店長と付き合って早二週間。
付き合ってるっていっても、同じ仕事の日にご飯食べたりするくらい。
手は握ったけど、キスはしてない。
もちろん一線は越えてない。
まるで中学生のカップルみたい。
店長と付き合ってることは、あ〜ちゃんにものっちにも言わなかった。言えなかった。
てゆーか、知られたくない。誰にも知られたくない。
別に女同士で付き合ってるのがバレたくないって訳じゃなくて。
上手くいえないけど、ゆかは誰にも言いたくないし、知られたくない。
今日もバイト終わりは店長と一緒。
これからまたご飯を奢ってもらう。またあの焼肉屋さん。
「寒い?鼻赤いよw」
「えっ!ホントですか?」
もうだから冬って嫌い。鼻赤くなるの嫌なのに〜。
「ほら」
そう言って店長は自分がしてた黒いマフラーをゆかの首にかけてくれた。
マフラーから煙草の臭いがした。ゆか、煙草の臭い嫌いなのに・・・。店長吸うんだ。知らなかった。
「ありがとうございます」
突き返すのもあれだから、とりあえずお礼を言って首に巻きつけた。
「わっ!」
後ろから小さな衝撃。
なんだ!?って思って、振り返ると3歳くらいの男の子がぶつかったみたい。
男の子は尻餅ついて泣きそうな顔。
男の子の後を追って若いお母さんが走ってきた。
「すいませんでした!」
お母さんは素早くゆかに謝ってくれて男の子を引っ張り上げて歩いていってしまった。
「子供から目放すなよ・・・」
店長が小さくそう呟いたのをゆかは聞き逃さなかった。
「子供・・・嫌いなんですか?」
「うん。嫌いw」
その答えはちょっと意外。まー、子供嫌いな人もいておかしくはないけど。
「手、繋いでいい?」
「・・・はい」
ホントは人前でそういう事したくないんだけど、店長が子犬みたいな目をしてるから断れなかった。
何気なく車道を見たら、どういう訳かのっちが乗ってる白い車を発見してしまった。
案の定、運転してたのっちと目が合った。バッチリと。
なんでのっちの車!?って思ったら、目の前にダンススクールのビル。
あっ。のっち、仕事終わって帰る所だったんだ・・・。
てか、のっちに思いっきり店長と手を繋いでる所見られた。
ヤバイこれ。バレちゃったよ・・・。最悪。一番見られたくない人に最初に見られちゃったよ。
翌日のバイト終わり、コンビニで立ち読みしてたらのっちに出会った。
「なにしてんの?」
「なにって、雑誌読んでるんだけど?」
「そんなんわかってるよw待ち合わせとか?」
「ううん。違うよ?なんで?」
「ふーん・・・てっきり、あの人待ってるんだと思ったら」
のっちの言ってる”あの人”とは店長を指してるだろうな・・・。
「付き合ってんの?」
隣でのっちも漫画雑誌を手に取り、パラパラめくってる。
「・・・うん」
ゆかはならべく聞こえないくらいの小さい小さい声で返事をした。
「前に好きな人がいるって言ってたじゃん?その人じゃないよね?」
のっちのめくるページの音がうるさい。
「・・・うん」
「じゃあその人の事はもう区切りついたんだ?」
「・・・」
「ゆかちゃん?」
ゆかが返事を出来ないでいると、のっちがまたあのハノ字眉でコテって首を傾げて顔を覗き込む。
「ついとらん・・・よ。そんな簡単に区切りなんてつかんよ」
「そっか」
「店長なら、もしかしたら忘れられるかもしれんって思ったんよ・・・」
「そっか」
さっきから「そっか」しか言ってないじゃん。自分から訊いといて、なんで興味なさ気なんよ!
「ゆかちゃんの諦められない人ってもしかして女の子?」
思わず手に持ってた雑誌を落としそうになった。
「な、なんでそう思ったん!?」
ヤベっ、動揺しすぎて噛んじゃった。
「んー?だって今付き合ってんの、店長さんなんでしょ?だからそうなのかなって、思っただけだけど?」
「のっちは関係ない事じゃけぇ!」
「まーそう言われたらそうだけどwでもちょっとショックだったんだよ?」
漫画雑誌に視線を落としてたのっちはパッとゆかを見つめた。ゆかは蛇に睨まれた蛙みたいに身動きがとれなかった。
「・・・なにがショックだったん?」
「ゆかちゃんに恋人が出来たこと」
は?何を言っているの?この人はバカなの?なんで、いとも簡単にゆかの心を乱すことが出来るの?
「どーして、のっちがショック受けるんよ・・・。だってただの友達、じゃん」
「うーん・・・そうなんだけどね?なんかさ、ゆかちゃんは友達って感じがしないんだよね?」
は?なにそれ?どういう意味よ?友達じゃなかったらなんなんよ?うちらの関係ってなんなんよ?
