A−said
珍しく外での撮影だった。ドラマでよく出てきそうな川原とか土手とかある場所。
最近の気候はよくコロコロと変わる。
やっと暖かくなったと思ったらまた急に寒くなったりして、全然安定しそうにない。
昨日の暖かさと比べれば今日はまた一段と寒くなったけど、太陽は暖かな光りを放っていた。
ロケなんてもうずいぶんと久しぶりな気がするけど、それでもここ2、3年くらいの話。
スタジオでの撮影は、それはそれで楽しいし、やりがいもあるけど、こんな風に「世間」に触れながら仕事をするのも新鮮でいい。
「見てー、あれ本物?」
「なーんか思ったより普通じゃない?」
「いや、テレビで見るよりは可愛いじゃん」
通り過ぎる人もいれば、立ち止まって携帯構える人もいる。
「こっちみてー」
「あ、みたみた」
呼ばれれば手を振ってみたりもする。
「写メはやめてくださいねー」
ぶっきらぼうに止めに入るスタッフさんがいたりもする。
「んだよー、別にいいじゃん」
「ちょっと売れたからって調子のんなよなー」
色んな人の色んな声が冷たい空気に響く。
吹きつける風はもしかしたら「世間」の評価なのかもしれない。
こうやってちゃんと「声」を感じるのはきっといいこと。
冷たい風なんて吹かない場所で、ぬくぬくと過ごしていたら大事なことを見過ごしてしまうから。
痛みを感じなくなってしまうから。それだけは絶対にしたくないから。
元々は何も持ってなかったんだもん。
手に入れたものが多すぎて、たまにどうしていいのかわからなくなるけど、何も持ってなかったあの頃と変わらない気持ちで、ただただずっとこの3人で一緒にいられたら。それだけで十分。
地位も名誉も評価も、結局は誰かに与えられたもの。
私が私自身の手で掴んだのは、他でもない大切な2人。
どんなに傷ついても、どんなに責められても、絶対に守りたい大切な2人。
それだけ。
「はい、もっと近寄ってみてー」
「そう、そんな感じ」
カメラマンさんの指示に従って色々と動いてみる。
笑顔は得意な方。私の象徴だなんて言う人もいる。
だけど、さっきの「声」を聞いた後でも、こんな風に笑えるのは、きっと両サイドにいる2人のお陰。
「寒くない?」
目線はカメラに向いたまま、小声でのっちが訪ねてくる。
「ちょっとねー」
「んじゃぁもっとくっついちゃえ」
「ちょ、のっち!くっつきすぎじゃ」
のっちが伸ばした腕は私を包んで、それも通り越してかしゆかまで巻き込んだ。
「ほら、かっしーも!」
「あ〜ちゃん、これであったかいよー」
便乗したかしゆかが私に抱きつく。
のっちとかしゆかに挟まれて、思わず顔もくしゃってなる。
「「あ〜ちゃぁーん」」
「んー・・・ぐるじぃよぉー」
「・・・くっくっ・・・ぷわはははー」
ほどかれた2人腕。それと同時に3人で笑った。
「はい、15分休憩はいりまーす」
ストールを羽織って、スタッフさんが用意してくれたホットコーヒーを飲む。
両手で包みこむ紙コップは冷え切った手に直に伝わって、あったかいを通り越して少し痛かった。
「あちち・・・」
斜め後ろで同じようにコーヒーを飲むのっちの声。
ちょっと離れた所でかしゆかがカメラを借りて空を撮っている。
さっきみたいにベッタリくっついてる訳じゃないのに、3人バラバラな位置にいても、こんなにも穏やかで安心できるのは、のっちとかしゆかだから。
何年も一緒にいる仕事仲間だから当たり前なんじゃない。
のっちとかしゆかだから。
ひとりでも欠けたら成り立たない。絶対に崩れないバランスだから。
トライアングルってきっとそういう意味。
言葉じゃうまく言えないけど、きっとそういう意味。
ちょうど飲みやすい温度になったコーヒーを見つめて、一口飲んだ。
昔はあんまり得意じゃなかったこの味も、最近じゃこの苦みも趣だと感じるようになった。
大人になったとかじゃない。コーヒーは出される機会が多いから、いい加減慣れてしまったんだ。
この体にどんだけのカフェインが蓄積されてるんだろうね。
きっとあんまり体にはよくないと思うんよ。健康オタクの私に言わせてもらったらね。
そう、例えば来週死ぬとしよう。縁起でもない話だけど、ありえない話じゃない。
まぁ理由はカフェインのせいなんかじゃないとしても、交通事故とかでさ。
そしたら、この限られた時間の中で、どれだけの事ができるんだろう。
今でこそ自分たちの望んだ活動ができてるとは言え、その一つ一つに感謝しているとは言え、
終わりがくるなんて思えないこの時間の中で、あとどれくらいの夢が叶えられるんだろう。
もっと大きい会場でライブしたいとか?
