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−K-side

『ほいでね、そ、そしたらあ〜ちゃんがなんとっ…』
少しうわずったうれしそうな声。ちょっと噛んでるし。

のっちのいなくなった部屋で、のっちの声を聞きながら、
さっきまでのっちが自由に泳いでいたベッドにいる。

今何時くらいなんだろう。外は暗そうだ。
日が落ちるのもずいぶん遅くなったから、もう20時は過ぎてるはず。

「うん、うん」
それっぽい相づちを打ってみる。

とんでもないことをしてしまったんじゃないかという罪悪感のせいで、
会話にうまく集中できない。

『今日ぐらいはさ、甘えてよ』
そう言って私の髪を触ったのっちの、笑顔ともつかないやさしい目を思い出した。
確かに、いろいろあって私もどうかしてた。
言い訳はいくらでもできる。でも結局欲に負けたのは事実だった。


…のっちがあ〜ちゃんを好きなことに気づいてから、
私はずっとのっちを励ましてきた。なんなら取り持ったりもした。
二人が仲良くいられたらと思う。

心からそう思ってる。
でも、その二人がこうなるずっと前に、先に手を出したのは私だった。

のっちにとってのいろんな「初めて」の相手になることで、
自分のプライドを守ったり、三人のバランスを取ろうとしてたんだろうか。

なんにしろ、のっちからは一生私とのことは消えない。
そしてそのことを、あ〜ちゃんは知らない。

そう。たぶん、私にとってそのことは大きいんだと思う。
あまりにも無防備で無邪気なのっちを、
誰よりもからかいながらかわいがっていたいんだ。


『ほしたらあ〜ちゃんがさあー「あ〜ちゃんも、すきよ」だって!』
『いやーまじでかわいすぎるじゃろ!どきどきじゃね!!』

電話の向こうののっちは、さっきまでここにいたことなんてもう忘れてる。
それはそれでちょっとさみしいけど、でもそれでいい気もする。
よかったねって、笑っておこう。

二人を邪魔する気にはなれないけど。
だったらさ。

時々なら、相手してくれたっていいんじゃない?
ねー。のっち。


−N-side

今日はラジオの収録日。いつものスタジオに入って、ヘッドフォンをつける。
いやーそれにしても、あ〜ちゃんと仲直りできてよかったよかった。
あの次の日、昼にあ〜ちゃんがうちに来てくれてて。
あのときのあ〜ちゃんの真っ赤になった顔を思い出す。かわいかったなあ…。

視線をテーブルの向かいにやると、
コントレックスを飲みながら、あ〜ちゃんがネイルをいじってる。
新しいワンピースを着て、いつもどおりのかわいさで期待に応えてくれる。
のっちなんかコレ去年も着てたTシャツだよ…。

ふとあ〜ちゃんが目を上げた。視線がぶつかる。
甘すぎず冷たすぎず、少し目を細めて笑ってくれる。
その仕草のひとつひとつがこんなにいとしいなんて。


『シツモーンドロップ!』
『もし、自分が男性だったらPerfumeの三人の中で誰と結婚してみたいですか?』

きたきた。よくある展開。
あ〜ちゃんに決まってるじゃろ!
一番最初に答えよう。そう決めたとき。

右手にぞくっとする感触を感じた。
…ゆかちゃん?
大きなテーブルの下で、私の手の甲をゆかちゃんの指がなぞってる。
その感触に驚いて言葉につまった瞬間。

「あたし、のっちかな!」
そう言ってゆかちゃんはこっちを見て満面の笑顔。

え?え?
あまりの驚きで反射的に出てきた言葉は、これだ。
「のっちは…かしゆか!!」

一瞬なんともいえない空気が三人の間を漂った気がした。
「え〜三人とは結婚したくないな」
オチをつけた上で、あ〜ちゃんはその場を見事にしめた。
さすがとしか言いようがない。

