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「今から遊び行っていい?」
スケの合間を縫ってひさびさに出た大学から帰ろうしたら、あやちゃんからメールが来た。
OKのメールを返して時計を見ると、たぶんあたしん家着くのは同時になりそう。
大学に受かったときは素直にうれしかったけど、南武線沿いのこの大学は何よりも遠いのが
不便で正直最近行くのがだるい。まだあやちゃんの大学の方がアクセスはましな気がする
(それでも便利とはとてもいえないけど)。
それよりも、メールに絵文字顔文字一つないのが気になった。たいてい、こういうときは何かある。

うちの最寄り駅に着いたのはやっぱり二人ほとんど同時だった。あやちゃんを一目見て、察したことは確信に変わった。
会った最初にあたしの目をみないのは何かあった証拠。うちまでの間も言葉少な。
うちはパパもママも昼間ずっと仕事だし、お兄ちゃんも普通どっか行ってていないし、いたところであたしの部屋には
入ってこない。下手に入ってきたらどうなるか、今までに十分思い知ってるはず。
「―あたしネット嫌いじゃけぇ」
部屋に入るなりあやちゃんは大きな目をうるませた。
あたしだって好きじゃないけど、あたしの頭にとりあえず浮かぶあんなのやこんなのが書いた程度の落書きなんか、
気持ち悪いだけでいちいち気にしてられない。
でもあやちゃんはとても生真面目だから、全部真っ正面から受け止めてしまう。おとなになってかなり肩の力が
抜けた今でも、まだこの手のことをうまく流すのは難しいかもしれない。

「気にせんでええんよ」
何を見たのかは聞かない。知る必要もないし言わせることなんかない。それでもあやちゃんは
自分から何を見たのか全部話してくれた。
ある種の男のキモさ加減はあたしらの想像の斜め上すぎて思わず口がぽかーんとなる。書き込み
の主を見つけたら間違いなくあたしがボコる。
あやちゃんが話している間、ずっと頭をなでつづけた。何年もずっとこうしてつらいことを乗り
切ってきた、あたしたちの間のヒーリング。
話しきると大粒の涙がこぼれてあたしの膝に落ちた。
「ごめん…冷たかったじゃろ」
「ええんよ」
あたしは頬を伝った涙の跡に唇を当てた。かすかにしょっぱいしずくを唇に感じる。あやちゃんが
あたしにもたれかかった。あやちゃんを汚す言葉なんてあたしが祓ってあげる。あやちゃんは太陽み
たいな子なんだから、雲が晴れてまた明るい光を投げかけてくれるように。あやちゃんがしがみつく
中、あたしはその身体にまとわりつく悪い言霊を払い落とすように触れていく。
「かっしー」
「ん?」
「…前髪がくすぐったい」
あたしのぱっつんな前髪が刷毛みたいにあやちゃんの脇をくすぐってた。あたしは全力で頭を振っ
て前髪であやちゃんをくすぐる。身をよじってあやちゃんが笑った。やっぱりあやちゃんには笑って
いてほしい。
あやちゃんの身体をたどってあたしたちは唇を合わせた。本当の笑顔を見るまではまだまだ足りな
い。あやちゃんが失った光を求めるように息を吸って、あたしはあやちゃんの中から傷つけるものを
まさぐり取り去っていく。

「また泣くんか?」
いたずらっぽく顔をのぞき込む。しゃくりあげそうになりながら震える声が唇から漏れた。
「もう悲しくはないんよ」
前歯できゅっと噛んだ唇がほころびた。
「うれしいからじゃけ」
あたしは全力であやちゃんを抱きしめる。圧力で小さな吐息が漏れた。あやちゃんの身体に
たまった黒いものを吸い出すように何度も求める。黒いのはあたしだけで十分じゃけ。あやち
ゃんのココロの粒子を濁らせる塵なんかあたしが全部吸い取るけん。
そしてあたしはやっぱりあやちゃんがほしい。どこまでもあたしはほしがって、ねだって…
あやちゃんはすべて応えてくれる。
あやちゃんの髪とあたしの髪が重なって騒々しい世界からあたしたちを護る。黒髪の天幕の
下、儀式に邪魔者は要らない。あやちゃんのココロがまたキラキラの粒子を出せるように、あ
たしたちだけの隠された魔法が進む。
「あ…」
暗い雲海が切れた先に、眩しい光がひとすじ煌めいた―

あやちゃんの指があたしのぱっつんな前髪をなでる。その気持ちいいくすぐったさを額に感じながら、
あたしはあやちゃんの髪をいじって耳を出した。
「耳出してもかわいくない?」
「そう?」
「年明けの女子イベあたりにでもやってみぃや」
パーマの毛先を指先に巻き付けて遊ぶ。
「パーマ、またかけ直さにゃあ」
あやちゃんの笑顔が晴れて光が差す。首を振ってあたしの指をふりほどくとココロの粒子と髪の香り
があたしを包んだ。
「やっぱり笑ってるあやちゃんが最高じゃ」
身を乗り出してあやちゃんの耳たぶを甘噛みした。きゃん、て高い声がしてあやちゃんが首をすくめ
る。
それだけのことにあたしたちは大笑いした。

 あやちゃんが帰ってからPCを開いて例のサイトを見てみた。

 ―気持ち悪い。

 チョロとふーくんがこっちを見てるのに気づいて、自分がどんな表情になっているかがわかった。
 むかつく、という言葉を最初に考えついた人は天才だ。この胃に来る感覚。昔給食の生野菜を無理
矢理教師に食べさせられたときの感覚に似てる。
 むかつくならやめておけばいいのに、ついでにいくつか板を回った。あやちゃんやのっちなら絶対
しないだろうけど、あたしは何でも一通り見ないと気が済まない。たとえそれがどんな結果になった
としても。
 一つのスレが目にとまった。

「Perfumeで… その1」 

 ―軽く吹いた。

「んなわけないじゃん♪」
 思わず声に出して否定しちゃった。うちのかわいい二匹しか聞かれていないけど、自信もって言える。
今あたしがチョロとふーくんに見せたのは―

 最高の甘い笑顔。

              (了)
                <三作目要りますか?>






最終更新:2008年10月10日 00:32