「大本さん!!」
「はい」
「ちょっと5番がないじゃない!」
「えっ・・・。あれ?昨日入れたつもりなんですけど」
「入れた”つもり”?ちゃんと確認しなかったの?」
「あ・・・一応したんですけど」
「”一応”?一応ってなによ!きちんと確認しなさいよ!」
「・・・すいませんでした」
「ったく、もういいわ・・・。今日は綺麗に掃除したら帰っていいわよ」
「・・・はい。すいません」
美容師の学校を無事卒業して就職したものの、なかなか仕事に慣れなくて毎日のように怒鳴られる日々。
毎日朝早く一番に出勤して、一番遅くに帰る。
まー見習いだから仕方ないけど、仕方ないってわかってるけど、ぶっちゃけしんどい。
ひとりでほうき持って掃除してると、無性に泣けてくるんだ。
働くって想像以上に、辛くて苦しいんだな。自然に謝りぐせがついちゃったし。
今更お父さんとお母さんに感謝の心でいっぱいだよ。
「はぁ・・・」
ため息をついて自分のロッカーに戻る。
携帯がチカチカしてる。メールだ。あたしにメールをくれるのは今あ〜ちゃんしかいない。
あたしは急いで携帯を開く。
『お仕事お疲れ様!
今日はのっちの大好きなカレー作って待ってるよ。
お店出る時連絡ちょうだい。カレーあっためておくけぇ(ハート』
たった一通のメールで、あんなにへこんでたあたしを立ち直せられるのは、この世界の中であ〜ちゃんしかいない。
『今やっと掃除終わった(涙
これから出るからあと30分くらいかな?
早くあ〜ちゃんのカレー食べたいよ〜』
あたしはさっさとメールを打ってお店を飛び出した。
「ただいま!!」
扉を開くと美味しそうなカレーの匂いが出迎えてくれた。
「おかえり〜」
ピンクのエプロンにおたま片手のあ〜ちゃん。
やばい。今絶対あたしニヤニヤしちゃってるよ。
あ〜ちゃん可愛いすぎる。もう、天使だよ。あたしの天使。あたしの太陽だよ。
「うぅぅ・・・。おなかすいた〜」
あたしはカレーの鍋を混ぜてるあ〜ちゃんを後ろから抱きしめた。
手をあ〜ちゃんのおなかに回す。
あ〜ちゃんは温かくていい匂いがする。
あたしは仕事で嫌なことがあると、こうやってあ〜ちゃんに腕を回して甘える癖がある。
「どしたん?また怒られたん?」
あ〜ちゃんもそれを知ってて、優しく訊いてくれる。
「うん。またオーナーに怒鳴られた」
「そっか。よしよし」
そう言ってあ〜ちゃんはあたしの手を撫でてくれた。
「のっち、手ぇ荒れとるね」
「うん。しょうがないよ。いろんな薬使ってるからね。それにまだシャンプーしか出来ない身分だし」
「カレー食べたら、ハンドクリーム塗ってあげるけぇ」
「あ〜ちゃんってマジで優しいよね。あ〜ちゃんがオーナーだったらよかったのに」
「そーだったら、こうやってのっちのためにカレー作れなくなるけどええの?」
わかってるよ。
あ〜ちゃんが本気でそんな風に思ってないってことは。
わかってるよ。
今のはあ〜ちゃんなりの励ましでしょ。
がんばるよ。
あたしだってひとつくらい何かをやり遂げたいから。
あ〜ちゃんみたいに、やりたい事をやり続けるんだ。
「カレーもう少しかかるから、先にお風呂入ってきて」
「一緒に入ろ?」
「・・・それは嫌」
「なんで?いいじゃん。あっ、生理?」
「違う」
「じゃ、なんでよぉ」
「カ、カレーみてないといけんから」
「そんなん火消せばいいじゃん」
「・・・だって、お風呂入るとのっちエッチしようとするじゃろ」
「それは、、、あ〜ちゃんがさ、可愛いからさ。ムラムラってくるんだよねwあー・・・なんかシたくなったかも」
「食欲と性欲どっちもってあえりえんじゃろw」
「ぶぅぅ〜」
「ふふ。ほれ、お風呂!!」
「はーい」
