余りにも呆気ない。
きっと彼女と過ごした数年なんて、これからの長い人生の中ではほんの僅かな期間に過ぎず。
いつの間にやらあの体温や感触すらも忘れて、愛しかった時間ですら思い出せなくなる。
新しい景色がそこには広がっていると思ってた。
簡単に変われるって、そう思ってたのに。
「あ、」
「かしゆか」
数ヶ月ぶりに見たあ〜ちゃんは、あの頃より痩せて、なんだか女らしさが増していた。
きっとこうやって人間てものは変わってく。
周りの時間は忙しなく進むのに、ゆかだけ世界から取り残されたような気分。ゆかは何も変わってない。
違う。変われないでいた。
「そっか、やっぱり別れてたか」
「のっちから聞いてない?」
「なんかあれから仕事の方が忙しいみたいで学校にも全く来てないんよ、でも友達からパチンコ屋さんにいたとか目撃情報はあるし、よく分からんわ」
こうやって誰かと並んで歩く事すらずっとなかった。歩道橋から見える空は狭い。
東京はビルが多すぎる。そこから差し込む夕日が作る影で街が覆われてしまいそうなくらい。
見慣れたはずのこの都会の景色。それも昔と変わらない。こんな異国で、ゆかは何をやっているんだろう。
自然と繋がれた手は、優しくて。懐かしくて。
あ〜ちゃんには謝らなくちゃいけない事がたくさんある。たくさんお礼もしなきゃいけない。
「それでね、明後日久しぶりにのっちと会うんだ」
「そっか」
「かしゆか、」
「良い」
あ〜ちゃんが言おうとしている事は分かった。だから、首を横に振った。
優しい風が吹き抜ける。喧騒ですら耳に優しい。それでも今この空間でゆか自身が違和感でしかない。
心地よい時計の針はあの日のまま。
毎日更新されていく世界に、ゆかは一人取り残されて藻掻いてる。
「…そう」
「うん、会わない方が良いから」
「…分かった」
細い指に力が加わった。
そしてゆっくり、離れてく。
「かしゆか、土曜の夜、暇?」
「うん、暇だけど」
「これ、かしゆかにあげるけぇ」
あ〜ちゃんがバッグから取り出したのは、一枚の紙切れ。
「もう、勘弁してよ」
ゆかは目を逸らす。
ビルの隙間から差す眩しい夕日に目を細めると、じんわり顔が熱くなっていくのが分かる。
ごめん、と泣きそうな、消えてしまいそうな声で言うあ〜ちゃんは、それでもゆかにその紙切れを握らせた。
この紙切れが現実だ。
ゆかが逃げ出したあの雨の日から更新されないゆかの、ゆかだけの空間を壊す現実。
前を見れないでいたゆかに、突き付けられた世界だ。
「…ありがとう」
ぼやけた視界には、あの日と変わらない天使みたいなあ〜ちゃんがいた。
嘘みたいに綺麗で。
少しだけ泣いた。
春の訪れ、花の香り。
世界はゆっくりと廻りだす。
20:END
最終更新:2010年05月17日 20:50