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それは今から10年以上前。
私が10歳。妹が6歳。
そして、ゆかが3歳になる、冬の話。


父親は病院の外科部長で、看護婦だった母親はとっくに他界した。
まだ妹が2歳の時だった。
小学校に通いはじめたばかりの私と、お手伝いさんと、毎晩妹をあやしては、父の帰りを待ち、母を恋しく思った。
真冬が近づいている。そんな季節だった。


いつものように妹と父の帰りを待っていた。
ちょうどその日は、まだ12月もはじまったばかりなのに、遠くの方から雪がちらついては体を冷やした。
次第に雨になっていく雪の中、父はその大きなコートを払いながら、私たちに告げた。


「お母さん、欲しくないか?」
「パパな?綾香と、彩乃と、パパのことも全部ひっくるめて愛してくれる人を好きになったんだ」


子供だった私は“新しいお母さん”が、嬉しくて喜んだのを覚えてる。


「ママは、許してくれるかな?」


あの時言った父の言葉。今なら少し、わかる気がする。



それからしばらくしたある日。
そう、あの日も雪が降っていて。妹と一緒に庭で空を眺めてはしゃいでいた。


「お姉ちゃん!あーちゃん!」


いつもより帰りが早い父の声に、当時“あーちゃん”と呼ばれていた妹と後ろを振り返った。
視界に入ってきたその女の人は、優しく笑って、
「綾香ちゃん、と、彩乃ちゃん?」
名前を呼んでくれたっけ?
その腕に小さな小さな、雪みたいに白い女の子を抱いて。


「寝てるの?」
「あれ?寝ちゃったみたい」


妹の手を離して駆け寄ってみると、抱かれてる小さな小さな女の子は、すやすやと眠っていた。


「…お母さん?」


今でも不思議に思う。自分が言った言葉なのに。
子供って、何かを感じるんだろうな。
不意に出てきた言葉に、大人たちは驚いた顔で笑ってた。


「お姉ちゃん、あーちゃん。新しいお母さんだよ」
「それと…有香ちゃん。仲良くな?」

「ゆかちゃんいくつー?」
「ふふ、もうすぐ3歳になるんだよ」
「そーなんだー。可愛いーね!」
「ありがとう。仲良くしてあげてね?」
「うん!いっぱい遊ぶよ!」


それは、父と、“お母さん”と、私。腕の中で眠っている有香。
新しい“家族”になった日だった。
ただ一人を除いて。


「あーちゃん、あーちゃん!かわいーよ!ゆかちゃんだって!ねー、あーちゃん!こっちおいでよー!」


三人で振り返り、後ろで立ち止まったままの妹に言った。
だけど、


「……お姉ちゃんになんか、なりたくない!」


背を向けて走っていく妹の後ろ姿が、雪景色の中消えていった。
それは、10年以上前の、冬の話。





最終更新:2010年11月06日 01:32