「あっ。この曲最近よくかかってるよね?」
うっせい。それよりも手動かせ。
「俺、結構好きなんだよな〜」
テメーの好き嫌いなんて誰も訊いてないんだよ。
「ボーカルの子可愛いよね」
バーカ、そんなんテメーに言われなくてもわかってるんだよ。
「えっと・・・なんて名前だっけ?アイちゃん?アッちゃん?」
テメー、可愛いって言っといて名前知らないのかよ。
「あ〜ちゃん!!・・・だよ」
「おっそうそうwあ〜ちゃん、あ〜ちゃん。なんかね、この近くに住んでるらしいよ?大本さん知ってた?」
「知らん」
「・・・大本さんって結構可愛い顔してっけど、なんか怖えーw」
キタガワ、いちいちムカつく野郎。
あんたに可愛いって言われても全然嬉しくねーよ。
「大本さん!!」
ほら、あんたのせいでまたあたしがオーナーに怒鳴られた。
こんな職場でよく一年以上も続けてるもんだ。
自分で自分を褒めてあげたいくらいだよ。
ほんと時が経つのは早い。
だってあ〜ちゃんがデビューして一年経つんだもん。
瞬く間にあ〜ちゃんはスターダムにのし上がってしまった。
お店でかけてるFMラジオから必ず一日に一回はあ〜ちゃんの歌が流れる。
デビューシングルはぶっちゃけそれほどまで売れなかったけど、サードシングルで大ブレイク。
日本はまだ終わってなかったみたいで安心した。
来月からファーストアルバムを引っさげて、全国ライブハウスツアーなんてもんをやっちゃうらしい。
最近はメディアの露出も増えた。
音楽番組以外にもチラホラ出るようになった。
あ〜ちゃんは可愛いし、頭良いし、それにトークスキルがめちゃめちゃ高いからTVにはもってこいの人材だったみたい。
今日もレギュラーのラジオ収録とTV収録があるって言ってた。
あ〜ちゃんが芸能人になった後もあたしたちは変わらず一緒に暮らしてる。
すれ違いの時間は増えたけど、なんとかそれなりにやってる。
それはお互いに努力してるからだと思う。
休憩中、お店の勝手口の外で缶コーヒーを片手に物思いに耽ってるところに携帯が鳴った。
あたしの携帯を鳴らすのはあ〜ちゃんくらいだから、ウキウキ気分でディスプレイを見たら違う人だった。
『・・・もしもし』
『のっち?元気?今電話大丈夫?』
『うん。ヘーキ・・・』
『てか、めっちゃテンション低くね?』
『だって、着信あ〜ちゃんだと思ったんだもん』
『えー!?なにそれ?酷くね?あたしで悪かったな!!』
『で、なんの用なの?木村さん』
『うわっ。この人早く電話終わらそうとしてるよw』
『だって、今休憩中だもん』
『あー、そうなんだ。じゃー早速本題に入るけどさ。なんで教えてくれなかったのよ!!』
『は?なにを?』
『あ〜ちゃん!!』
『あぁ。あ〜ちゃんね。ゲイノージンになっちゃったねw』
『まー、それもビックリしたけど、あたしこの前仕事でバッタリ会ったよ』
『仕事で?』
『うん。ほら、あたしヘアメイクの事務所じゃん?なんかね、今度のあ〜ちゃんたちのツアーのヘアメイクうちの事務所が担当することになったんだよw』
『木村さん!!』
『なんだよ?』
『なんでそういう大事なこと早く知らせてくれなかったの!!』
『えっ?逆ギレ?ウケるwなに?うちの事務所で働く気になった?』
実は前々から木村さんに誘われてた。人手が足りないんだって。
だけど拘束時間が決まってないから渋ってた。
『うん。働く』
でもあ〜ちゃんと一緒に働けるならそんなの関係ない。
『マジで!?』
『マジ。今日オーナーに退職届け出す!!』
『早っ!大本さん、ホンキっすか?』
『本気だよ!!』
『あんた、ほんとにあ〜ちゃんが絡むと人が変わるねw』
そりゃそうだ。
あ〜ちゃんはあたしの人生を変えてくれた人なんだから。
木村さんとの電話を終えると、あたしはコンビニにいって封筒と便箋を買った。
仕事終わりにオーナーに即席の退職届を突き出した。
さすがのオーナーもビックリしてた。
そりゃそうだ。この店も人手足りないもんね。
ざまーみろ。さんざんあたしを虐めてきたバツだよ。
あースッキリした。
なんだか身も心も軽くなった気がする。
「あ〜ちゃん!ただいま」
今日はあ〜ちゃんの方が帰り早かったみたい。