「ゆかちゃんはなんかね〜、妹ってゆーか、娘ってゆーか、上手く言えないけどそんな感じ?」
「は?」
「だからね、ゆかちゃんに恋人が出来たって知った時ね、あたしさー娘を嫁に出すお父さんの気持ちってこんな感じなんだなって思ったわけよw」
「なにそれ?バカじゃないの!?」
「えー、ゆかちゃん口悪いよ?w」
ゆかは雑誌を仕舞って、お店の奥の飲み物が陳列してあるコーナーに移動した。
のっちもなぜかチョコチョコ後ろから付いて来る。
「でも店長さんいい人だね。綺麗だし。あの人ならきっとゆかちゃんの事幸せにしてくれるよ」
ゆかの頭をポンポンと触るのっち。なにそのハノ字眉。
あんたが幸せにしてよ。バカ。
でもそんな事出来んでしょ?ゆかはあんたの妹でも娘でもないんだから、いとも簡単にゆかに触んないでよ。
「綾香には言った?」
「・・・言ってない」
「なんで?」
「あ〜ちゃんには知られたくない」
「どーして?」
「・・・なんとなく。嫌われる気がして・・・」
「綾香に?なんでそう思うの?」
「だって、本当は他の人が好きなのに、違う人と付き合ってるって知られたら軽蔑されそうで・・・」
「ゆかちゃんは間違ってる事してないよ。みんなが皆自分が好きな人と付き合える訳ないじゃん。そっから好きになればいいじゃん。妥協は必要だよ?」
なにそれっぽい言ってんのよ、のっちのくせして。
「それにそんな事くらいじゃ綾香はゆかちゃんを嫌いにならないよ。あいつ、ホントにゆかちゃんの事大好きだからw」
あぁ・・・やっぱり、店長にしよう。
そんな事言ってくれるあ〜ちゃんを裏切りたくない。傷つけたくない。
あ〜ちゃんの事を誇らしげに話すのっちの笑顔を曇らせたくない。
店長はゆかの最後の希望。
「ゆかもあ〜ちゃんの事大好きだもん!」
「えー、相思相愛じゃーんwねぇねぇ、あたしの事は?」
「嫌い」
「えー、マジで!?ショックですけどwなんだ・・・あたし、ゆかちゃんに嫌われてたんだ。気付かなかったw」
「そういう鈍感なところが嫌い」
「・・・ちょっと、真顔で言わないでよ。冗談に聞こえなくなるからw」
ホント、ゆかに対して鈍感なところが嫌いだよ。
次の日は、大学へ行った。試験も終わって構内はふわふわした雰囲気。
あ〜ちゃんと学校の食堂でお昼ご飯。
「そうだ。ゆかちゃん、知ってる?今日の夜に雪が降るんだってー」
「マジで!?積もるかな?積もったら雪合戦したーいw」
「この歳で雪合戦はさすがに恥ずかしくない?」
「えー、つれないな〜。みんなでやれば絶対楽しいってw」
「でもこっちの雪ってすぐ溶けちゃうじゃろ?」
「んー、そうだね。じゃあ、出来ないか・・・」
ふたりで雑誌を見ながらあーでもないこーでもないとお喋り。
あ〜ちゃんと楽しい時間を過ごしてたら邪魔が入った。
「あっ!かしゆかじゃん!なんか久しぶりw」
あー、ゆかこの子苦手。一応アドレス交換はしたけど、友達って言うのは微妙。
「あー・・・久しぶりぃ」
一応愛想笑いしとこ。早くどっか行かないかな・・・。
「あっ!そうだ!この間、彼氏と一緒に歩いてるところ見たよ?もー、いるんだったら教えてくれたっていいじゃんw水臭いな〜」
ホント、この子苦手。ひとりで勝手にズバズバ喋るんだもん。
「でさ、かしゆかさーあそこの駅前のコーヒーショップでバイトしてんじゃん?」
マジで、この子苦手。あんたにそんな事言った覚えないけど。
「あたし昨日お店行ったんだよね?そん時はかしゆかいなかったんだけどさ〜」
早く目の前から消えてくれないかな。
「あんたの付き合ってる人って、もしかして女?」
なに勝手に喋ってんだよ。しかもあ〜ちゃんの前で。
「一緒にいる時は遠くからだったから男だと思ってたんだけど、昨日お店にその人がいたんだよねwあの人女だよね?めっちゃ美人だよねww」
ゆか、あ〜ちゃんが怖くて見れないんですけど、どうしてくれんのよ!
「てか、かしゆかってそういう趣味だったんだ?だから男紹介しても反応悪かったんだ?」
それはあんたがどうしようもない男ばっかり紹介したからでしょ?
