「おはよう、ございます・・・」
「おはよう。あー、樫野さんはまだ新店長に会ってないよね?」
「はい・・・」
草食系男子風の社員の佐藤さんにそう言われて、新しい店長と対面した。
「あっ、初めまして。バイトの樫野です。よろしくお願いします」
「・・・」
えっ、ゆかの顔に何かついてます?めっちゃ、ガン見されてるんですけど。
「あぁ。ごめんなさい。ちょっと、知り合いに似てたもんだからwえっと、樫野さん?」
「はい。樫野有香です。よろしくお願いします」
「ユカ・・・ちゃん?」
「はい?」
「ははは。ごめんね、えっと、初めまして・・・」
店長は苦笑いをして自己紹介をしてくれた。
新店長はめっちゃ美人だった。のっちも美人だけど、それとはまた違う感じの美人。
ベリーショートがまたその綺麗な顔によく似合う。ハーフみたいな顔立ち。
眉毛はいささか短すぎるんじゃないか!?って、思うけど、美人は短い眉でも美人なのね。
年は27歳。背はゆかより少し高い。のっちくらいかな?でもちょっと猫背。
細身でコーヒーショップの制服がよく似合う。のっちみたいにかっこいい。
そしてかなり気さくな人。
気さくだけど、仕事には厳しい人。
やる気のない大学生の鈴木さんを早速クビにした。
ゆかもクビにされるんじゃないかと、ちょっとビビッた。
今日の閉店後の掃除は美人店長とふたりっきり。
ダラダラやってるとクビにされると思って、ゆかは今までにないくらいにキビキビ動いた。
「樫野さん」
「はい!!」
「あはは。そーんな、緊張しなくていいのに」
美人店長はヘラっと笑った。笑った時、八重歯が見えた。あっ、のっちと同じだ。
「このあと、時間ある?」
「えっ?あっ・・・は、い」
もしかして、クビ宣告!?今、クビになったら生活出来ないよ。仕送りだけじゃやってけないのに・・・。
「じゃあ、これからご飯行かない?」
「よかったぁぁぁ・・・」
「へ?」
「あっ・・・ゆかもクビって言われると思ったから違くてホッとしたんですw」
「クビ?そんなんするわけないじゃん。樫野さんは、真面目に仕事してくれてるもん」
またヘラっと笑う店長。この人かなりの美人だけど笑うと途端に人懐っこくなる。そう言えばのっちもそうかも。
「で、大丈夫?」
「何がですか?」
「何がってwご飯食べる時間ある?」
「あぁ!!あっはい。全然平気です!」
「じゃあ親睦会と行きますか!ふたりしかいないけどねw」
「はい!!」
ゆか、店長に気に入られたのかな。
そうだったら、ちょっと嬉しいかも。
店長はまだ売上報告とか残ってたから、ゆかは先に着替えて外で待ってた。
外はかなり寒い。ゆか、冬は嫌い。自分が生まれた季節だけど、嫌い。
だって寒さで鼻が赤くなるから。
「ごめんごめん。お待たせ!」
私服姿の店長はますますかっこよかった。
黒いマフラーをして、ライダージャケット、ボロボロのダメージジーンズで足元は年季の入った黒のウエスタンブーツ。
全身黒ずくめでかなり男っぽい格好だけどすごく色気を感じた。まるで、のっちみたいに。
「待たせちゃったおわびにあげる」
そう言ってくれたのは、おじさんの絵が描いてある缶コーヒー。
「あっ、すいません。ありがとうございます」
「てか、コーヒー屋なのに缶を買うなって感じだよねww」
また八重歯が見えた。ゆかも一緒に笑った。
ゆか、基本人見知りなんだけど店長だけは初対面でもこんなに話せてる。
どうしてだろ・・・。
店長とどこ行こうかって話してたら誰かに呼ばれた気がした。
ゆかは辺りをキョロキョロして見渡たすと道路の向こう側にあ〜ちゃんとのっちがいた。
「ゆーーかちゃーーーん!!」
あ〜ちゃんは大声でゆかの名前を呼んで、両手をブンブン振ってる。ちょっと恥ずかしい。
となりののっちは寒そうに両手をポッケにつっこんでる。
ゆかもあ〜ちゃんに手を振る。
「友達?」
「・・・はい」
「元気な子だねw」
信号が青に変わると、向かいにいたあ〜ちゃんが走ってこっちにきた。
のっちはマイペースにノロノロやってきた。
「めっちゃ偶然じゃねwバイトだったん?」
「うん。今終わったとこ」
「へー、そうなんじゃ。もう帰るん?」
「えっと・・・これからちょっと店長とご飯行くんよ」
ゆかはチラっと店長を見る。店長はふたりに向かって軽く会釈してくれた。
あ〜ちゃんも同じ様に会釈した。のっちもしたけど無愛想まるだし。
「えー!!いいなー!」
あ〜ちゃんはゆかの手を取ってブンブン振り回しながら「いいないいな」を連呼してる。
まるで小さい子が駄々をこねてるみたい。
のっちは半分マフラーで顔が隠れてるから、どんな顔してんだかわかんない。
「なんだったら、そちらさえよかったらご一緒しませんか?」
「えっ?店長、いいんですか?」
店長の突然の提案にゆかは驚いた。
「いいよー。お友達さえよければ。ご飯は大勢で食べた方が楽しいじゃんw」