収録が終わった後、あ〜ちゃんは何事もなかったかのように、
スタッフさんと笑いながらスタジオを出ていった。
でも、決して私と目を合わせなかった。

後を追うように、ぼうっとあ〜ちゃんの背中を見ながら歩いていると、
背後から不意に耳をつねられた。

「イ、イデデッ」
「…のっち、説教部屋じゃ!」

振り返ると、そこには鬼の形相をしたゆかちゃんが立っていた…。


「なんであんなこと言うかなあ」
あ〜ちゃんが楽屋のドアを閉めた音を確かめてから、ゆかちゃんは話し始めた。
誰もいない廊下。
「ゆかちゃん、ここじゃ誰に聞かれとるかわからん」

ゆかちゃんは腕組みして私をにらんだ後、
手首をぐいっとつかんで近くの会議室のドアを開けた。

中には誰もいなかった。二人で話すにはちょうどいい。
電気はついてないから薄暗い。
ブラインドが開いてるから夜の明かりが部屋にさしている。

「いや、だから、あれはゆかちゃんが…」
私にだって言い分がある。あんなことされたら言葉につまるのも当然だよ。
こないだのこともあるし…。
ふと、同じくらいの暗さの中で触れた、白い肌を思い出して赤くなる。

私の脳内とは無関係に、ゆかちゃんにしては低い声が部屋に響く。
「あの展開は、ゆかがのっちって言ったらのっちはあ〜ちゃんじゃろ」
「ゆかがあ〜ちゃん言うたらのっちがあ〜ちゃんて言えんくなるけぇ、気遣ったのわからん!?」
「あ〜ちゃん何も言わんけど、絶対傷ついとるよ。」

畳み掛けるように責められて、何も言えなくなる。
「…」
はあっとため息をついて、私は窓に背をもたれた。
背後から光がもれる。

ゆかちゃんがじわりと近寄ってくる。
私の顔の両サイドに手をついて、顔を近づける。
「のっち、なんか言いんさい」

…ゆかちゃんは気を遣ったって言うけど。それも一理あるような。
でもさでもさ。ゆかちゃんだってわるいじゃん。
あんなことされたら、さあ。

そう言いたかったけど、さすがにこの距離じゃ言えんよ…。
ええい。もう笑ってごまかすしかあるまい。
「なんか、どきどきしちゃって、つい。はは。ごめん…」

「…ばか。」
ゆかちゃんの目が不意にやさしくなる。
外の光が小さい唇を照らす。どうしてだろう。キスしたくなってくる。

この空気。ゆかちゃん独特の、有無を言わさないつまった空気。
唇が近づいてくる。あ〜ちゃんじゃないのに。
どきどきして、どうしても逃げられない。思わず目を閉じる。

・・・痛っ。
ぺしっと鈍い音が響いた。でこぴん?
ゆかちゃんは中指を私のおでこにつけたまま言う。
「あ〜ちゃんにちゃんと謝りんさい」

「でも二人で話すチャンス、もうないよ。車に乗っちゃえばもっさんがおるし」
情けなく話す私にゆかちゃんは笑って言った。
「あんたばか?ケータイは何のためにあるんよ」

…そうか!
そうして私はこの恋人未満の親友に、また救われてしまった。


「ほんまにアホの子じゃねえ、のっちは」
ゆかちゃんは笑いながらドアに近づいていく。
ドアノブに手をかけながら、回す直前に振り返って言った。

「のっち」
「今度会ったら、続きしようね。こないだの。」


−A-side

帰りの車の中。私はいつもどおり助手席に座る。
二人は後ろの席で最近見つけたバンドの話をし始めた。

『のっちは…かしゆか!!』
ゆかちゃんにのっちって言われて、きっと反射的に言っただけなんだろうけど。
でもそれでも、ね。あんまりだよね。

そこでのっちが私の名前を言って、
私がゆかちゃんって言えば丸くおさまるものを。

それともやっぱり。こないだの匂いのこともある。
二人の間には、私の知らない連帯感みたいなものがある気がする。

なんだかすっきりしない。
窓の外に目をやる。もう見慣れた道だ、この道も。
こんな些細なことに心を揺さぶられる自分が嫌になってくる。

あ、メールだ。
『…やっぱり、怒っとる??』

のっちからだった。後ろに座ってるくせに、メールなんてずるい。
怒ってるわけじゃないけどさ。ショックだったんだよ。
のっちはまだ、私が怒るのとへこむのの区別がついてないんだよね。
そういうところが、かわいいんだけど。

