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「…ただいま。」


ぼそっとした低い声を出して、帰ってきたことをインターホンに向けて告げると、家主は、ふふっと笑いを零してから、鍵を開けた。501号室のドアを開けると、ゆかがひんやりとした廊下で壁に凭れながらのっちの帰りを待っていた。


「おかえり。」


それだけ告げるとゆかは、のっちを待つわけでもなく、微笑を残してリビングへと戻っていた。のっちも、歩き疲れた足を開放するかのようにブーツを脱ぎ捨てて、部屋の奥へと進んだ。


「どうだった? デートは。」


足音でのっちがリビングへ来たのを察したゆかは、ソファーに腰掛け、視線はテレビに向けられたまま尋ねた。のっちは、「んー…。」と言葉を濁しながら、ゆかの隣に座った。ゆかの住むワンルームマンションは、それほど広くはないが、のっちをすんなり受け入れる。


「楽しくなかったん?」
「そういうわけじゃない、楽しいに決まってんじゃん。」
「じゃあ何でそんな歯切れの悪い返事するんよ。」


ゆかの言っていることは、もっともだった。楽しかったのならなぜ素直に楽しかった、といえないのか。のっち自身もわからなかった。


「あ〜ちゃんに、また、昼休みご飯一緒に食べよう、って言われて…。」
「…よかったじゃん。」
「でも! 断った。」
「はあ?」


ゆかは、意味がわからない、と言った顔でのっちを見た。呆れた、と言わんばかりのため息を吐く。


「何でなんよ、あ〜ちゃんがちょっとでものっちのとこに戻ってくるチャンスじゃろ? 何で活かさんのよ。」
「だって、あ〜ちゃん松本くんとおるときの方が楽しそうなんだってば、」
「そんなん聞いてみんとわからんじゃろ!?」


ゆかが強い口調で言うと、のっちは黙り込んでしまった。そんなのっちの姿を見て、ゆかはまた、ため息を吐く。少し言いすぎたな、呆れ顔でのっちを見ていたゆかだが、落胆しきったのっちを抱きしめた。


「ゆかちゃ、」
「本当にのっちはだめな子なんじゃね。」
「うん…。」
「でも、そんなのっちがゆかは嫌いじゃないよ。」


お互い顔は見えないけれど、ゆかのぬくもりは今ののっちをいちばんに癒してくれる。先の見えない恋愛をお互いに抱えているからこそ、拭いあえるものがあるのだと、のっちは思った。


「のっち、今、寂しい…?」
「うん…。」
「ゆかが、癒してあげよっか?」







「ゆかちゃ、無理だってば、」
「何をいよんよ、今更。」
「だってえ…。」


のっちがベッドに寝転がって、白い天井と、のっちの身体との間には、ゆかの身体が存在した。


「うん、って言うたのはのっちじゃろ?」
「でもでもでも、」
「嫌なん? じゃったらやめるよ。」
「……ない、」
「ん?」
「……いや、じゃない!」


意を決して吐き出した声は意外にも大きくて、しっかりとゆかの耳にも届いた。それを聞くとゆかはにやりと微笑んで、ゆっくりと唇を重ねた。
重なるだけの唇が、ゆかの舌によって割られて、驚きのあまりのっちは、舌を口内の奥へと引っ込めた。しかし、それにも限度というものがあって、ゆかの舌はいとも簡単にのっちの舌を捕らえる。すると、のっちの口元から、どちらのものかわからない唾液がだらしなく流れた。
上手く息が出来ない苦しさと、舌と舌の交わる気持ち悪さが何とも言えなくて、のっちはゆかの着ていたTシャツを思いっきり掴んだ。未知の世界だった。想像とかけ離れていた。と、同時に人間の本能的な部分を知ってしまったようで、のっちは少しだけ人間が嫌になった。


やっとのことで唇が離れた、と思えばつかの間、ゆかの細くて長い指は、のっちの着ていたTシャツを捲って腹部に冷たい指の感触がした。びくん、と身体を揺らしてゆかを見ると、ゆかはまた少しだけ歯を見せてにやりと笑った。


「ゆかちゃ、ん…。」
「ん? なあに、のっち。」
「慣れ、とるん?」
「んーん、のっちが初めて。」
「うそつき、」
「本当だよ。ゆか、のっちと以外にしたことないよ。ただ、ちょっとしっとるだけよ。」


再びのっちが、嘘だ、と言おうとしたら、腹部を弄っていたゆかの指がのっちの胸を下から揉みあげて、言葉の代わりに身体が大きく跳ねて反応した。わからない、くすぐったい、いろんな感情がのっちの脳内をぐるぐると駆け巡って、考えることさえも億劫になってしまった。


「のっち、腕。」


ゆかに促されるままのっちは万歳をし、着ていたTシャツはゆかによって剥ぎ取られてしまった。のっちが上半身ブラだけの状態になると、ゆかも自分で着ていたシャツを脱いで、2つのTシャツはベッドの下へと投げ捨てられた。
ゆかが、のっちの身体とベッドとの間に手を滑り込ませる。あ、ブラ、外されるんだ、咄嗟に判断したのっちは一瞬躊躇したが、ゆかが外しやすいように背中を少し浮かせた。のっちの配慮が嬉しかったのか、ゆかは優しい微笑みを返した。
ブラを剥ぎ取られた途端に、ゆかとのっちの視線が絡まった。驚いて、恥ずかしくて、どんな反応をしていいのかわからなくなったのっちは、顔を背ける。すると、ゆかの細くて長い指がのっちの頬に触れ、顔を向きなおされて、また視線が絡まった。ごくりと飲み込んだ唾が、ぎゅるる、と鳴った。


「顔、背けちゃやだ。」
「っつ、」
「ちゃんと、ゆかのこと見て?」


意地悪な瞳がのっちを見下ろして、身動きをとれなくする。まるで、金縛りにかかったようだった。のちは生まれて初めて他人に、こういったかたちで肌を晒した。
眉を垂らしながら、必死にゆかの眼を見ると、頬に触れていた指先がのっちの乱れた前髪を優しく整えた。


「いい子じゃね、のっちは。」


眼を閉じれば、ゆかの優しくて透き通った声が木霊する。なのに、浮かんでくる表情は、


「ゆかちゃん、」
「どしたんよ?」
「っつ…、あい、し、」
「ん?」
「……なんでもない、続けて、」


17歳、大人になりたいのになれなくて、毎日を、もがいている。







最終更新:2010年02月19日 20:29