この言葉でゆかの中での店長の好感度がますます上がった。
「じゃあ、お言葉に甘えてwのっちは・・・どうするん?」
あ〜ちゃんはちょっとめんどくさそうに、となりののっちに訊く。
「・・・行くよ」
のっちもめんどくさそうに返事。
ゆかたちは店長に連れられて、焼肉屋さんに到着した。
店長はあ〜ちゃんを気に入ったらしく、すぐに意気投合してて楽しそうに会話してる。
その一方、のっちはほとんど会話に入ってこないで一人で黙々とお肉を焼いて食べてる。
どうしたんだろ?こんなのっち見たことないよ。
なんか、いじけてる小学生みたいでちょっとカッコ悪い。
大人だと思ってたのっちがすごく子供じみてる。こんなのっち見たくなかったかも。
「のっち・・・どうしたん?」
ゆかは向かいに座ってるのっちにふたりには聞こえないくらいの小声で話しかけた。
「んー?なにが?」
のっちはゆかに見向きもせず、お肉ばっかり焼いてる。
「だって・・・なんか元気ない、よ?」
「・・・気のせいじゃない?」
なにその素っ気無い返事。ちょっとまだ食べかけがあるんだから、ゆかのお皿にお肉のせないでよ。
「えっ!!のっちちゃん、この間までバックダンサーやってたの?」
あ〜ちゃんとさっきまで楽しそうに喋ってた店長は急にのっちに話を振ってきた。てか、のっちにちゃんはいらないよねw
「ええ、まぁ・・・」
のっち店長のこと嫌いでしょ。態度があからさますぎ。
「すごいね。かっこいいね!見てみたかったな〜w」
「すごくないし、かっこよくないですし、見てもつまらないですよ・・・」
そう言いながらとなりのあ〜ちゃんを見るのっち。見るというか、睨んでるに近いかも。
目が「店長にあたしの事勝手にしゃべるなよ」って言ってる気がする。
あ〜ちゃんはそんなのっちをよそにシレっとしてる。
「かっこ良かったよ!!ライブは見れなかったけど、ゆかテレビ見てめっちゃかっこいいって思ったもん!!」
なんかのっちが痛々しくみえて、庇っちゃった。もちろん、のっちがかっこいいってのは嘘じゃないんだけど。
「へー、そうなんだw見てみたいな〜。あっ、ごめん。ちょっとトイレw」
店長はそう言って席を立った。
「のっち、あんたその態度どうにかしたら?」
「は?」
「は?じゃないけぇ。もう、さっきからなに?店長さんに失礼な態度ばっかとって!ねぇ、ゆかちゃんもそう思わん?」
「えっ?あ・・・えっと・・・」
「やめなよ。ゆかちゃんには関係ないのに巻き込むなよ」
「のっちのそういうトコ・・・あ〜ちゃん好きじゃない」
「・・・・」
えっ・・・なにこれ。めっちゃ気まずいんですけど・・。
最近三人になると気まずい雰囲気になるんだけどなんで?
てか、最近のふたりおかしくない?ただの喧嘩?倦怠期?ゆか、めっちゃオロオロしちゃうんだけど。
「さてと、そろそろお開きにしようか〜」
トイレから戻ってきた店長がこの雰囲気を変えてくれたからホっとした。
店長はそそくさとジャケットとマフラーを羽織り、お店を出てしまった。
あれ?お会計は?まだしてないよね?
えっ・・・もしかして食い逃げ?なわけないし・・・。
「て、店長!あの・・・お会計は?」
ゆかも店長の後を追って呼び止める。
「あぁ、もう済ませたから大丈夫だよwガム食べる?」
もしかしてさっきトイレ行ったフリして先にお金払ってたの?
店長やる事すべてが大人すぎてかっこいい。ゆか、憧れちゃう。
「そんな・・・悪いです。いくらですか?」
あ〜ちゃんは財布を出して申し訳なさそうにしてる。
「いらないよw今日はみんなに付き合ってもらったからいいのw」
「でも・・・やっぱり悪いですよぉ」
「じゃあ次はおごってねw」
ニカって笑う店長。あ〜ちゃんもつられ笑い。のっちは未だに仏頂面。
お店の前でふたりと別れた。
ゆかはあ〜ちゃんとのっちの後ろ姿を見た。
のっちはスタスタと歩いて、その後にあ〜ちゃんがパタパタと付いていってる。
あ〜ちゃんの歩幅に合わせようとしない今日ののっちはやっぱりちょっとカッコ悪いよ。
「樫野ちゃん。家どこ?送っていくよ」
「えっ・・・そんなぁ、悪いですよ。まだ電車ありますし」
「遠慮すんなってwてか、ちょっと歩きたい気分なんだよね〜付き合ってよw」
「そうなんですか?じゃあ、わかりましたw」
「ソウナンデスwアリガトウゴザイマース」
あれ?店長シラフだよね?すんごいご機嫌なのは何故?
でもご機嫌な店長はちょっと可愛いかもw
さっき店長に貰ったミントガムを二人で食べながら夜道をゆっくりと歩き出した。
ゆかの歩幅に合わせてくれる店長はカッコイイし、大人。
今日はカッコ悪かったけどまるでいつもののっちみたい。
あっそっか。
店長とは初対面なのに、普通に喋れてる訳がわかった。
のっちに似てるからかな?
最終更新:2010年02月19日 20:35