試験が終わり大学は長い長い春休みに入った。
コーヒーショップのバイトを辞めたから、また新しいバイトを始めることにした。

てっとり早くお金を稼げるのは日雇いの登録制のバイト。
今日は一日スーパーで新製品のお酒の試飲売り。

一日立ちっぱなしはさすがに疲れる。
早くお風呂入ってくつろぎたーい。ゴロゴロしたーい。

コンビニの焼肉弁当とアイスと試飲で残ったお酒を持って、アパートへと戻るとドアの前に人影。

「おかえり」
人影の正体は寒そうにマフラーで顔を隠してるのっちだった。

「のっち!?どしたん?」
「綾香どこにいるか知らない?」

「えっ知らないよ?」
「あいつ昨日から家に帰ってきてないんだよ」

「え!?そうなん?てか、入る?」
「・・・うん」
あまりにも寒そうに身体をガタガタ震わせてるのっちを部屋に入れてあげた。
のっちのために電気ストーブと熱い紅茶を提供してあげた。

お風呂入ってゴロゴロする予定がなくなっちゃった。
この予想外ののっちの訪問は喜んでいいべき?
てか、あ〜ちゃんどこいるんよ?無断外泊ってことだよね?のっちじゃなくても心配だよ。

「あいつが泊まりにいく友達とか知ってる?」
「仲のいい子なら何人か知っとるけど・・・てか、ケータイに電話してみたら?」

「したよ。何度も。でも、出ねーの、あいつ。意味わからんでしょ?」
「なんで?あっ!!もしかして、事件に巻き込まれたとか!?」

「・・・ゆかちゃん。キミはホント良い子だねw」
「へ?」

「ちょっと綾香に電話してみてくれる?」
「う、うん」
鞄から携帯を取り出してあ〜ちゃんに掛ける。



『ゆかちゃーん?』
あれ?すぐ出たよ?
『あ・・・あ〜ちゃん?』

わっ。

『あたし以外だと出るんだ!』
のっちがゆかの携帯を奪い取って電話に出ちゃった。

あー、そのままベランダに出ちゃったから、何喋ってるかわからないよ。
のっち怒ってたよね?てか、怒るよね。自分の電話に出ないで、ゆかの電話には出るんだもん。
あ〜ちゃんなにやってんのよ。

「さっみー・・・」
あ〜ちゃんとの電話を終えたのっちが部屋に戻ってきた。
そんでまたチョコンと電気ストーブの前に座ってる。

「あ〜ちゃんどこにいたん?」
「青山さんって子と一緒だって。知ってる?」
「あー、うん。ゆかはそんな仲良くないけど顔くらいはわかるよ」
「その子と、なんとかって、アイドルグループのコンサート行ってたんだと。んで、盛り上がっちゃってその子の家に泊まってたんだと」
「なんか・・・あ〜ちゃんらしいねw」
ゆかが愛想笑いしてものっちは、への字口。

「あーーー!!!!!」
のっちは電気ストーブに向かって不満爆発。
頭をガシガシとかきむしってる。そんなのっちがちょっと怖い。

グー・・・。

やだ、こんな時にお腹がなるなんて恥ずかしすぎる。

「ぶはwwwめっちゃいい音wゆかちゃん、そんなお腹減ってたの?」
さっきまでイラついていたのっちのオーラが一気に消えた。
ゆかのお腹の虫も少しは役立てたのかな?

「だ、だって今日一日バイトしっとたんよ?これからご飯食べるトコだったの!」
「あー、そうなんだ。ごめんね、突然押しかけて。もう帰るわ」
帰ろうと立ち上がろうとしたのっちを、ゆかは咄嗟に上着の裾を掴んで引き止めてしまった。



「え?」
「あ・・・」
「ん?」
ハノ字眉になって顔に「どうしたの?」って書いてある。

『まだ一緒にいたい』なんて言えない。

「お酒・・・」
「お酒?」
「今日バイトで、余ったお酒貰ってきたの」
「うん・・・」
「ひとりじゃ、呑み切れない、からさ・・・」
「ん・・・」
「一緒に・・・呑まない?」
「・・・ごめん。車で来ちゃったんだ」
ゆかが考えた精一杯の引き止め方が無残にも砕け散った。

「そっか・・・じゃあ、仕方ないね」
ずっと掴んでたのっちの上着の裾を離した。
「・・・車、今路肩に止めてるだけなんだ。パーキングに止めてくるからちょっと待ってて」
「え?」
「そのついでになんかおつまみでも買ってくるよ。ゆかちゃん何がいい?」
「え?」
「え?じゃねーよw何か食べたいもんある?てか・・・なんで泣く?今泣くところじゃないでしょ?w」

そりゃー泣くよ。
あんたのわけのわからない優しさに泣けてきたんだよ。
車で来たんでしょ?だったらお酒呑めないじゃん。
わざわざお金払って車止めなくてもいーじゃん。そこまでする必要のっちにはないじゃん。

なに?なんなの?
ゆかが可哀相に思った?同情した?

