夕焼け空は、あ〜ちゃんとのっちが見る世界だったのにな、のっちは自転車を漕ぎながら思った。紅く染まった夕焼けの陽は、優しさを感じることも出来るが、それでも眩しい。思わずのっちは目を細めた。
「もうちょっと早く漕げんの?」
「そんな無茶な…。」
「のっちガンバレー!」
無邪気なゆかが自転車のうしろで、好き勝手に叫ぶ。途中ゆかが身体を揺らすものだから、車体は何回もぐらついた。原因はゆかにあるのに、その度にゆかは、のっちの頭の天辺をチョップする。
やはり、あ〜ちゃんと一緒に自転車で帰るのは、あの日が最後だった。
あの日以降、のっちはあ〜ちゃんに会っていない。あ〜ちゃんが心配しているから、メールの返事だけは手短に返す。
『のっち、今日は学校来てる?』
『来てるよ。』
『そっか。』
決まってあ〜ちゃんは、『そっか。』の次を言うことはない。のっちの意地悪な思考は勝手に判断をする、のっちがいない方があ〜ちゃんにとっては都合がいいのだ、と。帰り道、その話をゆかにすると、ゆかはキャッキャッと声を上げて笑った。ゆかの軽率な態度に、のっちは珍しくむっとした。
「彼氏出来たての女の子なんて、みんなそんなもんでしょ。」
「…あ〜ちゃんはそこら辺の女の子と違う。」
のっちが声のトーンを急に下げたものだから、ゆかも明らかな反応に気付いたのか、黙った。
「…のっちは、本当にあ〜ちゃんが好きなんじゃね。」
うしろからぽつりと聞こえた声に、のっちは1回だけ大きく頷いた。
「ていうか、ゆかん家来る?」
いきなりすぎてのっちは、自転車を運転しながらうしろを振り返ってしまった。すると今度はのっちの顔面目掛けてゆかのチョップがヒットした。秘密主義のゆかが、まさか、家に来る? なんて聞いてくるものだから、のっちはとても驚いた。何回もコクコク頷くと「じゃあ、そこみぎー。」と、ゆかが背後からカーナビのように道順を教える。
それから数分自転車を漕ぐと、赤茶の6階建てのマンションが見えてきた。ゆかはそこを指さしながら、「あのマンションがゆかんち。」と言った。
自転車を駐輪場に止めてオートロックの扉を鍵でガチャリと開けて、マンション内へ入る。ゆかの部屋は5階のエレベーターを降りて左奥の部屋、501号室だった。
のっちは室内に入って驚いた。ゆかは一人暮らしだった。高校生で一人暮らしをしている子なんて、初めてだった。下宿や寮生がいるというのは、噂で聞いたことあるが、ゆかは本当に“一人暮らし”をしていた。
「そこら辺に、座っていいけえ。」
ゆかに促されるまま、室内に入ったのっちだがその姿は落ち着きがない。白で統一された部屋は、シンプルで物も少なくどこか寂しさを覚えた。
「ゆかちゃん、一人暮らしなん?」
「そうだよ。」
「寂しく、ないの?」
「…寂しいよ。」
ゆかは無造作に、教科書の詰まった手提げ鞄をカーペットに置いた。のっちに背を向けている、ゆかの表情は、のっちから窺うことが出来ない。手際よくゆかが、コップにオレンジジュースを注ぐ。両手にグラスを持ってのっちの元へ。
「でも今はのっちがおるけえ、寂しくない。」
振り向いてにこりと微笑むゆかを、のっちはただ見つめていた。途端にどうしようもなく、ゆかが愛しくなった。
ゆかは、手に持っていたコップをローテーブルに置くと、2人掛けのソファーに座った。そして立ったままだったのっちを手招きする。のっちは子犬のように、ゆかの手に招かれて隣に座った。
「寂しくなったら、のっちのこと呼んでもいいよ。」
「のっちのくせに生意気。」
「だって本当のことだし。」
「んー…じゃあゆか毎日のっちのこと呼んじゃうかも。」
「ゆかちゃん意外と甘えんぼ。」
自然と2人の距離はゼロになってぴたりとくっついた肩と肩に、どちらともなく指を絡めた。にぎにぎと動きあう互いの指の感触がどうも心地よくて、のっちはゆかの肩に頭を預けた。
「どっちが甘えんぼなんよ。」
呆れたようにゆかが呟くものだから、のっちは急いで頭を起こして「ゆかちゃんだよ。」と言った。するとゆかものっちの顔をしっかり捉えて「違うよ、のっちだよ。」と言った。どうでもいいことを言い争っている自分達が可笑しくなって、2人は声を上げて笑い出す。
ひとしきり笑ったかと思えば、沈黙が2人を包む。視線は交わったまま、どちらも声を発してないのに、心情はとても穏やかだった。
「…のっち。」
「ん?」
「ちゅー、したい。」
「いいよ。」
そして、ゆかの潤んだ瞳に誘われるかのように、のっちはゆかの唇にキスをした。
最終更新:2010年02月06日 20:17