。それを合図にのっちが目を閉じると、全神経が唇に集中してしまう。離れては、また繋がった唇にのっちの心拍数は最高潮に達した。
そんなお遊びの口付けを見守るかのように、空から雪が降ってきた。どうやら天気予報はあたっていたらしく、予報通りホワイトクリスマスになった。
最終更新:2010年01月19日 19:01