ドラマの主題歌とか?レコ大受賞とか?ミリオン突破とか?
どれも夢のようだけど現実に起こり得る事。それが実現できる自分たちになり得ている事。
それは喜ぶことなんだろうけど、少し怖かったりもする。心が追い付いていかない。
ゆっくり歩みを進めてきた私たちにとっては、どれも高価すぎて不釣り合いな気がするから。
一気に駆け抜けるのはカッコいいと思う。それこそ、ありふれたスピードを超えて〜くらいに。
でも、それで「ありがとう」の意味を見失ってしまうのが怖い。大切な何かを見失ってしまうのが怖い。
そして何より、2人を失ってしまうのが怖い。ただ、怖いんよ。
だから例え、誰に何を言われたって独りででも絶対に2人守るんよ。
「あ〜ちゃん」
急に話しかけられて肩がビクっとなる。
コーヒーが少し揺れた。
「なん?」
のっちがドサッと隣に座ったかと思うと、首に巻きつけていたストールをするすると外して私の膝にかけてくれた。
「いらんよ別に」
「いーからいーから」
ニヘって笑った瞳の優しさに、心が少しあったかくなった。
N−said
「いらんよ別に」
なんて言う彼女のぶっきらぼうな口調には、ちゃんと「ありがとう」がこもってる。
もう何年一緒にいると思ってんの。気づかないわけがないよ。
すべての物事を真正面から受け止める彼女は、人一倍笑うし、人一倍泣く。
人一倍喜びを感じるし、人一倍傷つく。
そんな感じだから、いつだって矢面に立って色んな「評価」を受けるのは彼女が多かったりする。
それは、いい事でもあり悪い事でもある。
もちろん、喜びも苦しみもいつだって3人で分け合って共有してきた。乗り越えてきた。
だけど、何かにつけて彼女に集まる「声」は決して温かなものばかりではないから。
きっと、さっきの事だってかしゆかとのっちしか気づかないような些細なもの。
彼女の変化は顔色や態度だけでわかるものじゃない。
昔はわかりやすかったよ。すっごくね。すぐ顔にでるから。
でも人前に出る事が極端に多くなった今では、ほとんど見せなくなった。
成長したとか大人になったとか、そういうのじゃない。
見せなくなったのは、見せちゃいけないから。
見せなくなったのは、見られたくないから。
でもさ、それをちゃんと感じ取れちゃうのが、かしゆかとのっちなんよ?わかってる?あ〜ちゃん。
別にさ、昔みたいにいちいち聞きだしたりしないよ。わざわざ問い詰めたりしないよ。
説明する言葉も、無理して笑う必要もないからさ。
だた、いつでも頼ってほしいんだよ。
疲れた時は支えるじゃん。肩くらい貸すからさ、もたれればいいよ。
どんなに強がってもため息ついちゃう事なんて数えきれないくらいあるじゃん。
でもさ、うちらは3人なんよ?いつだって、これからもずっと3人なんよ?
