さむ・・・。
いつの間にか寝ていたみたい。あれ?隣に寝ているはずの店長がいない。
手を伸ばして携帯を見ると、AM6:09。もう朝だ。
カーテンが開いている。
外を覗くと、真っ白な景色。昨日の夜降ってた雪がまだ溶けずに積もってる。
どうりでめっちゃ寒いわけだわ。
こんな時に裸で寝るもんじゃないね。風邪引いたらどうしよう・・・。
手探りで脱ぎ捨てた洋服を拾って布団の中で着替えてるとコーヒーの匂いがした。
「あっ、起しちゃった?」
「・・・いえ」
ゆかは気まずさと恥ずかしさで店長の顔が見れなかった。
「飲む?」
「あ・・・はい」
またあのスヌーピーのマグカップにコーヒーを入れてくれた。
店長の淹れてくれたコーヒーは砂糖もミルクも入ってなかったから苦かった。
初めてブラックを飲んだ。今のゆかにとってはとってもとっても苦い味。
テーブルを間に挟んで向かい合って座る。店長の視線が痛い。
「雪・・・積もったね」
店長はテーブルに頬杖をついて独り言のように呟く。視線は窓に向けられてる。
「・・・そう、ですね」
ゆかは相槌するので精一杯。
「ごめんね」
また独り言のように呟く店長。
なにに対してのごめんねなんだろ?
どう考えたって謝るのはゆかの方なのに、なんでそんなに悲しそうな顔してるの?
「あたしは、あなたを”代わり”にしようとした」
「え?」
店長の言ってる事がイマイチわからない。
「ゆかちゃんがのっちちゃんを好きなの知ってた」
「え・・・」
「みんなでご飯食べた時、すぐわかったよ・・・」
「うそ・・・」
「好きなの知ってたけど、あ〜ちゃんとのっちちゃんが付き合ってるのもわかったから、そこにつけ込んだ」
「・・・」
「ゆかちゃんがのっちちゃんを好きって知ってながら、あなたに付き合ってほしいってお願いした」
「ど、して?」
「”あいつ”に似てるから・・・」
”あいつ”って、もしかして寝言で言ってた・・・。
「ユカリ、さん?」
そう呟くと、店長は「なんで知ってんの?」って顔してる。
「寝言で・・・そう、言ってました」
あぁってバツが悪そうに笑ってる店長。
「まいったな・・・」
そう言って店長は引き出しの中から一枚の写真を取り出した。
そこに写ってたのは、店長と前髪パッツンのロングの黒髪の女の子。
ほんとだ、ちょっとゆかに似てるかも。
「二年半付き合ってた。二年間一緒に住んでた。一年前に突然いなくなっちゃった」
「なんでいなくなっちゃったんですか?」
あ・・・愚問。
って、気付いた時にはもう遅かった。
「死んじゃったの」
「・・・」
「事故でね。子供が急に飛び出してきてそれを避けたトラックに跳ねられて即死」
「だから、子供が嫌い?」
「ふふふ。どーだろうねw」
「ホントまいったよ。やっとあいつの気持ちの整理ついて新しい場所に来たと思ったら、ゆかちゃんに逢っちゃうだもんw」
全然楽しい話題じゃないのに変に明るく喋る店長が痛々しい。
「見た目も名前も似てるってマジでビックリしたよwもしかしたら神様が可哀相なあたしに同情してくれたんだと本気で考えたりもしたくらいだよ」
店長もゆかと同じ事考えてたんだ。
「でもさ、最初はあいつの代わりと思ってゆかちゃんと付き合ったけどさ」
「・・・」
「それはゆかちゃんに悪いって感じて、ちゃんとゆかちゃんを好きになろうと思ったんだ」
そこも同じ。
ゆかものっちを諦めて店長を好きになろうと思ったよ。
「あいつはもう死んじゃって、この世にいないんだからさ。いつまでも、引きずってる訳には・・・いかないじゃん?」
だんだん鼻声になっていく店長。
「でも・・・昨日の夜、ゆかちゃん抱いてわかっちゃったの。やっぱり無理。まだあたしの中にはあいつがいるんだよ・・・」
店長の右目から一筋の涙が零れ落ちた。
泣いてる店長を見てゆかはなにも出来なかった。
ユカリさんを忘れさせるほどの店長に対しての愛情は正直もってないから。
「店長、謝らないで下さい。ゆかも同じです。ゆかも店長をのっちの”代わり”にしようとしてました」
「でもゆかちゃんにはまだほんの少しでも希望があるじゃん・・・」
「え?」
「のっちちゃんは・・・生きてるじゃん」
わかってます。
でも店長からその言葉は重いです。重すぎます。
店長とゆかの悩みの次元が違うんです。
店長とは同じ立場にいられない。
もう付き合えない。このままだとお互いが潰れちゃう。
もう会えない。これ以上店長に会ってたら、辛い思いをさせてしまう。
のっち、店長は妥協が通用する人じゃなかったよ。
あ〜ちゃん、店長は時間が経っても気持ちが変わる人じゃなかったよ。
次の日、バイトを辞めた。
直接店長に辞めるって言った。店長はすべてわかったような顔してた。
店長は最後まで大人でカッコよかった。やっぱり憧れちゃうよ。
昨日積もってた雪はあっという間に溶けてなくなった。
まるでゆかと店長の関係みたい。
呆気なかったね。
最終更新:2010年04月05日 21:40