上から全体重をかけて、両腕を押さえつけられる。
丁度、脈を取ったりする、手首のところ。
どくどくと、悲鳴みたいにも感じる、その打ち方。
さっきまで穏やかに流れていたように見えた空気の流れは、急の嵐のように強い衝動となって私に降りかかってきた。
帳、というには短めなその髪。でも緩く巻かれた毛先がやわやわと私の反応を伺うように触れてくる。
頬に。唇に。目元に。
「…ぁ、〜ちゃん?」
掠れた私の声は、きっと喉が渇いているから。
水を飲もうと振り返ったら、急にこんな体勢になるように壁に押しつけられて。座り込んだ私の前に膝立ちで見下ろしてくる彼女は、昼間だというのに光の入ってこないキッチンでは笑顔の表情に影が作られてしまっている。
光に当たれば、柔らかく見えるのに。
こんな場所では、同じように笑っていても瞳が鋭く光って見えるから、余計に何を考えているか読みとれないよ。
…でも。
嫌いじゃないんだ。
雨が、外で大きく音を立てて降ってる。
この時期に似つかわしくない、夏に降るような大粒の雨の音。
少し薄暗いこの空間にも充分に届くその音と目の前の光る瞳に私は、一瞬ここがどこなのかを忘れかけてしまった。
一度彼女の名前を呼んでから、ずっと何の言葉ももらっていない。
ただ、どくどくと、掌の存在がなくなっていくような感覚と脈に、目の前の、瞳。
そこにもう一つ、私の首筋を辿る、指。
爪の先が、ゆっくりと私の首の脈、を探しているようで。
爪、だとわかっているから良いけど、この感触は刃物のような、切り裂く物の感触にも間違えてしまいそうだ。
刃物。
…ああ、そうか。
彼女は、口では切り裂けないから。
「…あ〜ちゃん」
もう一度、名前を声にする。
「何よ」
今度は返事が来た。
でもそれは、笑顔を浮かべる為の筋肉から発せられているとは思えない程低くて、けど、その笑顔に一番、似合っている声で。
思わず、こくり、と喉を鳴らしてしまう。
耳で聴いたはずの声が、私の背中から腰まで波打っていく。
ぞわり。
…でも、これも嫌いじゃない。
鼓動、が早くなる。
は、っと、短い息が零れる。
ただ、そうされただけ。
ただ、見つめられただけ。
射抜かれただけ。
でも、それだけで、彼女は私に伝えてくるから。
怖い、わけじゃない。
私が…感じているのは。
自分の脈の音が、雨より大きく聴こえてきた気がした。
こめかみにじわじわと広がる水分のようなものは、やっぱりこの時期には似合わない、感覚。
彼女の指が、私を甘く追いつめる。
「のっち」
さっきと同じような声で、今度は彼女が私を呼んだ。
指先、爪、は、私の顎から首筋、を、這って。
すっと、縦に。
切り裂けそうな場所を、探している、かのように。
光る瞳が、急かすから。
「…いい、よ」
相変わらず、喉が渇いたままの掠れた声で応えた。
水、欲しかったな。
…でも、もういいや。
無機質な密林の中で。
光る瞳のイキモノは、瞳を閉じた私の首筋に柔らかく、牙を立て始めた。
END
最終更新:2010年02月19日 20:07