お風呂場に入ると浴槽がピカピカに綺麗になってる。
今週の掃除当番はあたしなのに、代わりにあ〜ちゃんが磨いてくれたんだ。
あ〜ちゃんの優しさに心がしみる。
お風呂から上がるとテーブルの上にカレーのお皿が置かれてる。
もうすぐに食べれる状態。絶妙なこのタイミング。さすが、あ〜ちゃんだ。
「ありがとね。お風呂の掃除」
「あぁ、別にええよ。今日は学校も午前で終わったし、バイトもなかったから」
「でも練習あったんでしょ?」
「うん」
「次のライブって決まったの?」
「んー、まだ正式には決まっとらんけど、またあっこちゃんの知り合いの人の対バンに出るっぽい」
「やったじゃん。また、あ〜ちゃんの歌う姿見れるのか〜。楽しみw」
「・・・のっちは、あたしが歌ってるの好き?」
「ん?好きだよ?てか、あ〜ちゃんが何しててもあたしは好きだよ?でへへ」
「・・・そうじゃないんだけどな」
「へ?」
「ううん。なーんでもないけぇ」
何か言いたそうなあ〜ちゃんだけど、あたしはあまり気にしなかった。
それよりも目の前のカレーに夢中なのだ。
カレーを食べ終わったら、あ〜ちゃんはお風呂へ。
あたしは二人分の食器を洗って、あ〜ちゃんが出てくるまでテレビを見てた。
「あ〜ちゃーん。ハンドクリーム塗って〜」
「あぁ。忘れとったw」
「えぇ〜。忘れないでよw」
「ごめん。ごめん」
「あーそこじゃないでしょ。あ〜ちゃんの席はこっちw」
「はいはいw」
横に座ろうとしたあ〜ちゃんを、あたしは自分の前に座らせた。
あ〜ちゃんの肩にあごを乗せ、両手を前にヒラヒラと伸ばす。
「お風呂上りのあ〜ちゃんはさらにいい匂いがする〜」
「そう?」
乾かしたてのあ〜ちゃんの髪に顔を埋める。
「うん。チョーいい匂い」
伸ばした手があ〜ちゃんの胸を軽く触れた。
「おっぱいも相変わらずやらかい」
あ〜ちゃんのうなじに軽く唇を落とす。
「ん・・・のっちぃ」
そうするとあ〜ちゃんは甘い声を出す。
「あ〜ちゃん、シよ?」
あ〜ちゃんの耳を舐めながら囁く。
「あ、、んん・・・ハンドクリームは?」
「終わった後でいいw」
あたしの両手は気付いたら、あ〜ちゃんのパジャマの中に入ってた。
後ろから抱くのも悪くないねって言ったら、あ〜ちゃんにすごく嫌な顔された。
「えっ・・・。ダメだった?」
「・・・ダメじゃないけど、なんか好きくない!」
「そうなん?だって、いつもみたいに濡れてたけど・・・」
「もー、なんでのっちはいっつもそう直接的に言うん!!アホ!!」
あ〜ちゃんは拗ねてベッドに潜り込んでしまった。
「ごめんごめん。もうしないから、理由教えてよ?」
ガバっと掛け布団を剥がすと、ちっちゃくうずくまってるあ〜ちゃん発見。
「だって、のっち・・・優しくなかったんだもん」
「そう?」
「じゃけぇ。ちょっと強引だった」
「ごめんね。ひとりで先走っちゃった」
「ほんまよ。のっちのアホ」
「はい。すいません」
「ホンマに反省しとるん?」
「してます」
「ホンマ?」
「ホンマのホンマに反省してます」
「ふふ。ホンマじゃね。眉毛が下がっとるもん」
「許してくれる?」
「しょうがないけぇ。許す!!」
「じゃあ、ハンドクリーム塗ってw」
「あっ。忘れとったw」
ちっちゃくうずくまってたあ〜ちゃんが、もそもそと布団から出てきてくれた。
「ウインナーゆびさんがボロボロ〜w」
「ウインナー言うなw」
「のっちの手は頑張ってる手じゃね」
あ〜ちゃんはハンドクリームを塗ってくれたあたしの手を、愛おしそうに優しく握っていつのまにか寝てしまった。
あ〜ちゃん・・・あたしの手は今も荒れてるよ。またハンドクリーム塗ってくれる時はくるのかな?
最終更新:2010年05月17日 21:25