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「のっち、開場は五時だからね。ちゃんと間違えないようにね!」
「おう!」
「じゃけぇ、先行っとるけぇ」
「おう!」
今あたしは昨日買ったばっかりのゲームソフトに夢中。
あ〜ちゃんへの返事も超適当だ。

「イダ。なんだよ〜」
そんなあたしに不満なのか、あ〜ちゃんは頭を叩いてきた。
「もう、そんなゲームばっかりする妻なら養ってあげんけぇ」
「あー、リコンは勘弁ですw」
「じゃけぇー玄関まで見送りんさいよ」
「オーケー。ダーリン(ハート」
「のっちの妻キャラちょっとキモい」
「えぇー、キモいって酷くね?最初にノッたのあ〜ちゃんじゃんw」
どうやらあ〜ちゃんのご機嫌は直ったみたい。
よかったよかった。

「今日ライブまでずっと家にいるん?」
「んー、そのつもりだったんだけど・・・」
「だけど?」
「昨日の夜、社長からメール入ってて事務所に来いって言われたんだ」
「えっ?なにそれ?クビ宣告?」
「わっかんないけど、、、ちょっとビビってる」
「ふーんまあライブには遅れないでよね?」
「それは大丈夫w」
「じゃあいってくるねw」
あ〜ちゃんはチュってホッペにキスをしてくれた。

「うひゃwのっちもしてあげるw」
「いい」
「なんで〜?」
「あんた絶対キスだけじゃ済まなさそうだから」
「ぶぅぅぅ」
あたしは口を尖らせたまま、あ〜ちゃんを見送った。




午後になってあたしは事務所に向かった。
着いても誰もいなかった。

なんだよ〜。
呼び出しといて、社長も誰もいないじゃんかよ〜。

「あっ!のっち」
あたしを呼んだのは木村さんだった。

「あれ?木村さーんwなんか久しぶりだね〜。元気?」
「・・・ん〜、元気といえば元気だし、、、」
木村さんの返事は妙に歯切れが悪かった。

「もしかして木村さんも社長に呼び出しくらったの?」
「・・・んー、まあそんな感じ?」
なんか今日の木村さん変だな。
心なしか顔色が悪い気がするし。

「おっ、またせちゃった?ごめんごめんw」
ほどなくすると社長が現れた。

「んじゃ、ふたりとも社長室に着て」
あたしたちは社長に促されるまま社長室に入った。

「大本・・・」
「はい、、、」
ヤバっ。いつもヘラヘラしてる社長が真面目な顔してる。
これってやっぱりクビ切りなのかな・・・?

「実はね・・・」
「は、い、、、」

「木村が妊娠したのだよ」
「はい、、、、へ?」

「へ?じゃないよw木村がおめでたなの!」
「え、、、えぇぇぇぇ!!??」
マジでーーー!?
木村さんが妊娠!
うわわっ。こんなに驚いたの久しぶり。

「そ、そんな驚かなくてもいいじゃんw」
隣の木村さんは照れてる。




「えっ?今日の呼び出しはそれですか?」
「そうだよw」
「あたしはクビじゃないんですか?」
「は?何言ってんだ?なに?クビにしてほしいの?」
社長はあたしがオロオロしてるのをニヤニヤして楽しんでる。

「でね、これを機に木村は退職することになってね」
「えぇ〜!?木村さん辞めちゃうの?」
「うん」
「そっか、、、」

「で、今木村が担当してる仕事をタカコに回そうと思って」
「タカコさんに?」
「そう。そんで、今のタカコの仕事を、、、」

はっ!
もしかして、あ〜ちゃんの担当をあたしに回してくれるとか!?

「斉藤くんにやってもらうことになったからw」

えっ?
なんで斉藤さん?
あたしじゃなくて?

「大本は引き続き、ミキの担当してw」

なんだそれ?
30秒前のあたしの期待を返してくれよ・・・。

「あの、、、出来たらタカコさんの仕事を回して頂けたら・・・嬉しいんですけど」
「いや〜ね?それは俺もそう思ったんだけど。ほら、お前あ〜ちゃんたちと友達なんだろ?」
「はいぃ」
「そう思ってね。俺も最初は先方に大本を勧めたんだよ」
「えっ。そうなんですか?」
「そうなんですよ。でも、なんでか断られたんだよね、、、お前なんか先方に失礼なことした?w」

