あたしとゆかちゃんは、ゆっくりとコーラの入った紙コップを口に運んだ。
口元にあてたコップの角度まで、ほぼシンクロしてて、思わず可笑しくなる。
並んで座ったベンチ。初夏の風が心地よくあたし達の髪を揺らす。
あたしとゆかちゃん特有の、何となくまったりした空気。
あたし達は、これまた完全にシンクロした動作で、ほぼ同時に紙コップをベンチに置いた。
「ねえ…。何で今時ドッジボールなん…?」
「さああ…」
あたし達の視線の先には。よく晴れた光る空の下で。
スカートをひるがえしてボールを追うあ〜ちゃんの姿があった。
中庭のバスケットコートでは、何故かドッジボールが繰り広げられている。
驚異的に健全な放課後の風景。教育委員会もびっくりだね。
元々は上級生達が3on3をやってて、仲がいいあ〜ちゃんが声かけられて、そこに通りかかったあ〜ちゃんの友達が加わって。
人見知りのあたしは、友達の友達は皆友達形式にふくれ上がる輪に入るのに怖じ気づいて、日直で遅くなってるゆかちゃんを迎えに行って。
ゆかちゃんと自販機に寄り道して、コーラ片手に戻って来てみれば。
そこには無邪気にドッジボールを楽しむ女子高生達という世にも珍しい光景が。



うーん…。
すごい、さすがあ〜ちゃんじゃ。
生意気盛りのあたし達世代をいとも簡単に童心にかえすとは。
上級生や下級生を交えた集団(当然ながらのっちの知らん子ばっか)で、中心となってるのはあ〜ちゃんのよく通る声。
「いくよー!」なんて得意満面にボールを投げてるあ〜ちゃんの姿は、園児とたわむれる保母さんみたい。
あたしとゆかちゃんは半ばあ然としながら、でも「ま、あ〜ちゃんのすることだし」と顔を見合わせてニヤって笑った。
…それにしても。
あ〜ちゃん、可愛い。いや、マジで可愛い。
あんな可憐なふわふわ笑顔の女の子なのに、持ち前の運動神経を容赦なく発揮してる、そのギャップがヤバい。
フェイントなんかしてみせて、得意気にドヤ顔するあ〜ちゃんとか、そういうSなとこもヤバいくらい可愛い。
こう全体的に、弾むというか、はちきれるというか…、うむ、まあその、色々ヤバいんですよ。
スカートがひらひらして、めったに無くパンチラあり!?あるの!?いいの、あ〜ちゃん!?
「…のっち」
隣りから、冷ややかな声。
「己の欲望を実況すんのやめんさい」
…う。
ゆかちゃんにスーパークールな一瞥を向けられて、あたしは口をへの字にした。
…ゆかちゃんだって。
目を細めて、とろけそうな笑顔であ〜ちゃんの姿を追ってたくせに。




あたしはちらっと横目でゆかちゃんを見た。
ゆかちゃんは、ベンチに片手をついて、ゆったりとリラックスした感じで、あ〜ちゃんを見つめていた。
見つめてる、てゆうより見守ってる、てゆうか。
…ううん、違う。
愛おしむ、てゆうのが一番しっくりくる。
ほら、赤ちゃんとか動物とか、すごく可愛いものの前って、自然と目を細めちゃうじゃん?
そういう、すごく穏やかな微笑みに満ちた目で、あ〜ちゃんを見つめている。
その落ち着いた柔らかさは、何だか大人びて見えた。
…何か、余裕、ってゆうか。


それは、あ〜ちゃんを手に入れたから?


そう思うと、何だか心がぐしゃぐしゃしてきた。
さっきまで、完全にシンクロしていたあたしとゆかちゃんの感情が、静かに乖離していくように感じる。
綺麗な相関性を持っていたグラフが、乱れて無秩序に歪むように。
いびつな、感情。
不安定な、あたし達。
…そう、時々忘れちゃうけど。
あんまりにも自然で。
こうして二人並んであ〜ちゃんを眺める日常に、あまりにも馴染んでるから。
時々、忘れちゃうんだ。
そして、思い出しては落ち込むんだ。



だって、同じじゃないんだ。
常に前傾姿勢で、目をぐわっと見開いて、いわゆるがっついちゃってる自分。
かわいそうなくらい分かりやすく、余裕が無い。
まばたきしてる間も惜しむくらいがつがつしてる自分と。
手に入れたものをゆったりと愛おしむようなゆかちゃんは、同じなんかじゃない。
…あーあ。
あたしはすさんできた気分を抱えてなだめるみたく、ベンチの上に荒っぽく膝を立てた。
ゆかちゃんが、ちらりと横目であたしを見る。
ゆかちゃんの黒髪が一筋の乱れもなく、柔らかな風にそよぐ。
その、端然とした、静かな気配。
あー、この人って気分がもやもやしたり、制御つかなくなったりするのかな?
「…あのさ!」
ああ、衝動に負けた。
「あのさ、あたしさあ…」
噛まないように、一呼吸。
「あたし、あ〜ちゃんのこと、
…まだ、好き、なんだよね」


#2へつづく







最終更新:2010年05月17日 21:01