「つ、、つかれた・・・」


帰宅早々、電気も付けず着替えもせずにベッドにダーイブ。
スプリングを軋ませながら、沈んでいくあたしの身体。

あー、このまま吸い込まれるように、自分ごと消えてしまえたら楽なのに。なんて自虐的になれちゃうくらい、心はとっくに沈没してる。



×××


先輩に誘われて行った飲み会は、おそろしくツマラナカッタ。

飲み会っていうか、先輩(男)と二人っきりだし。これじゃサシ飲みじゃん。・・・・ん?ていうかこれってデートってやつか。あれ?あたし、まんまと嵌められちゃった?

帰り道なんてアパートまで送るって言って聞かないし。有難迷惑っていうか、単なる迷惑でしかないんですけど。


其処を曲がればアパートはすぐ目の前っていう十字路の少し手前。そう、確か其処で。街頭が切れかけてて仄暗い、緩やかな坂道の真ん中で。
先輩はあたしの肩に手を回そうとした。わざとらしいその動作に、さり気なくカバンを持ち直すふりして避けたけど。
だけど負けじと先輩は腰に手を回してきた。ちょっと油断してたら、腰を抱き寄せるように。そりゃもう、ガッシリなんてものじゃなくて、グイグイ力任せにガッツリと。まったく、、女の子は優しく扱わなきゃダメって、誰もこの人に教えてあげなかったのかな。

「・・・ねぇ、かしゆかちゃんって、彼氏いるの?」
「いませんよー」
「あ、あのさ、、」

あー、やだな。この流れ。誰でも分かっちゃうでしょ、この空気。だって、先輩の今の気持ち、だだ漏れだもん。
ゆかと付き合いたい。キスしたい。セックスしたい。って顔にでっかく書き殴ってあるもん。下心の蛇口、ジャージャー漏れてるっての。
あー、やだな。なんて断ろう。こんな時ってなんて断ったらいいんだっけ?あれ、、、ってか、なんでもう断ること前提なんだろ?うん、、でも、それ以外ありえないし。

「俺、かしゆかちゃんのこと・・・・」

っていうか、かしゆかちゃんって呼び方キモイからやめて欲しいんですけど。
あー、やだな。キモチワリュイ。本当、気持ち悪い。

「あの、先輩」
「えっ、あ、な、なに?」
「ここまでで大丈夫です。すぐそこですから。それと、あたし彼氏はいませんけど、同居人がいるんです」

あたしは腰に巻き付く先輩の腕を振り払った。

それから、「今日はありがとうございましたぁ」なんて心にもないことを甘い声で言い放って、最高の甘い作り笑顔で笑いかけた。
くるっと先輩に背を向けたら、あたしは走り出した。先輩が何か言ってたのが聞こえたような気がしたけど、振り向くことなんてしなかった。アパートまでの緩やかな坂を駆け上がった。ヒールの高さなんて気にせず、走ったのなんていつぶりだっけ。

その時、先輩がどんな顔をしてたかなんて、覚えてるはずもない。だって見てないもん。もしかしたら、顔にでっかく「マジかよーイケると思ったのにィィ!」とでも書き殴ってあったのかも。





×××



「・・・・・はぁ、、何やってんだろ」


仰向けになって両手を広げて宙を見つめたら、心が空っぽになってしまったみたいだ。
なんか、やけに広いし。このシングルベッドも。快適だったはずの7.3帖のこの部屋も。
おかしいの。自分の部屋なのに。当たり前の風景のはずなのに。違和感だらけ。不自然だ。居心地が悪い。


あ。

そっか。

いないんだ。
今日はのっち帰って来ないんだ。


「帰らないかも」だなんてバカみたい。はっきり「帰らない。帰る気はない」って言えばいいのに。

だいたい「ごめん」って、何?何なんよ。あんな情けない声出しちゃってさ。どうせ、電話の向こう側でまた八の字眉になってたんでしょ。
君が誰と何処に行こうと、あたしには関係ないよ。。イチイチそんなの気にしないよ。。
だから、言えばいいのに。・・・・言ってくれたら、よかったのに。


ねぇ、、
今日のあ〜ちゃんさ、珍しくミニ丈のワンピなんて着ちゃって可愛かったでしょ?
睫毛もいつもよりバシバシのクリンクリンで。唇もネイルもいつもよりぷるぷるのキラキラで。

あ、そうそう!あ〜ちゃん、最近は練り香水にハマってるんだって。
ねぇ、知ってた?
あ〜ちゃんって、トクベツな日にはいつもローズの香りのを選ぶんだよ。勝負用の香りなんだって。


ねぇ、、
あたし、知ってるよ。

のっち、、マリちゃんとデートなんて、ウソじゃん。


ウソくらい、もっとちゃんと上手に吐いてよ。
中途半端にウソ吐くくらいなら謝んな、バカ。バカのっち。



枕に顔を押し付けると、シャンプーの匂いが染み付いていた。
二つ並んだ枕。同じシャンプーの匂い。なんか、ちゃっかりあたしのシャンプー使ってくれちゃってるよね。アレ、高いのに。

『もしも寂しくて一人じゃ眠れなかったら、のっちの匂いの染み付いた・・・・・』

夕方の電話を思い出したら・・・・なんか無性にムカっときた。別に寂しいわけないじゃん、バーカ。そんなの、あるわけないし。ていうか、ありえなーい。
二つの枕を床に投げつけてやった。低反発の枕はポンと小さく弾んで倒れた。


「・・・・ホント、何やってんだろ」


あたしは体を縮込めて、布団を被った。

そのまま、目を閉じた。
世界を閉ざしたかった。





朝。
目が覚めると、枕はキレイに二つ並べられていた。

ベッドの中には、当たり前のように潜り込んで来ている不法侵入者。

いつの間に帰ってきたんだろ。
こんな淡いローズの香りを纏って。


<08-終>







最終更新:2010年05月17日 21:22