(side.A)
のっちの雰囲気がおかしい。
ゆかちゃんに、<彩乃>って呼ばれた瞬間から。
まるで…ゆかちゃんを壊して、自分だけのものにしようとするみたいな…。
そんな激しい独占欲が、のっちを突き動かしてる。
…のっち……
………
後ろに倒れそうになるゆかちゃんを、のっちが抱き寄せる。
のっちの激しい衝動を全て、その華奢な体で受け止めてしまったゆかちゃんは、もう気を失っていて…。
大事な大事な宝物を抱くように、力の抜けたゆかちゃんの体を強く…強く、抱きしめるのっち。
「っはぁ…はぁ…」
のっちの呼吸はすごく荒くて。
見ているこっちが、大丈夫か心配になる程だった。
でも当ののっちは、そんな事気にする様子もなく…
「…愛してる…有香…」
荒い呼吸を繰り返しながら、気を失っているゆかちゃんにそう囁くだけだった。
…<怖い>と、思ってしまった。
何かに取り憑かれたように、ゆかちゃんを強く抱きしめるのっちを。
「…っ…」
…恐怖によるものなのか…目が潤んでくる…。
こんなのっちを見たくなくて…零れそうになる涙を堪えながら、元ののっちに戻ってくれるよう祈りをこめて…名前を呼んだ。
「のっち…?」
のっちが振り向く。
(っ…)
振り向いたのっちの瞳は、とても暗くて。
まるで、海の底のような…そんな、深い黒を宿していた…。
「…おいで…?」
のっちの右手が、私へと差し伸べられる。
…頭の中で、危険信号が点滅している…
『今ののっちに近づいてはいけない』と、私に警告してる…。
『近づいたら、何かが変わってしまう』と。
それなのに…
「…綾香…」
のっちに、<名前>を呼ばれただけで…
それだけで…
私は…警告なんてそっちのけで…のっちへと…近づいてしまうんだ…。
………
「あっ…ふぁ、ぁっんんっ…っ」
のっちの手が、唇が、私の体を這いまわる…。
『危険』だってわかってるのに…私はのっちに、抗えない…。
のっちの黒い衝動を、甘んじて…受けてしまう。
私の中に埋められたのっちの指が、考えることを放棄させる。
「ぁ、んっ…っ、はぁ…ぁっ」
私はもう…はしたない喘ぎ声を出す事しか、出来なかった。
のっちの指は、私の<気持ちいい所>を的確に責めて来て。
あまりの快感に、私の頭の中は白く…混濁してくる…。
「…あたしの名前、呼んで…?綾香…」
のっちに耳元で囁かれる。
のっちの私の名前を呼ぶ声は甘く優しくて…。
「あや、の……っ」
白くなった頭は『危険』の事なんてすっかり忘れて…のっちが求める通りに、私は名前を呼んでしまっていた…。
「…綾香…」
少し体を離して、のっちが私と目を合わせる。
「綾香も……壊してあげるね…?」
どこまでも暗い瞳で…
「あたししか、見えなくしてあげる…」
のっちは…そう、私に囁いた…。
………
『のっちしか見えない世界』…
それは…ある意味、幸せなのかも知れない…
………
「っんぁぁっ…っ!!」
のっちの指が、激しさを増した。
確実に、私を壊そうとしている…っ。
「あっあぁっ、んっ、ぃ、やぁぁ…っ!!」
「…い、や…?」
のっちの瞳が私に向けられて。
「…いやじゃ、ないよね…?…あたしの事、愛してくれてるよね…?」
そう問い詰めるのっちの瞳はどこまでも暗い。
暗すぎて…<本当ののっち>がどこにいるのか、私にはわからなくなってしまった。
確かに私はのっちを愛している。
優しくて、温かくて、私を守るように包んでくれるのっちを。
…でも、<今ののっち>は、私の知ってるのっちじゃなくて。
…私は、どうすればいいんだろう…
…どう答えれば、貴女は元に戻ってくれるの…?
