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「おはようございます」
「・・・おは、、、ようございます?」
メイクルームに入ると知らない男の人がいた。
歳は30代後半くらいで今着てるネルシャツがよく似合ってて、優しい雰囲気の人。

で、どちらさま?

あたしがきょとんとしてるとその人が近付いてきた。
「初めまして。今度からヘアメイクを担当することになりました斉藤です」
「あ、初めまして。西脇綾香です。・・・あれ?じゃあ、タカコさんは?」
「あぁ、ちょっと社内の異動で担当を外れることになったんです。知りませんでした?」
「はい。初耳です・・・」
「そうですか。マネージャーさんには伝えてあったはずなんですが・・・」
「もっさん!そうなん?」
あたしは他のスタッフさんと話してるもっさんに問いかけた。

「あぁ、ごめん。他のメンバーには言ったんだけど、あ〜ちゃんに言うの忘れてた」
もっさんは悪びれもせず、ケロっと答えた。
もう、冗談はその金髪だけにしてよ。

「あっ!あ〜ちゃんwおはよ〜」
タカコさんだ。

「タカコさ〜ん。もううちらの担当じゃなくなるん?」
「そうなの。本当はあたしも続けたかったんだけどね、、、」
「えー、なんか寂しいな。もうタカコさんに会えなくなっちゃうんかぁ・・・」
「はは。平気平気。仕事では会わなくなるだけで、今度からは友達として会えばいいでしょ?」
「あっ!そっかw」
「そうよ。ほら、リハでしょ?いっといでw今日で最後だから今までで一番綺麗にしてあがるからw」

リハを順調に終えて、軽くご飯を食べて本番の準備に取り掛かる。
楽屋の時計の針は5時を少し過ぎたところ。

のっち、着いたかな?
でもきっといつもみたいにギリギリなんだろうな。

あたしはライブに集中するために、音楽を聴いてるんだけど、頭の中はのっちでいっぱいだった。

きっとのっちが思ってる以上に、あたしはのっちのこと大好きなんだと思う。

だってのっちが会場にいるって思っただけで、こんなにソワソワしてドキドキしてワクワクしてるんだもん。
付き合ってずいぶん経つけど、未だにのっちにドキっとするし、キュンとする。
一緒にいる時間が長くなるにつれ、好きな気持ちが大きくなっている気がする。




開演10分前。
いつもならのっちからの着いたよメールが来る時間なのに。
今日はまだ着てない。
おかしいなって思ったけど、どうせのっちのことだから携帯忘れたか、充電が切れちゃったのどっちかだろう。
あたしはそんなに気にせずに楽屋を出た。

周りのスタッフさんに応援されながら、あたしたちはステージに立った。

ワンマンは武道館以来だったから興奮した。
ここにいる人たちは全員あたしたちのライブを見に来てくれたって思うとひどく興奮した。
あたしはみんなに楽しんでもらおうと必死に歌った。

のっちにもあたしの歌届いてる?

余裕が出てきた中盤、あたしはのっちがいるであろう席に目を向けた。

ゆかちゃんを見つけた。
あたしは手を振る。
向こうも気付いたらしくて振り返してくれた。
けれど、ゆかちゃんのとなりにいるはずの人はいなかった。
いたのは、なぜか木村さんだった。

なんで?

あたしは一瞬頭が真っ白になって、歌詞が飛んでしまった。
歌詞が飛ぶなんて今までなかったのに。
のっちがいないってわかっただけで、あたしはこんなになっちゃうの?

きっとあたしが思っている以上に、あたしはのっちに依存しているんだと思う。

「あ〜ちゃんが歌詞忘れるのって珍しいね?」
本編が終わり、衣装を着替えてるところで、あっこちゃんにそう言われた。
「あぁ、ごめんね。なんかスポーンと抜けてしまったんよw」
「まー、こんだけ広い会場だもんね。あたしもチョイチョイ間違えたしw」
えっちゃんがフォローしてくれた。

アンコールの3曲を歌っている間も、のっちを探したけど結局姿は見つからなかった。




楽屋に戻ると、携帯にメールが入っていた。
のっちからのメール。

『ごめん。急に仕事が入ったから、行けなくなった』

それだけ?
なんかもっと書くことあるんじゃないの。
すごく事務的な内容でガッカリだよ。

あたしは返信をせずに、打ち上げも早々と切り上げて家に帰った。
夜の11時を回ってるのに、家の電気は付いてなかった。
のっちが帰ってきてない証拠。

部屋を真っ暗にしてベッドに潜り込む。
いつもならどんなに遅くても、起きててのっちの帰りを待つのに、今日はそんな気分になれなかった。

ミキちゃんと一緒にいるんじゃないの?
ねぇ、それって仕事なの?

あたしの中の最近芽生え始めた不安の種がどんどん成長している。

「ただいまぁ」
日付が変わった頃、のっちがやっと戻ってきた。
あたしはおかえりも言わず、ベッドに潜り込んだまま。

のっちはずうずうしくベッドの中に入ってきた。
横向きに寝てるあたしの背中からのっちの体温が伝わる。

「事務所に行ったら社長に仕事押し付けられちゃったの。一応断ったんだけどやっぱり無理だったんだ」

なんで言い訳から入るの?

それに前から言ってるでしょ。
ベッドに入る時はちゃんとパジャマに着替えてからだって。
お酒と煙草の臭いをつけてきてるし。
最低。

「ライブ行けなくて、、、ごめんね」

のっちの腕がずうずうしくあたしのおなかに回ってきた。
のっちの唇がずうずうしくあたしの首筋に這ってきた。
のっちの手がずうずうしくパジャマの中に入ってきた。




誤魔化さないで。

そういう風に流して、次の朝には何もなかったような顔するんでしょ?
仲直りした、って自己満足するんでしょ?

今日はそれで誤魔化されるのは嫌だから。

「やめて」

のっちはあたしのいつもと違う声に敏感に反応して手を引っ込めた。

「っ、これも仕事だったんだよ?ねぇ、わかってよ・・・」
小さく小さく呟くのっち。

わかってる。
わかってるけど。
わかりたいけど。
あたしはそんな理解が早い脳みそはもってない。

朝、起きるとのっちはもういなくて代わりに置手紙があった。

『おはよう。

今日は朝早く出るから、起しちゃ悪いと思って寝かしといたよ。

朝ごはんつくっといたからよかったら食べて。

7時には帰るから一緒に夕飯食べよう。

あ〜ちゃんの好きなフルーツ買ってくるから待ってて

じゃあ、いってきます。ダーリン(ハート

妻より(笑)』

のっちのあの独特な字と文章に免じて今回は水に流そう。
しょうがない、今日の夕飯はカレーにしてやるか。

あたしはカレーを作ってのっちの帰宅を待っていた。
けれど、約束の7時には帰ってこなくて。
着たのは事務的のメールが一通だけ。

『ごめん。7時に帰れなくなっちゃった。先、食べてて』

帰ってきたのは、また日付が変わる頃。

これの繰り返し。

あたしは見えない何かに押しつぶされそうになってた。
気付けば、同じ部屋に住んでるのにほとんど顔を合わせない状態が続いてる。

のっち・・・その仕事はあなたがやりたいことなの?なんのために、そこまでして頑張ってるの?






最終更新:2010年11月06日 03:18