あんた、ゆかの事心配しとる場合じゃないでしょ。
あんたはあ〜ちゃんの心配しとけばいいんだよ。

ゆかの事なんてほっとけばいいんよ。
あんたのそのわけのわからない中途半端な優しさが苦しいのに。



「ゆかちゃんはホントに泣きベソちゃんだね。しかも泣くタイミングがいっつも変だしw」
「うるしゃい」
のっちはもうお酒が入っちゃって、酔っ払いモード。
ゆかは泣き止んでコンビニで買った焼肉弁当をほお張ってる。

「あっ!!」
「あーーあー・・・なにやってんの」
酔ってるのっちは手元が狂ってコップに入ってた水を自分の履いてるジーパンにこぼした。

「つめたーいw」
「あー、じゅうたんまで濡れてる。もうのっちのバカ」
「大丈夫大丈夫。ちょっとだけだしw水だからすぐ乾くよww」
「もうジーパンもびしょ濡れじゃん」
「あははwゆかちゃんこれ乾かしたいから、なんか着替え貸して」
タンスの中を探したら高校時代のジャージがあった。

「ねぇ、ジャージでもいい?ハーフパンツだけどw」
「えーハーフなの?寒いじゃん。スエットとかないの?」
「ないよ。これでガマンして」
「わかったよー。それでいいよ」
のっちはその場で立ってジーパンのホックに手をかけた。

「えっ!?ここで着替えるん?」
「へ?ダメなの?」
「いや・・・でも・・・」
「大丈夫よ。今日のパンツは黒だから。うふふ」
「はっ!?意味わからんこと言わんでよ!変態!」
「もう最近のゆかちゃん、綾香みたい。へいへい、トイレで着替えてくるよw」
お酒が入ってるのっちはなんてゆーか、フワフワしてる。
のっちと一緒にお酒を呑んだのはこれで三回目だけど、未だに慣れない。
だって普段よりもおしゃべりで人懐っこいってゆーか、可愛い?

どうしよう。
バイトでヘトヘトのはずが、のっちと一緒にいることでそんなのどっかに吹っ飛んじゃったよ。

でも浮かれちゃいけないよね。
さっきのあ〜ちゃんの電話。あれなんだったんだろ?
やっぱり二人の間でなんかあったのかな?
年末からあ〜ちゃんの様子がおかしかったし。
年明けてからは、ちょっと自分に余裕がなかったからあんまりあ〜ちゃんの事気にかけられなかったからわからないんだよね。



「ねー、やっぱりハーフパンツ寒いよ。スースーする〜」
ゆかのハーフパンツは足が長いのっちにはほんの少し短かったみたい。
何気にのっちの素足初めてみたかも。
白くて、細くて、きれ・・・い?

のっちの白くて細い右足の膝には大きな傷跡が生々しく刻まれていた。

「これドライヤーで乾かしたら、履けるようになるかな?」
「・・・」
「おーい。ゆかちゃん?聞いてる?」
「えっ?あ・・・なに?」
ゆかはその傷跡に目を奪われて、のっちに話しかけられてることなんて気付かなかった。

「あぁ・・・これ?気になっちゃう感じですかぁ?」
のっちはゆかの視線の先に気付いてそこを指差した。
「う、ん・・・」
「実はねぇ、この傷はー、ちっちゃい頃虐待された時のなんだよね〜」
「嘘・・・」
「うん。嘘w」
「え?」
「ほんとは、昔付き合ってた子に切られたんだよね〜」
「マジ?」
「ううん。嘘w」
「は!?」
のっちは洗面所にあったドライヤーを勝手に持ってきてジーパンにあてはじめた。
ドライヤーの轟音がうるさい。

「ほんとはどうしたの?その傷!!」
「えー?きこえなーいw」
ゆかはドライヤーのコンセントを引っこ抜いた。

「あー、なにすんの〜。ジーパン乾かないじゃんw」
「教えてくれたら使わせてあげる」
のっちはふぅと小さくため息をついて、テーブルに置いてあったお酒を手に取った。

「そんな知りたいの?w」
「うん・・・」
いつの間にかのっちと向かい合わせに座ってた。手を伸ばせば簡単にのっちに触れられる距離。

「しょーがないな〜wゆかちゃんにだけだよ?誰にも言っちゃダメだよ?」
「うん」

「じゃあ〜彩乃ちゃんの秘密を教えてあげよう・・・」
のっちは傷がある方の足を立ててそこに手を回して、悪戯っ子みたいに笑ってる。
こんなのっちの顔みたの初めて。なんかゾクゾクするよ。

「えっと・・・どっから話そうかな・・・。ちょっと長くなるけどいい?」
「いいよ」

平気だよ。
冬の夜は長いから。






最終更新:2010年04月05日 21:54