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怒涛の取材期間も一段落して、あたし達は明日は久しぶりのオフになった。
(ま、明後日からはもっと忙しくなるんじゃけどね!)

取材と取材の間の休憩中。
財布の中にレンタルビデオの会員カードがあるかどうかいそいそと確認してるのっちを見て、
「大本さんはまた明日DVDとヒキコモリライフの御予定?」
あたしはちょっと皮肉っぽく言った。

「まあ、ね。ね、あ~ちゃんはどうするの?ねえ。」
のっちの家に行っちゃおうかな、というあたしの答えを期待する顔は、
尻尾を振って餌を待つ犬みたいだな、と思った。
何だかそのワクワクした顔を見たら妙にイライラして、そっけなく返す。
「薬もらいに耳鼻科。そのあとお買い物に行くし」

実際花粉症の薬は、あと1週間分も無い。その次のオフ(多分ずっと先)まではもたない。
お買い物だってしばらく行けてないもん。
あたしはのっちのしょぼんとした顔は見ないふりをした。

休み当日は、朝からいい天気だった。
こんな日は素敵なことが起こりそう!なんて思った自分のポジティブシンキングもむなしく、
朝一で行った耳鼻科は、平日なのに花粉症の患者で溢れていた。
受付してから診察が終了するまで2時間半もかかった上に、
やっと出された処方箋を持って行った薬局もこれまたすごい人で。
とにかく…もう…今日は…ツイてない日。

もういいや!

処方箋の入った封筒を持ったまま、あたしは薬局を飛び出した。
こんなにいい天気なんに、青春の無駄すぎる!

何となく買い物に行く気にもなれずに、あたしは憂鬱な気持ちで駅までぶらぶら歩いた。
まだ冬じゃと思っていたのに、世界はあたし達が忙しく働いてる間にすっかり暖かくなっていて、
ビールやお弁当を入れた袋を持って楽しそうな顔で歩く人達にたくさんすれ違った。
そっかあ、桜…咲いてるんだぁ。
あたしは桜が咲いたことすらわからなくなってたことにショックを受ける。
これが、ずっと願っていた忙しい生活と引き換えに失ったもの。

涙が出そうになった瞬間。
春のあたたかい風が、泣きそうなあたしの髪をふわりと撫でた。

その優しい感覚を、あたしは知っている。
泣きそうなあたしの頭を、のっちはいつだってこうやって撫でてくれるっけ。
昔も今もずっと、変わらないもの。あたしを優しく撫でてくれる暖かい手。
ふと昨日ののっちの落ち込んだ顔が思い浮かんだ。


──いい事思いついちゃった。
携帯を開く。電話するのは色違いの携帯の持ち主。
いつも電話してるのに、今日は何だか心臓がドキドキする。
気持ちばかりがダッシュしてるみたいで、何だかもどかしい。


呼び出し音が10回くらい鳴ったところで電話が繋がる。
「…ふぁ、あ、あ~ちゃんっ?」
「寝てたじゃろ。」
これから始まる素敵な事を思うとおかしくてたまらなくて、
怒ってる口調で話すのに苦労する。

「そりゃまあ、寝てましたけどぉー…」
拗ねたような口調でのっちは答えた。
「今から、行くけん。待て!」
「え、ちょ、待てって、のっちは犬じゃないんですけろ…」
続きは聞かずに電話を切った。これ以上笑いをこらえることができなかったから。

これから、あ~ちゃん大作戦が始まる。

薬は明日お母さんにお願いして貰ってきてもらおう。お買い物はまた今度行けばいい。
あたしには今日しかできないことができた。

あたしは商店街の小さなお惣菜屋さんで、おにぎりとおかずとお茶を買って、
もらったレジ袋を持って、桜の植えてある小さな公園へ向かった。
桜の木の下には花びらが絨毯みたいに積もっていて、それをすくって袋にたくさん詰める。
薄ピンク色のハートが壊れてしまわないように優しく。

「準備完了。」
立ち上がって携帯を開くと、のっちからの着信履歴とメールがたくさん来ていた。
あたしはそれは一切読まないで、

「おあずけ!ヾ( ´ー`)」

とだけ返信して駅までダッシュする。
素敵なことは、これから起こす。

のっちの白い部屋に、この桜の花びらをまいちゃったら、どんな顔するのかな。
怒るだろうか、呆れるだろうか。それとも一緒に大笑いしてくれるといいな。
そして桜だらけの部屋で一緒におにぎりとからあげを食べて、お茶飲んで…それから…それから。
ねえ、のっち。はやく、はやく、あいたいよ。
あ~ちゃんね、のっちの心を、ピンクのハートで一杯にしちゃいたいんだ。

爆発しそうな気持ちと桜爆弾を抱えたあたしは、ホームに滑り込んできた電車に飛び乗った。






最終更新:2008年10月10日 00:37