「いやー、自分の友達がまさかそっち系だったとは・・・。ぶっちゃけ、てかちょっと・・・いや、かなりドン引き?w」
ゆかあんたの事、一度も友達とは思った事ないけど。てか、なにさっきから。ひとりでベラベラ喋ってて、ムカつくんだけど。
「ちょっとかしゆかの見方変わっちゃうよ〜wwもしかして、友達の事もそういう目で見てるとか?」
あー、マジで黙れよ。ウザい。ウザいよ。
「あんたも気をつけた方がいいかもよ?かしゆかに狙われちゃうゾ?」
あ〜ちゃんに振るなよ。もうこれ以上喋るなよ。どっかいってよ。消えてよ。
完璧にあ〜ちゃんに嫌われた。
それだけでも泣きそうだけど、あ〜ちゃんの前で屈辱にされた事が悔しくて悔しくて涙が出そう。
ゆかが涙を堪えて俯いてると、バチン!!と大きな音がした。
視線を上げるとあ〜ちゃんが立ち上がってて右手を握りしめてた。
ベラベラ喋ってた子はビックリした顔で左頬は赤くなってた。
えっ?
もしかして、あ〜ちゃんがビンタしたの?どして?
「謝りんさいよ!!」
「は?ってか、なんだよ!謝るのはそっちでしょ!?いきなりビンタしやがって!」
「あんたがゆかちゃんをバカにするからじゃ!!」
「はぁ?何言ってんの?」
「ゆかちゃんに謝りんさい!!」
「・・・あ〜ちゃん、もういいよぉ」
ゆかは気が立ってるあ〜ちゃんの手を引っ張る。
気付いたら、周りの人たちがゆかたちを見ている。ここから早く立ち去りたかった。
あ〜ちゃんはそんなゆかの気持ちを知ってか知らずか、ゆかの手を繋いだまま食堂から連れ出してくれた。
食堂から中庭へ抜けていく。
あ〜ちゃんの背中は怒ってるみたいだった。
それを見て我慢してた涙が溢れ出てきた。
突然、あ〜ちゃんが止まった。繋いだ手が解かれた。
振り返ったあ〜ちゃんも泣いていた。
「なんで、あ〜ちゃんも泣いてるん?」
「ヒック、ヒック・・・だってぇ、なんか悔しくて・・・ヒック」
「なんでぇ?言われたのはゆかだよぉ?」
「そうじゃけどぉ・・・ヒック、、なんだかぁ、あ〜ちゃんにも、ヒック・・・そう言われてる気がしてぇ・・・」
「悔しくてぇ、ヒック・・・ムカついてぇ、ゆかちゃんの友達・・・ヒック、ひっぱたいちゃったけぇ。ごめん、ヒック、友達減っちゃったね・・・」
「あんな子友達じゃないけぇ。ゆか、友達はあ〜ちゃんさえいてくれればそれで、ええよ」
「わぁぁぁん・・・。あ〜ちゃんもゆかちゃんだけでええ」
あ〜ちゃんはゆかに抱きついてきてワンワン泣いてる。
あ〜ちゃんがあまりにも泣くから、ゆかの涙が引っ込んじゃった。まるでゆかのかわりに泣いてくれてるみたい。
「あいつ、ひっぱたいてくれて、ありがと。スカっとしたわ。あ〜ちゃん、めっちゃカッコよかったけぇw」
「あ〜ちゃん、カッコよくなんかないけぇ。今も涙と鼻水でぐちゃぐちゃなのに〜」
今さっきまでワンワン泣いていた子が、もう笑顔に変わった。
あ〜ちゃんのこういうところが人を惹きつける魅力なんだろうな。
あ〜ちゃんのそういうところすごいな。好きだな。憧れちゃうな。素敵だな。やっぱり羨ましいな。
「あ〜ちゃん、ごめんね」
「うん?」
「店長の事隠してて・・・」
「あー・・・別にゆかちゃんが謝る事じゃないけぇw」
「店長は前言ってたゆかの好きな人じゃないけぇ」
「うん」
「でも店長に好きって言われて、もしかしたらその人の事よりも店長の事好きになれるかもって思ったんよ・・・」
「うん」
「そんな考えって、いけんかな?ゆか・・・店長に酷い事しとるんかな?」
「大丈夫じゃけぇ。人の気持ちなんてずっと一緒じゃないけぇ。時間を掛けて店長さんの事好きになってけばええ事!」
ホントだ。のっちの言う通りだ。
のっちはあ〜ちゃんの事は全部お見通しなんだね。
あ〜ちゃんと別れて、自分のアパートに帰ろうと思ったけど、今日はなんだか人恋しい。
今日は雪が降るって言っててすんごい寒いし、色んな事があって泣いちゃったし、一人になるのは物悲しい。
この時期に暖房がまだ入ってないアパートに帰るのは寂しい。誰かに甘えたくなる。
ゆかは最後の希望に会いにバイト先へと向かった。
最終更新:2010年04月05日 21:21