「あ……」
「あ!」
のっちは嬉しくなったみたい。嬉しくなって、分かり易く満面の笑みであ〜ちゃんの元へと駆け寄る。
一波乱あるなと思った。案の定あ〜ちゃんは面白くない顔。余つ「最悪じゃ」なんて面と向かって言い放ち、顔を顰めた。
のっちはまだ良く分かってない様子。嬉しいんだけど、あ〜ちゃんもそうではないことには気付き、申し訳なさそうな顔になった。
「なんで同じカーディガンなんか着てくるんよ」
「え……あ、のっち昨日これ買ってきてさ。かわいいなぁって思って」
季節は冬。カサカサ音を鳴らして流れていく落ち葉も目立たなくなり、吸い込むと肺の奥まで辿り着くのが感じられる様な、冷たく澄んだ空気。
こんな中毎日スカートなんてはいてらんない。男子はズルい、女子にもズボン用意しろよなんて話してたのが先週の終わり。
溜め息を吐くあ〜ちゃん。そのあ〜ちゃんにのっちは「お、おそろいだねっ」とか言う。あ〜あ。
またも案の定、クラスメイトからは茶化す様な言葉が投げ掛けられる。わかってて面白がってるんだよな。
「なんでそんなこと言うんよ。のっちとお揃いなんてあ〜ちゃんイヤじゃ」
「えぇ〜」
「大体全然似合っとらんし」
「……じゃあ脱ぐ」
「っ……そんなことは言ってないんよ!」
「だってさ〜」
「そんなんで風邪でもひかれてあ〜ちゃんのせいにされたらたまらんわ」
教室の前側の入り口。まるでなんかの見世物みたいに、二人のやり取りは毎度クラスの注目を集める。
敏感にクラス内の空気を感じるあ〜ちゃんと、なんにも気付かないのっちの噛み合わない言い争い。
というより争ってる訳じゃなくてあ〜ちゃんが一方的に捲し立てるだけだけど。
「今日はもうあ〜ちゃんの傍に寄らんでね」
「えぇ〜……」
「なに言われるか分からんけぇ、今日はもうのっちとは喋らん」
終了。
黙って席につくあ〜ちゃんと、泣きそうな顔でその背中を見つめるのっち。おーおー、立ち尽くしてるねー。
いつも通りの決着で、教室はまたガヤガヤと中断されていた雑談を始める。
のっちはなんであんなにアホなんだろ。ゆかに言わせりゃあんなもん大好きだって言われてる様なもんなのに。
あ〜ちゃんもあ〜ちゃんだ。少しは素直になれば良いのに、自分のどの感情が気に入らないんだろ。
「いつもケンカになっちゃうね」
「え?」
「あの二人」
「ああ……」
「大丈夫かな、大本さんも西脇さんも」
大丈夫? なにが? あの二人が?
大丈夫だよ。そんなのてんでだよ。
「せっかくのバレンタインなのにねー」
「そうだね」
心配なんて要らない。放課後どうなってるかなんて簡単に分かる。
「まぁゆかがなんとかするけぇ、心配せんくてええよ」
「樫野さんもいつも大変だね。尊敬するわ」
「全然だよ」
そう。全然だよ。
だってゆかなんもしないもん。あ〜ちゃんのあれは単に照れてるだけで、のっちは分かってないだけだから。
ああなったら頑固なあ〜ちゃんの代わりに、ゆかはのっちの背中をトンと軽く押すだけ。
外れた歯車が嵌まったみたいに、あとは勝手にクルクルまわる。
眈々と昨日と同じことを繰り返す。業間も昼休みも、あ〜ちゃんはあたしに泣きついてくるのっちに一瞥くれて、教室を出ていった。
結局今日は三人揃わなかったね。ああやってしてるのも疲れるのに、引っ込みつかなくなるんだよな、あの子。
あっという間に放課後の教室からはクラスメイトはいなくなった。のっちは自分の机となかよしこよし。顔を上げる様子はない。
「のっち〜。帰ろうよ」
「のっちはもう立ち直れません……」
「なんでよ。似合っとるよ、そのカーデ」
「似合ってない」
「似合っとるって。のっちもそういう可愛いのたまには着ないと」
「似合ってないよ。あ〜ちゃんに言われたもん」
「あ〜ちゃんがのっちにわざわざ可愛いなんて言うわけないじゃん」
廊下から足音が聞こえた。
のっちは相変わらず机に突っ伏して体を預けてる。苦しそうな体勢。出すのがしんどそうな低い声。
朝二人が痴話喧嘩を始めた教室の入り口に、なんとも言えない表情のあ〜ちゃん。のっちは気付かない。
「どしたん?」
あたしが声をかけてみれば、あ〜ちゃんはあたしを見るより先にのっちの方を焦って見る。
のっちはやっと重たい頭を上げて、でもなんだか意味不明な表情。嬉しいのか悲しいのか驚いたのか眠いのか全く理解できない。
ゆかにもわからんとは、ある意味凄い。
「今日はバレンタインじゃけぇ、チョコ作ってきたんよ」
「へぇ〜、凄いねあ〜ちゃん女の子じゃねぇ」
「じゃけんゆかちゃんにあげる」
「わ、ありがとう。手作り?」
「ほうよ、昨日の夜作ったんよ」
「あたしにだけ?」
チラチラ余所見。さて、どうするの?
のっちは固まったまま、相変わらず意味不明な表情でこちらに視線を寄越し続ける。
「ほ、ほうよっ! のっちにはないけぇ、じゃああ〜ちゃん帰るね!」
「…………ばいばーい」
バタバタ騒がしくあ〜ちゃんは走っていった。
隣でゴンッて痛そうな鈍い音。あ〜あ。
「なんでずっと黙ってたん?」
「……どうせのっちまた余計なこと言っちゃうし」
「別にあんたがなんか余計なこと言っとるわけじゃないじゃん」
「でもあ〜ちゃん怒らせちゃうし」
「のっちが嫌いで怒ってるわけじゃないんよ?」
「いいんだよ、のっちが悪いんだよ」
「またぁ〜、めんどくさい」
「のっちが変なことしなきゃいいんだよ。こんなん珍しい様なの着ないで、男の子みたいな恰好してた方がいいんだよ」
「どうせあんたはいつも変よ」
窓の外。
後悔しとるんでしょ?
ちゃんと持っとるじゃん、チョコ。
校門なんて目立つところ。どっちに気付いて欲しいんかね?
「のっち、外見てみんさい」
「え? ……あ」
「あんたを待っとるんよ」
「え、ホントに? なんでわかんの?」
「ほんまによ。チョコくれるよ。ちゃんと笑っていくんよ?」
「うんっ!」
「いってらっしゃい」
「じゃあねゆかちゃん!」
「…………ばいばい」
誰かさんそっくりに、バタバタ駆けていくのっち。
だからね、これはゆかのちょっととしたイジワルだよ。
校門で待つあ〜ちゃんがのっちに気付くと、のっちは大きくあ〜ちゃんに手を振った。素直でよろしい。
一生懸命作ったゆかのチョコは、のっちの机に静かに忍ばせた。
明日を想像してみれば、一人の帰り道も少しは楽しいものに変わるでしょ?
〜end〜
最終更新:2010年02月19日 20:21