「っ…!!」
答えられない私を見て。
のっちは唇を強く噛んだ。
…血が…滲んでいる…。
「…なんで…なんで答えてくれないの!?」
癇癪を起した子供のように。
「あたしの事、愛してるんでしょ!?」
抑えきれない怒りを私にぶつける。
「なのに…なんで…っ!?」
のっちの指はとても乱暴で。
(…っ…)
上手く行かないパズルを壊すように。
「ぅ…っくっ、はぁ…う…っ」
私も壊そうとしている。
いっそのこと、壊れてしまいたかった
愛していると告げて…愛している人の手で壊されて
他の事なんて何も考えず、ずっとずっと…貴女だけを見ている…
そんな世界も良いのかもしれない
でもなぜか
「ぅん、んっ…あ、はぁ…ぁぁっ」
貴女がどんなに私を壊そうとしても
「っふ、ぅ、ぁっ…ぁあ、っ」
私の心と体は
「っ、あぅ…っ、んぁぁあぁっ…っ!!」
壊れることを拒否してしまうんだ…
………
…頭の中は白いけど…私はまだ、<壊れていない>…。
でも体がすごく重くて、動けそうにない…。
のっちの肩に凭れたまま、荒い呼吸を繰り返す。
「……」
私の中に指を沈めたまま、無言で俯いているのっち。
「……なん、で…?」
……
「なんで…壊れて、くれない、の…?」
顔は上げない。
「…なんでなんでなんで……っ!!」
「…っっ!!」
再び動かされる指。
一気に意識を奪おうとする。
「こんなに、こんなに愛してるのに…っ!!」
私の体は、のっちの乱暴な愛撫にも敏感に反応して、大きく体を震わせてしまう。
(っ、さっきは耐えられた、けど…っ今度は…っ)
…私の体はもう限界だった。
気を抜いたら、本当にのっちに壊されてしまう。
「っは、あ、っぁぁ…っ」
でものっちの指は、そんなことお構いなしに私を追い詰めて。
(もう…無、理…)
私は…のっちに壊されてしまうんだ…
前みたいな三人には戻れないんだ…そう思いながら、意識を手放そうとした…。
その時、だった。
「ぅ…ぐっ、…愛し、てるの、に…っ」
(…っ!!)
俯いたのっちの頬を…
透明な雫が…
伝い落ちて行った…
(のっちっ…!!)
もう僅かしか残されていない力を、振り絞る。
「…ぅ…ぐ、っ…」
俯いたまま涙を流すのっちの頬を…
(…元に、戻って…のっち…!)
力を振り絞った右手で…
——パァン!!——
思いっきり、ひっぱたいた……
………
…手が、痛い…。
…のっちを叩いた右手が…。
人を本気で叩くのは、こんなにも痛いんだ…。
手も痛いけど…何よりも、心が痛いよ…。
「………」
私にひっぱたかれたのっちの顔は…驚きで硬直していた。
頬が、赤くなっている。
(痛そう…)
叩いたのは自分だと言うのに、赤くなった頬を見て可哀想に思ってしまって。
徐々に腫れてきている頬に、痛くないように、優しく手を添える。
「ぅ、あ…?」
視線が私に向けられる。
「…あ〜、ちゃ、ん…?」
私の事を<綾香>ではなく、<あ〜ちゃん>と呼んだのっちの瞳は、前と、同じ光が宿っていた…。
眉をハの字にしながら私の手ごと腫れた頬を抑えるのっちは…私が知っている<いつもののっち>だ。
「あ、たし…なんてこと…」
思い出したようにボロボロと涙を零すのっち。
何も言わず、優しく抱きしめてあげる。
「っ…うっ、ぐ…っ」
私にぎゅっとしがみついて、嗚咽を漏らす。
「ぅ、…あ、たし…っ」
手を頭に回して、優しく頭を撫でてあげる。
(わかっとる…わかっとるよ…のっち)
今は、何も喋らなくていいから…
泣きたいだけ泣けばいいんだよ?
私が、胸を貸してあげるから…
それで…泣きたいだけ泣いたら…
ゆかちゃんに、ちゃんと謝ろう?ね…?