『怒っとらんよ(笑)』
『ゆかちゃんに選ばれてうれしそうじゃったねー』
でも背後数10センチの距離のメールは、なかなかうまく返せない。
私も素直じゃないなあ。

「…そ、そんなことないけぇ!」
後部座席ののっちが突然叫びだした。
ウィンドウに肘をついて、なんでもないふりをして耳を澄ませながら、
のっちからの次のメールを待とう。

「…のっち、あんたいきなりどしたん」
不思議そうにゆかちゃんが言った。
「い、いやメール、メール。はは。。」


私は息を吸い込んだ。素直になるって、エネルギーがいる。
今日の帰りだったら、降ろす順番はゆかちゃん、のっち、うちのはずだ。

一文字一文字、心を込めて打った。
思いを込めすぎて、もたれたシートの背中が熱い。

『今日は寝るとき隣にいないんだよね。なんかすごい寂しい。』

ちょっと甘すぎるか。。送信ボタンを押すか迷ってしまう。
なんどもボタンに指をおいてはやめてを繰り返した時、
画面がメール受信を知らせた。

『もうすこし一緒にいたいよ。今夜はうちに来ん?』

のっちはなんで、いつもこんなに素直になれるんだろう。


−N-side

「…ずるいなあ」
ベッドに突っ伏したあ〜ちゃんがぽつりと言った。

あ〜ちゃんが部屋に来るのは何度目だろう。
来たときはそれがとても自然なことに感じるのに、
一方ではとても奇跡的なことにも感じる。
そんな小さな感動に心を奪われて、すっかり謝るのを忘れていた。

「何が?」
「ゆかちゃん」
「あんな目したらのっちが動揺するってわかって言っとるね、あれは」
うつ伏せのまま枕に顔をうずめて、足をバタバタさせるのがかわいらしい。

ベッドのへりに腰かけながら、
さっきのゆかちゃんの受け売りをそのまま言ってみた。
「…あれはさ、ゆかちゃんがあ〜ちゃん言うたらのっちがあ〜ちゃんて言えんくなるけぇ」
「気を遣ってくれたんじゃよ」

あ〜ちゃんは何て言うだろう。
ていうか言われなくても、それぐらいのことわかってそうだけど。

「…かばうん」
「そーゆーわけじゃないけど、のっちが悪いけぇ、ね」
ごめん、そう言って、あ〜ちゃんの髪をなでた。

「のっちものっちじゃ」
あ〜ちゃんの機嫌はまだ直らないらしい。
「あんなデレ〜っとした顔してから!」

「ほんとにごめんとしか言いようがないわ。。」
うーん。たしかに。デレっとしてた。
でもあれはゆかちゃんが…。いや、それだけは言うまい。

「ほんまに反省しとるん?」
「しとるよ。まじで」

部屋に入るなり突っ伏したままのあ〜ちゃんが、ようやくこっちを向いてくれた。
「…のっち、また八の字になっとる。ふふ」
少し笑いながら、私の眉を人差し指でつっつく。

その笑った顔も声も甘くて。
やっと笑ってくれた安心感と、甘さが誘うどきどきに、
私の胸は高鳴った。


−A-side

振り向いて見上げたのっちの顔は、
情けないくらいしょぼんとしていて、ついつい私も許してしまう。

さっきのスタジオとは違うこの距離。
私だけが手を伸ばせば届く距離に、のっちがいる。
眉を八の字にして、口元をだらしなくゆるませて。

最初に好きになったのは向こうのはずなのに、もう今はそんなの関係ないくらい。
優しい目もよく噛む口も女の子のくせにごつごつした手も、
私だけに向けていてほしいよ。

仕方ないなあって笑うと、のっちがゆっくりと近づいてきた。
だいたいいつもなら、「あ〜ちゃん!!」って言いながら、
鼻息を荒くして近づいてくるのに。


「嫌な気持ちにさせて、ごめんね」
いつもの甲高い声じゃなくて、落ち着いたトーンの声だ。

ゆっくりと距離が縮まっていく。私の髪をなでて。
おでこに触れる手があったかい。

一気に飛びつくんじゃなくて、ものすごく大事に私を確かめるような、
最初のキスがとっても照れくさいくらい、優しい目で見つめてくる。

この時間が、ずっと続けばいいのに。
のっちと私の身体で、重なっているのは手だけなのに、
抱きしめられているような気持ちになる。

「…まだ拗ねた顔しとる」
泣いてなんかないのに、涙を拭くみたいに親指で頬をなぞられる。
普段はあんなにヘタレなくせに、本物の王子様みたいにかっこいい。
私の扱いにもずいぶん慣れてきたのかな。

