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コツ、コツ、コツ、、

ヒールを鳴らして歩くのが好き。あたしはちゃんとココにいるの、って一人でも自信を持って歩けるような気がするから。
このアパートの階段は鉄骨がむき出しで、コツン、コツン、とキレイな音を奏でてくれるから好き。まぁ、階段付近の部屋の住人にとっては迷惑な話かも知れないけどね。


夜の帳が降りてきて、星の少ない空に月がはっきりと輪郭を現し始める。不安と希望が同居する。これくらいの時間、この雰囲気が好き。
真冬の澄んだ空に浮かぶ月はクリーム色みたいな黄色をしている。どんな形をしていても、いつもその黄色は濃紺の夜に映える光みたい。だから、月が見えない夜はそれだけで不安が色濃くなるんだ。



「月は見えなくっても、ずっとそこにあるんよ」

そう、彼女が言った時のことを今でも覚えている。
制服のまま無造作に寝転がったベッドの上。窓から見える小さな空に薄っすら浮かんだ真昼の白い月を、キレイな指で真っ直ぐに指差して彼女はそう言った。そんなことは小学生の頃から知っていたけど、あまりに彼女が得意気に言うものだから、あたしは何も言わずに頷いてみせた。

彼女はあたしにとっての「太陽」だった。それは絶対、唯一の存在で、それはどんなに焦がれて近づいても、決して交わることはできない存在だった。
それなら、せめてあたしは「月」になりたいと思った。

ずっとそばにいることができなくても、、交わることができなくても、、彼女に照らされて存在していけるなら幸せだと願った。


重なったあたしの右手と彼女の左手。
彼女の薬指に嵌った金属の感触が固く、いつまでも冷たかった。











コツン、コツン、コツン、、

アパートの階段を昇っていくと、帰り慣れた部屋の前に見えた人影が2つ。
2つの人影は重なって、しばらくして離れた。


ちっ。
ホント、やっぱり今日はツイてない日だな。やなもん見た。

月明かりに照らされて、よく言えば幻想的。正直に言わせてもらえば、人んちの前で盛ってんじゃないよ、エロのっち!


小走りでパタパタとその場を去っていく小柄な女の子。すれ違い様に、廊下のライトに照られた彼女の頬がほんのり紅く染まっていたように見えたのは、チークを失敗して塗りすぎたせいではないんだろう。


「わお!ゆかちゃんナーイスタイミング。のっち鍵持って出るの忘れちったww開けてー」


その奥に残されたもう一人の当事者は、呑気な顔と呑気な声でケロっとしている。
ったく、、人にキスシーン見られても、これぽっちも動じないんかね、此奴は。

文句を言うのもめんどくさくて、無言のままバックの中の鍵を探る。


「あはーwゆかちゃん、鼻紅いよーwww」
「うっさい、じゃーまー」


人の鼻を丸い指先で突きながらじゃれ付いてくるのっちを払い退けて、玄関の鍵を開ける。

「ただいまー!」

当たり前のように、のっちもあたしの後に続いて入ってくる。

電気をスイッチを押すと、明るすぎる電球に照らされた。靴箱の上にはのっちに渡しておいたはずの合鍵が置かれたままだった。あー、そういえば今日はゆかの方が出るの遅かったんだっけ。それにしても鍵を忘れるなんてホント、バカなんじゃないの?


「さっきのがマリちゃん?」
「あれ?なんで知ってんの?」


ブーツを脱ごうと、僅かな段差に腰掛ける。
今日はバイトで立ちっぱだったから、脚が相当むくんでる。ジッパーが下がりにくいや。


「お手伝いしましょう、姫」


なんてふざけながら、のっちがしゃがみ込んでブーツのジッパーを下げてくれた。
・・・うん。悪くないね。この体勢。この角度。跪かせてるみたいで、全然悪くない。


「ってか、見てたんだ?」
「なにが」
「のっちとマリちゃんのあっつーいキッス」
「別に見たくはなかったけどね」


左足のブーツがゆっくりと脱がされていく。





「でも、見たんでしょ?」
「うん。見た」
「ぜんぶ?」
「うん。ぜんぶ」

「へんたい」
「どっちが」


っていうか、、近いんですけど、顔。なんかニヤけてるし。


「・・・っ、、部屋の前でさ、やめてよね。近所にへんな噂たつじゃん」
「人のことなんて、口にするほど気にしてないよ」


だから、、近いってば。そんなことより早く、右足も脱がしてよ。
いつもみたいに突き放せないのは、見下ろしてたはずなのに、なぜか見上げる姿勢に変わってるせい。悔しいから目は伏せてやった。


「そもそも。世界のぜんぶなんて見えないんだよ。見えてるのはホンの一部だけで」
「別に、知らないままでいいよ。っていうか、話飛躍しすぎ」
「だからさ、みんな自分が見えてる範囲のことで精一杯だから、他人のことなんて自分が思ってるほど気にしてないってこと」


ばかみたいに真剣な声でそんなこと言うから、思わずどんな顔をしてるのか見上げてしまった。

妙に人懐っこいくせに、時々、哀しそうな瞳で世間から自分一人だけを孤立させるようなことを言う。
そう、いつだって、、チャラいくせに、心の内は見せるふりすらしない。
寂しい、なんて口が曲がったって言えない意地っ張りで弱虫のくせに、何食わぬ顔で人の懐に入り込むことだけは得意な甘え上手。


まぁ、、分からなくもないな、、此奴に惹かれる人の気持ちも。





「あ。それとも、ヤキモチ?」
「・・・はあ?」
「なんだ、ゆかちゃんものっちとキスしたかったんかぁwそっかwそっかw」


前言撤回。
またへらへらニヤニヤしやがって、

「ばっかじゃないの!!」


あたしの手の平がのっちの頬を叩いた。叩くなんてものじゃなくて、思いっきり殴ってやるくらいの勢いで。
大きな音が響いて、手の平がじんじん痛んだ。殴った方も痛いなんて、バカみたい。痛みを伴ってまで痛みを与えるなんてバカみたいだ。

叩かれた本人は、怒るわけでもなくポカーンと口を開けてアホみたいな顔してる。
そして、その大きな口を開けたまま笑い始めた。


「うひゃひゃww気のつっえー女」
「悪いっ?」
「いーや?嫌いじゃないよ」


笑いの残る顔。

掴まれる腕。
そのまま冷たい床に押し付けられる、背中。


「ねじ伏せたくなるよ」


睨む。
睨む。睨む。


「うん。悪くないね、その目つき」


だけど、
空しくあしらわれる視線。


「欲情する」


明るすぎる玄関の電気も、
まだ脱げていない右足のブーツも、
床の冷たさに麻痺し始めるあたしの背中も、
あたしの頬を撫でる丸い指先も、


「・・・ばっかじゃないの」


キミも、
あたしも。


「もっと、煽ってみせてよ?ゆかちゃん」


なんて意味のないこの行為。


<05-終>





最終更新:2010年01月19日 19:29