………
(side.K)
「う…ん…」
…目を覚ましたあたしの目に最初に飛び込んできたのは…
土下座した、のっちだった…。
「…なに、してるの…?」
素直に聞いてしまった。
「ごめんなさいっ!!」
この頃、のっちによく謝られてるなぁ…。
って言うか、あ〜ちゃんは…?
「良かった…目、覚めたんじゃね!」
声があたしの上から聞こえる。
「え…っ」
首を少し動かすと笑顔のあ〜ちゃんが見えた。
……あたし、あ〜ちゃんに膝枕されてるわ…。
道理で柔らかい枕だと思った。
「痛いところとか…ない?」
「ん…ちょっと体が痛い、かも」
特に下半身が。
「本っ当に、すみませんでしたっ!!」
あたしの言葉を聞いてまた謝りだしたのっち。
ゴンッ
勢いあまって額を床にぶつけている。
「〜〜っ!!」
額を押さえて、うぐぅ…、と唸りだした。
…何やってるんだか…まったく…。
あ〜ちゃんの心地良い膝枕から体を起こして。
「のっち…?」
「ひゃいっ」
…気にしないでおこう。
「なんで、あんなこと、したの…?」
「ぅ…」
「すごく乱暴で…ちょっと痛かったし…。…ゆか、本当に壊れちゃうかと思ったんだよ?」
のっちは泣き出しそうな、すごく困った顔をしていたけど。
話す決意をしたのか、少しずつ、口を開きだした。
「あのね…黒い嫌な感情が、消えたと思ったんだ…」
「うん」
「でも、ゆかちゃんに触れてるうちに、頭がすごく熱くなって…」
「熱くなって?」
「それで…<有香>って呼んだら、<彩乃>って呼び返されて…」
「…うん」
「そしたら…最初とは違う黒い感情に襲われて…」
「…」
「ゆかちゃんを、壊したい、自分だけのものにしたい…ってそう思っちゃって…」
「…」
「気付いたら、ゆかちゃんのこと…めちゃくちゃにしてた…」
…スイッチを押したのはあたしだったんだ、やっぱり。
<有香>って呼ばれたのが嬉しくて…。
だから、あたしも<彩乃>って呼び返した。
でもまさか…それで気を失うまで責められるとは思ってなかったよ。
「…反省、してる…?」
「してます…」
「…あ〜ちゃんは?大丈夫だった?」
心配そうにのっちを見守っていたあ〜ちゃん。
「あ〜ちゃんは大丈夫よ!…もうちょっとで危なかったけど、ね」
キッ
「ひぃっ…」
鋭い視線をのっちに向ける。
「のっちあんた…ゆかだけじゃ飽き足らず、あ〜ちゃんまで壊そうとしたの!?」
「ごめんなさいぃ〜…!!」
「まぁまぁ、ゆかちゃん…あ〜ちゃん大丈夫じゃったから…」
「…あ〜ちゃんがいいなら…別に良いけど…」
まったく…ほんとうちの子は…
「のっち」
「…はい」
仕方のない子、じゃね…。
のっちに近づいて、向かい合うように腰を下ろす。
「心配せんでも…」
のっちの手をぎゅっ、と握って。
「ゆかは、全部…<のっちのもの>なんだよ…?」
「っ」
「ゆかの全部…心も体も、何もかも…全部、<のっちの>」
「ゆか、ちゃん…」
頬を赤く染めるのっちが、すごく可愛くて愛しい。
「だから…」
「…」
「…壊すなら…今度はもっと…」
「…っ」
「優しく…壊して…?」
「…う、ん…」
頬どころか、顔全体が真っ赤になっている。可愛い…。
「ゆかの言ったこと、わかった…?」
「…わかった」
しっかりあたしの目を見つめて頷いた。
「じゃあ、約束…」
「…?」
「のっちが出来る…一番、優しいキス、して…?」
「ぁ…う、ん」
のっちの手が、あたしの肩にかかる。
…少し、震えているのっちの手。
(…もう、らしくないなぁ…)
「のっち」
「?」
のっちの震える手に、あたしの手を重ねる。
「…ゆかへの素直な気持ちを教えて欲しいの。…ね?」
「…うん」
コクン、と頷くのっち。
手の震えも止まったみたい。
あたしの頬に手を添えて…
「…ゆかちゃん…」
いつもの甘い声であたしの名前を呼んで…
「ん…」
のっちの優しさが全部詰まったような…とても甘くて優しいキスを、のっちはあたしの唇に落としてくれた…。
「今回はこれで許してあげるけど…今度痛いことしたら、のっちの事…嫌いになるからね?」
「もう絶対しないよ!…ゆかちゃんが望まない限りは」
あたしが望む時ってあるのかな…?
