「い、いってきます!!」
「車に気をつけてね」
なんか自分の子供を見送るみたい。

今日から新社会人だというのに、のっちの遅刻癖はどうしたもんかね。
大丈夫かな。ちゃんと遅れずに仕事場につけるかな。

って、まだ学生の身分のあたしが何言ってるんだかって感じだね。
さぁ、あたしもあと一年で学生じゃなくなる。
ちゃんと真面目に学校行って保育士の免許取らなくちゃ。

ということで、今日の午前中はバイト。
花屋のバイトをサクっと終わらせて、あたしはバンドの練習をしにスタジオへ向かった。

「おーい。あ〜ちゃん」
「あっ。えっちゃん」
待合所に行くと、すでにえっちゃんがいた。

「新曲出来たよ。ほれ」
「わっすごーい。歌詞はあっこちゃん?くみちゃん?」
「今回はあっこちゃん」
「えっちゃんってすごいよね」
「ん?どこが?全然すごくないよ〜?」
「だって、曲が作れるんよ?あたし絶対出来ないもん」
「えー。あたしからしてみたら、あ〜ちゃんの方がすごいよ?」
「どこがよ〜。何言っとるんよw」
「ううん。すごいよ。だって、あたしが作った曲ってあ〜ちゃんが歌ってくれんと誰も聴いてくれないんだよ?」
「うぇぇぇ〜。そうなん?・・・・てか、マジでレコード会社にCD送るん?」
あたしは照れくさくなって、話題を変えた。

「うん。自分たちの音楽がどこまで通用するか試したくない?で、運が良かったらデビューできるかもよ?w」
「デビュー、か・・・」
「あれ?もしかして、あ〜ちゃんそこまで本気じゃないとか?」
「そんなんじゃないけぇ。ただ、漠然としすぎるというか、なんというか、、、ねぇ」
「大丈夫だよ!あたしこの曲めっちゃ自信あるから!あ〜ちゃんが歌ったら最強の1曲になるよ!!」




普段おとなしいえっちゃんがこんなにも熱く語るとは。
ぶっちゃけ、あたしはバンドでご飯が食べれるなんて思ってないんだよね。そういうところ変に現実的だから。
でも他の三人はやる気マンマン。
あたしはそんな三人に水を差すのも悪いからとりあえず合わせてる感じ。

そりゃー、デビュー出来るならしてみたいけど。
そうするとあたしたちは歌手になるわけで。芸能界って知らない世界に踏み込むわけで。

もしもそうなったら・・・。
今ののっちとの生活はどうなるんだろう・・・。
今までみたいに一緒にいれる時間が少なくなっちゃうのかな。
てか、絶対少なくなるよね?そうだよね?

でも芸能人になったらフツーの人よりもお金は多く貰えるはずだし。
そうなったら金銭面では助かるけど。
なんだかんだいって生きていくには、それなりのお金は必要だし。

んー、まだ決まってないことをアレコレ考えるのはよそう。
デビューなんてそんな大それたこと、そうそう出来る訳ないもんね。

スタジオが使える時間になって早速えっちゃんの新曲を聴かせてもらった。
最初の一音から鳥肌。
ヤバイ、これはめっちゃかっこいい曲。あっこちゃんの歌詞も切ない。
さっきまでのあたしの現実的な考えがこの新曲によって覆されたような気がした。

新曲を焼いたCDを手当たり次第にレコード会社に発送した。
「よし!後は反応待ちだ!」
一番ノリ気のあっこちゃんはとっても満足気の顔してる。

「んじゃ、練習の後の打ち上げでも行きますか!!」
「あー・・・ごめん。今日は帰ってええ?」
「えぇ!?どして?」
「めっちゃ自己中ってわかっとるけど、、、今日のっちの初出勤なんよ・・・」
「あぁ。そういうことね。なら仕方ないかwのっちによろしくねw」
「ホンマにごめん!!」
あたしはつくづくメンバーに恵まれてるなあって思いながら急いで家に帰った。




最寄り駅に着くと偶然のっちに会った。
「のっち!」
「もしかして同じ電車だった?」
「そうみたいねw」
「うはは。なんかすごい嬉しい」
「ね?」
「・・・なんかあ〜ちゃん変だよ?」
「えぇ?どこが?」
「やっ、変って言うか、、、フワフワしてる感じがするよ?なんかあったの?」
「あんね、今日練習あったんよ。そこでえっちゃんが作った新曲がめっちゃかっこよかったんよ。それでかな?」
「マジで!?えー、めっちゃ聴きたい〜」
「CDあるから聴く?」
「わー聴く聴くw楽しみ。じゃ、早く帰ろう!」
そう言ってのっちはあたしの手を取って小走りになった。

「うおぉぉ!!かっけーw」
夕ご飯を食べ終わった後のっちは寝そべって、お気に入りのヘッドホンで新曲を聴いてる。
「やっぱ、あ〜ちゃん歌上手いわ」
「そう?」
あたしは食器を洗いながらのっちとの会話を適当に流す。
「マジで上手いって。本気だしたらメジャーデビューとか出来んじゃねw」
「そんな簡単にデビュー出来たら、みんな歌手になっとるって」
「ですよね〜」
「そうじゃけぇ。お風呂沸いてるから先入って」
「一緒に入ろう♪」
ギュっとくっついてくるのっち。
「ダメ」
くっついてきたのっちをベリっと剥がす。
「なんで〜?」
「生理になったからじゃ」
「ぶぅぅ〜」
のっちはハムスターみたいにぽっぺを膨らましたままお風呂場に向かった。

のっちが出しっぱなしにしてるヘッドホンをつけた。
爆音で聴く自分の歌声はなんだか変な感じ。

のっちにはなんとなくレコード会社にCDをばら撒いたことは言わなかった。
真面目に働き始めたのっちに、そんな夢みたいなこと言えなかった。

ヘッドホンを外すと、お風呂場からのっちの鼻唄が聴こえた。
歌っているのはさっきまで聴いてた新曲。
もう覚えたんだ。思わず笑いそうになった。

この半年後、あたしたちのバンドがメジャーデビューすることになる。
そしてあたしとのっちとの生活が急激に変わった。

のっち・・・この時あたしが報告して、あなたが反対してくれたら違った未来が待っていたかもね。





最終更新:2010年05月17日 21:18