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久しぶりに家に帰ることになった本当の訳は、ゆかには話せなかった。


『どうしたん? 何かあったん?』
『んー…そういうわけでもないんじゃけど。…お母さん、心配、しとるし…。』
『ごめん、そうだよね…。お母さんのこと、大事にせんとね。』
『…うん。』


のっちは、ゆかの家族構成など、詳しいことは知らない。しかし、何らかの事情で家族と一緒に住むことの出来ないゆかの言葉は重かった。


段々日が暮れるのが遅くなっている。夕焼けを背にのっちは、自転車を漕いで久しぶりの我家へと向かう。
自転車をいつも停めていた場所へ置いてから、ドアを引く。何だか以前より扉が重くなった気がした。


「……っ、ただいま。」


低い声をわざと明るくしようとして息を吸えば、声が裏返りそうになる。水道の音が聞こえていたのが止まり、パタパタと聞きなれたスリッパの音と共に母親が現れた。


「彩乃!」
「ただいま…。」
「おかえり。ご飯、今用意するからね。」
「…お母さん!」


くるりとのっちに背を向け、再び台所へと戻ろうとする母を、のっちは呼び止めた。不思議そうに首を傾げた母が、のっちを見る。


「…あ〜ちゃん、何、て…。」
「何も言ってはくれないけど、毎日、彩乃の帰りを待ってるのよ。」


毎日のように、母から連絡があった。
のっちは、返事を返せば、家に帰って来いと言われると思っていた。だから、ろくな返信はしなかった。すると、昨晩、母から着信があった。留守番電話にしていたため、直接会話することはなかったが、ゆかがお風呂に入っているときに、メッセージを聞いた。


『あ〜ちゃんが、毎日、彩乃の帰りを待ってお家に来てくれているの。一度、家に帰ってきてほしい。』


その日は、眠れなかった。隣でゆかがすやすやと、気持ち良さそうに寝息を立てていても、全く眠ることなど出来なかった。それと同時に、浮かんだ気持ちは、何で、今更。





夕飯を終えて、暫くするとインターホンが来客を知らせる。ソファに沈んでいた身体を起こして、どたばたと音を立てて、玄関へと向かう。扉の前で今一度大きく深呼吸をしてから、ドアノブを押した。
扉を開けると、そこに立っていたのは、あ〜ちゃんだった。あ〜ちゃんの姿を見ると、自然と涙ぐむ最近の癖は、やはり直ってはいなかった。よく見ると目の前のあ〜ちゃんの瞳も、微かに潤んでいる。
のっちは、あ〜ちゃんを部屋へ上げた。約半年ぶりに、あ〜ちゃんが我家に上がった。


「相変わらず、漫画とゲームばっかじゃね。」


あ〜ちゃんとのっちが交わした最初の言葉だった。のっちは照れくさそうに「そりゃ、好きなもん変わってないもん。」と言った。


「のっちらしい。」
「そうかな。」
「そうだよ。」


視線を合わせることが何だか恥ずかしくて、お互い、視線を浮遊させるばかりだ。


「誕生日会、したよね。」
「あ〜ちゃんの手作りケーキ!」
「のっち、めっちゃ食べたよねー!」


思い出話が、ふたりの距離を縮める。自然と混ざり合った視線が、沈黙を誘った。


「………っ。」
「……のっち、」
「な、に?」
「こないだは、打ってごめんね。」


その言葉だけで、のっちの視界は一気にぼやける。歯を食いしばって、耐えることに精一杯なのっちは、応えることが出来ない。すると、静かに笑ったあ〜ちゃんが言葉を続けた。


「…あたしね、松本くんと別れたけえ。」


続けて発された言葉が、あまりにも衝撃過ぎてのっちは、あ〜ちゃんの姿をしっかりと捉えた。間抜けに開いた口からは、のっちに対する衝撃の度合いが顕著に窺える。


「何で…。」
「他に好きなひとが出来たけえ。」
「えっ。」
「…のっちのこと、好きになった。」
「あ〜、ちゃん?」
「あたし、のっちが好きじゃわ。」


それは、叶わぬ夢だと描いた、こと。





最終更新:2010年11月06日 02:57