つまずいたって転んだって、一緒に立ち上がれば、また動き出せるじゃん。今までもそうだったじゃん。
だから独りだなんて思わんでよ。
かしゆかとのっちであ〜ちゃんの事、絶対に守るからさ。
あ〜ちゃんの笑う顔が見たいんよ。あ〜ちゃんの最高の笑顔をさ。
K−said
2人から少し離れた場所で、カメラマンさんに借りたカメラで写真を撮っていた。
何枚かパシャパシャと撮った後、ファインダーを下げて彼女の方を見た。
黒い四角に縁取られた視界に写る彼女の顔は、想像していた感じと同じだった。
そのすぐ後ろにいるのっちの顔もやっぱり想像していた感じと同じで少し笑ってしまった。
2人の顔の理由はわかる。さっきの事だよね。
まったく「世間の声」ってのは容赦ないよね。もうちょっとさ、温かな目で見てくれたっていいのに。
でもまぁ、こんな日常になる前のうちらはどこに行ったってアウェーだったし。
それに今じゃ、批判よりも応援の声の方が多い気もするし。
何より、そっちの方が心がこもってるから、ちゃんと真っ直ぐ伝わる。
でも、彼女にとってはそうじゃないのかもしれない。
言葉は凶器になるから。
どんなに小さなトゲでも、彼女の柔らかくて繊細な心には大きな傷になる。
見上げた空はまだ冬の顔をしているけど、もうすぐ訪れる春を隠しきれないみたいに、日差しはとても暖かい。
こうやって一日一日が確実に過ぎていく。
ついこの間まで炎天下でライブしてたと思ったら、今はコートにマフラーだ。
風は毎日吹いている。
今日はたまたま冷たかっただけ。
ねぇ、あ〜ちゃん。
幸せな事ばっかりじゃないけどさ、こうやって仕事できてるうちは、こういうのってなくならんよ?
誰かに傷つけられたり、誰かを傷つけたりするけど、そうやって歩いていくんだよ。
同じもの見てさ、同じ事したって、感じ方なんて人それぞれで、染まる色も人それぞれ。
だったらさ、痛みを知ってる方がいいじゃん。そしたら優しくなれるじゃん。
そうやって自分の人生を生きていくんだよ。
いつだって、のっちとゆかがそばにいるから。一緒に生きていくから。
独りで背負わないで。苦しみを隠さないで。自分だけが傷つけばいいなんて思わないで。
幸せになる事を諦めないで。
雲の切れ間から太陽の光。
天使の梯子ってやつ?いいの撮れた。
カメラを下げて、ふと落とした視線の先に小さな幸せを見つけた。
A−said
「いい写真撮れた?」
コーヒー片手に私の隣に座ったかしゆかにのっちが聞いた。
「まぁぼちぼち」
コーヒーをすすりながら少し満足げなかしゆか。
「あ〜ちゃん」
「ん?」
「あげる」
かしゆかの大きな掌の上に、ちょこんと乗ったもの。
四葉のクローバーだった。
「さっき見つけた」
「空ばっかり撮ってたんじゃなかったん」
「へへー」
得意げに笑ってみせて、寒さで少し赤くなった鼻をとても愛おしく思った。
すっかり冷たくなったコーヒーを一口飲む。
さっきはあまり感じなかった苦味に胸が苦しくなった。
やっぱり、のっちとかしゆかで良かった。
何も言わなくても、顔に出さなくても、こうやって守ってくれる。
独りじゃないって気づかせてくれる。そう、3人なんだよ。って教えてくれる。
だから私は強くなれる。どんな「声」にも泣いたりしない。
ねぇ、この言葉にならない想いを2人にどれだけ伝えられるかな。
だけどね、自分の中に閉じ込めて隠してきた痛みや苦しみに気付いて消してくれたのは2人で。
今、私がこんな風に笑えるのは、路頭に迷って未来って何?夢って何?って傷ついた時に、一緒に泣いた2人がいるから。いつでも守ってくれる2人がいるから。
だから、私はずっと笑えるんだよ。
これからもずっと3人でいられたらって思う。
でもその為に歩む速度が想像よりも早くなってしまっても、きっと大丈夫だよね。
例え傷ついても3人でいられたら、きっと3人でいる時間がなだめてくれる。痛みと共に流れてくれる。
のっちとかしゆかがいつもそばにいてくれる。だからもう何も怖くないよ。
「ではそろそろ再開しまーす」
「じゃ、行きますか」
「行きますかー」
両隣りから差し出された手。
何度となく救われてきた、ウインナーみたいな指をした手と、すらっと長くきれいな指をした手を、ぎゅっと握りしめて立ち上がる。
伝わる温もりがちゃんと教えてくれている。
私はひとりじゃない。
手を繋いで歩きだした3人の上。
雲の切れ間から射す暖かな光が眩しくて、そっと瞳を閉じた。
END
最終更新:2010年04月05日 22:35