…まぁ、いいか…。
………
「で?一つ気になってたんだけど」
「何?」
のっちの頬を指さして。
「何で、のっちのほっぺた…すごい腫れてるの?」
「あぁ、これは…あ〜ち」「転んだんだよね?」
のっちの声を遮るあ〜ちゃんの声。
振り向くと、ものすごい笑顔でのっちを見ているあ〜ちゃん。
「え…」
「こ・ろ・ん・だ・ん・だ・よ・ね?」
「…はい。…転びました」
転ぶって…家の中で?
って言うか、あ〜ちゃん何か怖いよ?
…あたしが気を失ってる間に『何か』があったみたいだけど…触らぬ神に祟りなし。
触れないでおこうっと。
「そういえば…のっち?」
何かを思い出したかのようなあ〜ちゃん。
「なに?」
「あのね、その…ゆかちゃんの罰ゲームの時なんじゃけど…」
「うん」
「あ〜ちゃんの後ろで何か呟いとったじゃろ?」
「え?……あぁ、あの時かな」
「あれ、何言っとったん?」
「あれは〜…言いたくないなぁ…」
気まずそうなのっち。本当に言いたくなさげ。
「のっち…あ〜ちゃんがチューしてあげるから、教えて?」
「わかった」
早っ。
「あれはね…あ〜ちゃんがすごく可愛すぎて…」
「うん」
「すごく甘い声でおねだりとかされちゃって…」
「…うん」
「のっち我慢できなくて襲いかかっちゃいそうだったんだ」
待て…とっくに襲いかかってたよね?あたしの目の前で。
「でもね、のっちはあ〜ちゃんに自分で動いて欲しくて」
「…」
「襲いかかるのを我慢しなきゃいけなくて…」
「…それで?」
「それで、何か自分を抑制する言葉を考えて」
「うん」
「それを呟いてたの」
…。
「何て?」
「…言いたくない…」
「…チュー」
「言います」
…何なんだろう、この会話…。
「…ヤ…」
「や?」
「ヤスタカヤスタカヤスタカマジック…」
「「は?」」
「だ、だからぁ…ヤスタカヤスタカヤスタカマジックって…」
どんどん声が小さくなって最後は聞こえないくらいの音量だった。
「「「……」」」
…。
「のっち…」
「…はい」
「あんた、どんだけアホなん?」
「…アホって…」
あ〜ちゃんの会心の一撃。
…でもこれは…本当にアホだ…。
ごめんのっち…あたしでさえもフォロー出来ない。
「でも、でもでも…効果はあったんだよ!?」
まぁ確かに…黒い笑顔は戻ってたけど。
でもあんた…ヤスタカマジックって…。
…
…くっ…
…………
…っ………だめだ、堪えられないっ…噴いちゃいそう。
どうにか必死に笑いを堪えるものの、肩が震えてしまう。
「あんたねぇ…ヤスタカマジ」「ブハッ!!」
あたしに痛恨の一撃っ…
「もうだめ…っ!!っあ〜っはははははっ…!!!」
必死に堪えてたのにぃっ!
「「ゆ、ゆかちゃん…?」」
いきなり笑いだしたあたしに二人が呆然としている。
でも、無理…っ、止められないっ…!
「っあっははは…おなかっ…ははははっ…くるしいぃ…っ!!」
………
こうやって、この<黒いのっち騒動>は…
「あっはっ…だめ、止まんない…くふふははっ…」
あたしの大笑いで…
「はぁはぁ……くっくっ、あはは…」
幕を閉じたのだった……
END
最終更新:2008年10月12日 19:43