えぇぇ?断られた?なぜに?
まさか、あ〜ちゃんと付き合ってることバレた?
いやいや、そんなことはないっしょ。ないない。

「いや、、、なんにもしてないはずですけど」
「ははは。冗談だって」
「はぁ、、、」
「そんな落ち込むなって。どうせ先方にオーケーもらっても、結局お前は担当になれなかったんだからw」
「へっ?どういうことですか?」
「ミキがお前のこと、えらく気に入ってるみたいなんだよw」
「はぁ、、、」
「ミキのマネージャーに、メイクの担当変わるかもって、ちょろっと言ったら全力で止められたんだw」
「はぁ、、、」
「今、担当変えられたらミキは仕事しなくなるから止めてくれだって。お前、相当ミキに気に入られてるなw」
「はぁ、、、」
正直ミキちゃんに気に入ってもらっても面倒なだけだから。
この間のチュー事件も、あ〜ちゃんに言えてなくて罪悪感があるのに。

「まぁ、これからもキミのご機嫌損なわないように頑張れ!」
「・・・頑張ったら、あ〜ちゃんの担当にしてくれますか?」
「それはミキ次第だなw」




マジっすか・・・。
なんかとっても希望が薄い気がするんですけど。

はぁっと小さなため息をついて社長室を出ると、木村さんが待っててくれた。

「なんか、色々ごめんね」
「別に木村さんが謝ることないのにw逆にめでたいことじゃん」
「そう言ってもらうと助かるw」
「彼氏のグチばっか言ってたけど、なんだかんだ言ってやることやってたんじゃんw」
「ははは。ねw」

なんか学生時代の友達が結婚・妊娠するのって、寂しいというか、ショックというか、複雑な気持ち。
みんなは大人になっていくのに、まだ自分は学生気分を引きづってるのをもろに感じる。
ひとり取り残された気分だ。
なんだろ。胸の奥の奥にすんごい小さなシコリが出来たみたい。

子供か・・・。
あたしたちには無理なことなんだよね。
あ〜ちゃんは特に子供が好きだから、余計にそう思っちゃう。
ヤベっ。急に切なくなった。
あ〜あ。これからあ〜ちゃんのライブなのに。

「式には呼んでよねw」
「お金貯めるまで待っててw」
「あ〜ちゃんにノーギャラで、てんとう虫のサンバ歌わせるからw」
「いつの時代の歌だよw」

木村さんと和やかな会話を楽しんでいたのに、また社長に呼ばれた。
「大本。お前これから横浜に行け!」
「な、なんでですか?」
「ミキが呼んでるんだよ」
「えっ・・・。でも、今日はどうしても外せない用があって、、、」
「あ〜ちゃんのライブだろ?」
社長、わかってんじゃん。なら、断っといてよね。

「そうです」
「ライブはまたあるだろ?今日はミキを選べ!」
「マジですか、、、」
「マジだ。お願いだ。正直な話、ミキんとこのプロダクションとパイプを持ちたいんだ」
「はぁ、、、」
「そのためには、お前が必要なんだ!」
社長にそんなこと言われても嬉しくないんだけど・・・。
ぶっちゃけ、あたしそんなに情熱もって仕事してるわけじゃないのに。
ただあ〜ちゃんと一緒に働けるかもって思って、この仕事してるだけなのに。
でもそんな必死な目で言われちゃうと、断れないんだよな。

「パイプを持ったら、あ〜ちゃんの担当にしてやる!ボーナスもたんまりあげるから、もう少し辛抱してくれ!」
「はぁ。わかりました、、、」
あーあ、自分で言うのもなんだけど、あたしってどんだけお人好しなんだ。




「木村さん。今日のなんだけど、よかったら行く?」
あたしはライブのチケットを見せる。
「これって、あ〜ちゃんのバンドのやつじゃん」
「そうなんだけど、あたし行けなくなっちゃってさw」
「いいの?」
「いいよ。きっとあ〜ちゃんの歌は胎教にいいと思うからw」
「じゃなくて。のっちが行かなくていいの?あ〜ちゃんもそれ楽しみにしてるんじゃない?」
「大丈夫だよ。あたしなんかいなくても、平気っしょw1万人のファンが待ってるんだから・・・」
「・・・じゃあ、のっちの分も楽しんでくるねw」
「おう!」

あたしは事務所を出て横浜に向かう為、電車に乗った。
駅のホームであ〜ちゃんのバンドのTシャツを着た子たちとすれ違った。

それだけで、なんだか泣きそうになった。

あたしはこれからなにをしにいくんだろう。
なんのためにするんだろう。

ミキちゃんのため?
社長のため?
あ〜ちゃんのため?
自分のため?

わけわかんなくなった。

こういう頭がめちゃくちゃになった時は、無性にあ〜ちゃんの顔が浮かんでくる。
あ〜ちゃんに会いたい。
会って広島弁で「大丈夫じゃけぇ」って言ってほしいよ。
ギュって抱き合いたいよ。

あたしは半べそになりながら、電車に乗った。

あ〜ちゃん・・・あなたのために、早く辞めとけばよかった。気付くのが遅かった。




最終更新:2010年11月06日 03:07