「おかえり〜。ごめん、先ご飯食べちゃったけぇ」
「ううん。いいよ。あっ、カツ丼弁当?」
「うん。今日、テレビ局のプロデューサーの人に頂いたんよ。なんかね、それめっちゃ人気のやつなんだって」
「わーい。カツ丼大好きw」
「じゃろ〜。これ絶対のっち好きじゃって思ったからもらってきたんよw」
早速カツ丼を電子レンジでチン。
あ〜ちゃんは気を利かせてくれてお茶を入れてくれた。
「あんね〜、あたしさ、モゴモゴ」
「もー、なにー?食べ終わってからしゃべりんさいよw」
怒られたからゴクンとカツ丼を飲み込んで喋った。
「仕事辞めてきた」
「は?、、、え・・・。これからどうするん?」
「あぁ。大丈夫。ちゃんと次の職場決めてるからw」
「そうなんじゃ。・・・よかった〜。さすがに今のあたしの給料でも二人分の生活費は足りんけぇ」
「わかってるよ。あたし、そこまでバカじゃないっつーの」
「で、どこで働くん?また、美容師?」
「実は・・・木村さんの紹介で同じ事務所に働くことにしたんだ」
「え・・・マジ?」
「マジ・・・てことで、来月からあ〜ちゃんと一緒に働けることになりましたーーー!!!」
「えぇぇぇぇ!!??」
こんな驚いた顔したあ〜ちゃん初めてみた。
なんか嬉しい。ニヤニヤしちゃう。
「これで一緒にいれる時間が増えるねw」
「のっちって、意外と行動力があるって忘れてたわ・・・」
「へ?」
「だって、高校生で海外に行っちゃう前科があるじゃろ」
「ぜ、前科って、犯罪者みたいに言わないでよ。それもこれも全部あ〜ちゃんへの愛の証でしょw」
「キモっ・・・」
「ヒドっw」
あれ、あ〜ちゃんの表情が浮かない感じ。
あたしがヘアメイクの仕事やるの嫌なのかな?
「・・・のっちだって、事前に報告してくれなかったけぇ」
あっ。
「ごめん。でもね、今日のお昼に木村さんから電話掛かってきて決めたから、、、」
「そうじゃね。仕事の話はあたしよりも木村さんとした方が話しやすいもんね」
あ〜ちゃんはプンっと、ほっぺを膨らませていかにもご機嫌ななめですよって態度。
ご機嫌ななめのあ〜ちゃんも可愛い。てか、なにしてても可愛いから困っちゃう。
「あ〜ちゃんは天職を見つけたじゃん」
「は?」
「だからあたしも天職を見つけたいんだよ。だから転職するの・・・って、シャレっぽくなっちゃったね。でへへ」
「なんよそれw」
「ふたりで頑張って、国民的バンドになろうねw」
「あんた、メンバーじゃないじゃろ。図々しいわ!」
「ぐふ。怒ったあ〜ちゃんも可愛いね。ゾクゾクする〜」
あ〜ちゃんのご機嫌を直してもらいたくてギュって抱きしめた。
「もー、変態。あっちいけ。シッシッ」
でもあ〜ちゃんに拒絶されて、思いっきり顔を手で押しやられてしまった。
「本気であたしがヘアメイクするの嫌なの?」
あまりにも嫌がってるから心配になってきちゃって訊いた。
「・・・そうじゃないけぇ」
「じゃあ、なに?」
「きっと集中できんと思う」
「集中?」
「仕事に集中できなくなってしまう気がするんよ」
「あたしがそばにいると?」
「そうじゃけん」
「あたしが気になって仕事が手につかなくなっちゃうってこと?」
コクって首を縦に小さく振るあ〜ちゃん。
見る見るうちに顔が赤くなってる。
そんな理由だったのかー!
うはは。嬉しくて、今絶対顔がにやけてるよ。
「もー、のっちのアホーーーー!!!」
あ〜ちゃんは照れ隠しのつもりかなんかわからないけど、あたしをポカポカ叩いてきた。
もうね、叩かれても全然痛くないんだわ。
あたしもあ〜ちゃんのこと愛してるけど、あ〜ちゃんも同じくらい愛してくれてるんだなってさ、感じちゃうわけよ。
翌日、早速事務所に挨拶に行った。
これであたしも来月のライブツアーのいちスタッフとして働くことになった。
ていっても、あたしは先輩の補助の見習いだけど。
それでもあ〜ちゃんと一緒にいられるんだから良しとしよう。
あー、来月が楽しみ♪うひひ。
あ〜ちゃん・・・今は仕事に集中出来てる?しててほしいな。あなたを集中出来なくするのはあたしだけであってほしいから。
最終更新:2010年05月17日 21:42