「はい、のっち」
「ん。」


赤い色した細くて頼りない線だった糸は、小さな結び目ひとつ作って、きれいな輪に変わった。
かしゆかの細く頼りない指先が、さっきから器用に動いては、その輪のカタチをコロコロと変えていた。


「…ん?んー、」
「できん?」


数分前、その指先に誘われて、渋々読んでいた漫画を手放したのっちも、今やその輪になった糸に夢中だ。
だけど、のっちはかしゆかほど器用にはできてなかった。それでもなんとか、その丸っこい指先でかしゆかの指遊びに付き合っている。


「んー、できるよ」
「うっそだぁー」


眉を垂らして困った顔をするのっちに、かしゆかは少しだけ意地悪な表情を作って笑いかけた。お、笑ったなー。のっちはそれに優しくふざけて返した。


「ね、のっち!賭けん?」
「…賭け?」
「う〜ん…、あ!勝負しよっ!」
「お、しよしよ!」


賭けをしよう、と言われたのっちは顔をしかめたが、勝負と言われたら燃えるタチだ。かしゆかはすぐに気付いて言い直した。案の定、いとも簡単にのっちは誘いにのった。




「一回勝負ね!」
「お、いいよ!」
「ゆかが今から作ったやつ、」
「うん」
「のっちが取れたらのっちの勝ち」
「うん!」
「取れなかったらゆかの勝ち」
「そりゃそうだわ」
「負けた方はひとつだけ言う事聞く!どう?」
「ふっふっふっ!いいよ!負けねー!のっちが勝ったらかしゆかアレね、アレ!あの〜、、
「…写真?」
「そう!ちょうだいね!絶対だよ!」
「勝ったら、ね」
「負けないって!あーまじで早く見たいなぁ、」
「…うん」
「あ〜ちゃんの写真!」


嬉しそうに何かを想像してにやけるのっちと、苦しそうに目を背けたかしゆか。二人の姿はまるで正反対だった。だけどそれに気付いてるのは、かしゆかだけだった。
いつだって大人でいたいし、余裕でいたかった。のっちの前では。だからかしゆかはその表情をのっちにはばれないように、見つめていた視線を外した。


「かしゆかは?」
「え?」
「勝ったら。かしゆかは?なにが欲しいんよ?」
「ゆかは、


ごくり、息を飲み込んだ。
大人でいたいはずだ。余裕がほしいはずだ。だけど、そうでないことに気付いてるのも、紛れもなく自分自身だった。
そんなかしゆかが、溜りに溜まった想いを、意を決してのっちに告げた。




「ゆかが勝ったら、今夜ののっちの予定、、ゆか、にして」


果たして大人で余裕な顔ができたのだろうか。







「なに言ってんのー」


目の前ののっちは大きな声を出して笑った。かしゆかから瞬時に目をそらした。その行動はどれも、正直者ののっちには、似合わなかった。


知ってるよ。のっちは馬鹿じゃない。知ってるよ。気付いてることくらい。


気付かれていることに気付いてもなお、かしゆかはその大きな黒目でのっちを見た。そらすもんか。まるでそう言っているみたいに。


「だって、のっち勝つんでしょ?」
「…う、うん、」
「ならいいじゃん…」


大人振る態度はまだ続く。そうでもしなきゃ、惨めでしょうがない。かしゆかは指先に絡ませた糸を、器用にのっちの指に絡ませた。丸っこい指と細い指が絡み合って、その中で糸がぐちゃぐちゃになった。


「……そうだね。」


のっちはそう返事をすると、繋ぐように絡んでいたふたりの指をほどいた。その時、一瞬だけかしゆかの小指に触れた。


「いいよ。はじめて」


のっちの声にひとつ頷いたかしゆかの指先が動きだす。ドキッとした。たまたまなのか、なんなのか。それでもそれをばれないように、かしゆかは冷静を装った。


知ってるよ。どうにもならないこと。知ってるよ。最初から無理なこと。


「………はい。」


かしゆかの差し出した指先には、始まりのカタチがあった。えっ?とのっちは目を丸くして驚いた。当たり前だ。こんなの簡単で単純すぎる。
のっちはゆっくりその糸に手を伸ばした。




「……えっ?」


のっちは小さな結び目をほどいた。あやとりの糸の輪をまた線に戻した。
戻した糸を指先に絡ませながら、かしゆかの指先へと近づいた。見つめ合うふたりに会話はなく、苦しいような、怒りにも似たような目をしたかしゆかと、それも全部受けとめるような、優しい目をしたのっちがいた。


「ごめん、のっちもう行くね。」


絡めた指、絡まる視線、絡まった感情。そのどれもをのっちはほどいた。ただひとつ、線になった赤い色した糸だけをかしゆかの小指に巻き付けて。




「……ば、か…」


かしゆかは小さく呟く。何度呟いても、この感情が消えることはなかった。


嫌いだよ。のっちなんて。大嫌い。


何度想っても嫌いになんてなれるわけがなかった。
運命の赤い糸なんて、あるわけがなかった。かしゆかの小指に一周巻き付いた赤い糸は、そのままたらりとぶらさがっていて、他のどこへも繋がってなどなかった。




嫌いだよ。のっちなんて。大嫌い。
あやとりなんてしなきゃよかった。綾取り、なんて、、。


かしゆかの小指から、赤い色した糸がほどけて、落ちた。




end








最終更新:2010年04月05日 21:01