自分が自分でなくなるかんじ。
急に喋れなくなる。
今は、のっちがしてくれるすべてのことを、ひとつも逃したくない。


のっちがくれる空気にすっかり酔ってしまって、心がほどけていく。
きっとキスをしてしまったら、止まらなくなってしまいそう。
だったらその前にちゃんと聞いておきたい。

「ねーのっち」
「うん?」

「べたなんじゃけど」
「うん」

のっちは私に近づいたまま、ベッドに肘をついて横になった。
やさしく、話を聞いてくれてる。

「三人で船に乗ってて。二人しか助からないとしたら、どうする?」
「うーん」
「で、逆に一人しか助からないとしたら、どうする?」
「こりゃあ難しいね」

ちゃんと答えを聞きたいから、のっちの身体には触れないでいよう。
のっちはしばらく悩んだような顔をした後、数秒だけ目を閉じた。
次に目を開けたときには、目にはもう迷いはないように見えた。

「うーん。二人じゃったら、間違いなくのっちが死ぬよ」
「やっぱり。そう言うと思った」
「あ〜ちゃんだってそうじゃろ?たぶんゆかちゃんも同じじゃよ」
「うん」

ひとつ目は簡単だよね。それは三人とも同じこと思ってるもん。

「で、一人だけ助かるんじゃよね。これは難しーよ」
「でも…のっちは、一人だけならゆかちゃん、かな」

ズキン、と胸が痛んだ。たぶん顔もひどいことになってるはず。
やっぱり、ゆかちゃんなんだ…。


私の顔を見て、のっちの眉がまた八の字になった。
私の髪をまたなでながら、ゆっくりと話し始める。

「あはは。ちがうちがう」
「三人のうち一人だけ残されるって、ものすごくつらいじゃろ?」
「…」
「そんなこと、あ〜ちゃんにはさせられんよ」

ハッとしてのっちを見上げる。
のっちは私が自分の方を見たことを確かめてから、続けた。

「あ〜ちゃんを一人にはできないってのもある。…でも」
「…でも?」
「本音を言えば、最後のわがままかな」

のっちはふっと目をそらして仰向けになった。

「だってさあ、死ぬんでしょ?めっちゃこわいじゃん」
「こわくてどうしようもないけど死ななきゃいけないんだったら」
「のっちはあ〜ちゃんにそばにいてほしいよ」

そう言ってまたこっちに身体を向けて。
「あ〜ちゃんとなら、それでよかったって思えると思う」
いい終わったら満足そうに仰向けに戻った。

想像していなかった答えに、言葉が出ない。
照れくさそうに笑うその顔がいとしくて仕方なくなる。
ずっとずっと、のっちのストレートで率直な愛情に包まれてたい。
誰にも渡したくない。


「のっち」
思いがこみあげてくる。
気がついたら、私は仰向けになったのっちに覆いかぶさって、
のっちを思い切り抱きしめていた。
ううん、抱きついていた、のが正しいかもしれない。

「…すき」
我慢しきれなくなって出た言葉と一緒に、その思いを唇に込めた。
自分からするキスはなかなかうまくできないけど。
気持ちが伝わってればいいな。

「へへー。今日のあ〜ちゃんは甘えんぼさんじゃねえ」
のっちはにやにや笑って、私のキスに応えてくれる。


あんな素敵なことを言ってくれるいとしい人がここにいるって、確かめるように。
ずっとこうしてたいって願いが叶うように。

のっちの鎖骨の上あたりに顔をぴったりとくっつけて、私は目を閉じた。


(つづく)






最終更新:2008年10月12日 18:30