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彼女が泣きながら繰り返すその言葉は、一番聞きたくなかった。

私が、惨めになるから。
私が、一番その言葉をあなたに言いたいのに。


顔は見えないように、背中ごしに精一杯優しく言う。
今彼女の顔を見たら、立っていられない気がした。
私のこんな顔も、見せたくない。


「——謝らなくていいよ。・・・私が勝手に…、」


そう言ったところで、私の背中が重くなった。


手は冷たいはずの彼女の体は、これ以上ないくらいの温もりを持っていて。
かろうじて瞼に溜まっていた涙が、一気に零れ落ちた。

こらえようとしても、私の意識とは裏腹に、涙はあ〜ちゃんの手を濡らす。

洗いたてのシャンプーの香りが、いつもの彼女の香りが、鼻を刺激する。
鼻の奥がつんと痛むのは、嫌なくらい香るその匂いのせいだと思い込んだ。


今までずっと"親友"でいた時間が、頭の中でちかちかと光った。

私が、たった今壊してしまったかもしれない、これから在るはずだった時間。

もう前のようには戻れない。
直感的に、そう思った。
こういう時に限って、私の勘はよく当たるから。



彼女の手をまたぎゅっと握ってから、ゆっくり離れる。
当たり前だけれど、やっぱりいつもの彼女の柔らかい手だった。
この温もりがずっとあったらいいのになんて考えてしまう自分がまだいることが嫌だった。


後ろを向くのが怖くて、そのまま屋上の扉を開けた。

一歩踏み出したとき、

「ゆか」

彼女のその真剣な声色に、体が止まった。
だけど、重く冷たい扉はもうその自重で閉まりかけていた。

「私、」


鈍い金属音が、世界の終わりの鐘のように鳴り響いた。




...Before 6 Hours




玄関のはるか外に人影が見えた。
それは紛れもなく待ちわびたあ〜ちゃんその人である。
かしゆかとの二人の時間も大好きだけれど。
やっぱりあ〜ちゃんが来て3人そろったほうがもっともっと楽しい。

「あ〜ちゃん!!おかえり!」

ちぎれんばかりの勢いで手を振る。
あ〜ちゃんはそれにいつもの笑顔で応えてくれた。
それが嬉しくて、自分でもわかるくらいにニヤけてしまった。


「おかえり。寒かったでしょ。」

次いで、ソファに座っていたかしゆかも微笑みながら、あ〜ちゃんの手を両手で握った。
のっちだってあ〜ちゃんの手触りたいな〜、なんて下心はすぐにしまう。
別にいつでも触れるもんね。

「ただいまぁ。わざわざ玄関で待ってくれとったん、ありがと〜。あ、これおみやげ〜!」

そのあ〜ちゃんの笑顔のためなら何時間でも何億年でも待つよ、と言いたい気持ちを抑え、彼女が高々と掲げた箱を見る。
その中身はきっと女の子なら誰しもが大好きなあれに違いなかった。
そう、ケーキ!

「わーっありがとー!」

あ〜ちゃんの優しさに、かしゆかも私も感謝感激雨あられ。

「あ、荷物持つよ〜」

あ〜ちゃんの、パンパンに膨らんだ重そうな通学鞄を片手で持ち上げる。
ずしりと関節にきたけど、彼女のためならこのくらい朝飯前。
…朝も昼も食べたから、こういう場合、晩飯前…?

そんな疑問を抱きつつも、ガールズトーク会場となるあ〜ちゃんの部屋へ向かう。

道中、かしゆかがあ〜ちゃんの手をずっと握っていた。

「ゆかちゃんの手大きいからあったかい」
「…でも、手あったかいと心が冷たいみたいじゃない?」

そう苦笑するかしゆかが、なんだかいつもより寂しそうに見えた。
そんなことないよ、と、あ〜ちゃんはいつものように笑ってみせる。

私もそのふたりの笑顔を見て自然と笑顔になって。


やっぱり、この3人で居る空間、時間が、私は大好きみたい。



今日のために、ばっちり掃除してあるらしいあ〜ちゃんの部屋は、その通りきちんと整っていた。

別にこんな気心知れた仲だから散らかしっぱなしでもいいけれど。
あ〜ちゃんの「部屋汚い」は、
のっちの「部屋綺麗」と同等なレベルだから。

あ〜ちゃんの部屋はいつもいいニオイがする。

毎日の癒しだというアロマオイルの香り。
あ〜ちゃんはこういうのに凝っていて、わけのわからない横文字が羅列されたアロマキャンドルをたくさん持っている。

そのなかでものっちがお気に入りなのは、バニラの香り。
この香りをかぐと、どんなときでもどんな場所でもあ〜ちゃんを想うことができる。

香りには記憶を保存するチカラがあると、私は思う。
だから昔、母からもらった香水を今でも毎日使い続けている。
これからもずっと使うことだろう。
辛いことがあっても、過去の温もりや幸せを思い出すことができるから。

で、最近はあ〜ちゃんをマネして、100円ショップで買ったアロマセットで、自分の部屋を彩ったりしてみている。
…ここ数日は放置気味だけれど。

今日は残念ながらバニラの香りじゃなくて、たぶんこれはブルーベリー。
そのことに気づいて言ったら、今日は気分を変えてみたらしい。
あ〜ちゃんもバニラがお気に入りで、ついついバニラを使いすぎて他の香りがなかなか減らない、ということも補足してくれた。

甘酸っぱい香りがふんわり漂うなか、テーブルを囲んであ〜ちゃんが買ってきてくれたケーキをつつく。



3人での久しぶりのガールズトークは、いつの間にか恋愛話になっていた。

最近まで「恋バナ」を「恋するバナナ」だと思っていた私にとっては縁遠い話…
でも他人の話を聞くのは大好きだから、かしゆかとクラスメートの話で大いに盛り上がった。

で、聞けばかしゆかもあ〜ちゃんも好きな人はいないらしい。
ふたりとも可愛いから男なんてすぐコロリといくだろうに。もったいない。


「そういうのっちはどうなの」

かしゆかが鋭く質問を投げかけてきた。
恋するバナナの私にそんな愚問を投げかけるとは・・・
そんなゆかちゃんだからこそ好きなんだけどね。

「のっち?のっちはふたりが好きだよぉ〜」

私はおどけながら、あ〜ちゃんとかしゆかの肩に手を伸ばす。

両手に華とはこのことか…
とか浸ってニヤケてるのはのっちだけで、二人はなぜか浮かない顔で上の空だった。
いつもならふざけて、のっちの手を振り払ったりするはずなのに。


(……?)

若干訝しげに二人を見ていたら、

「…ありがと」

あ〜ちゃんが笑いながら目をこすった。
初めて見るその微妙な仕草が、気になって。

かしゆかは、そんなあ〜ちゃんをみて、また寂しそうに笑っていた。




——二人とも、どうしたんだろう。






最終更新:2010年02月06日 19:27