ゆかの後ろ姿は、思いのほかのっちにダメージとして残った。授業中、残像が頭から離れない。そうかと言えば、昨日のあ〜ちゃんの告白が浮かび、のっちの頭の中は、てんやわんやしていた。のっちは、自分でもよくわからなくなっていた。


授業が終わり、いつも通り足早に教室を出る。歩いて行くも、向かおうとしている先が急に分からなくなった。
今日、ゆかと一緒に帰るのか、分からない。制服のポケットから携帯電話を取り出して、ゆかに掛ける。しかし、聞こえてくるのは、無機質な機械音だけで、電話が、ゆかに繋げてくれることはなかった。
仕方なく、のっちは自転車置場へと向かう。とぼとぼと、足取りは重く、感じるのは、孤独感。


「のっち!」


呼び止められて振り向くと、そこには、手を振りながら駆けてくる、あ〜ちゃんの姿があった。


「どしたん?」
「今日、委員会ないけえ、一緒に帰ろうと思って。…大丈夫?」
「うん! 今日ちょうど何も用事なかったんよ!」
「ならよかった。一緒に帰ろう。」


のっちの予定を控えめに尋ねたあ〜ちゃんは、のっちに何も予定がないことがわかると、何の躊躇いもなく自転車のうしろへと座った。やっぱり、あ〜ちゃんは自転車のうしろが似合う、のっちはそう思った。自転車を漕ぐわけでもなく、誰の隣で手を繋ぐわけでもなく、自転車のうしろが似合う、と。


「のっちぃー、クレープ食べて行こうよー。」


今朝より、実質的には重くなった自転車も、軽く感じてしまうのは、のっちの気分の違いだろう。あ〜ちゃんがいるだけでのっちの心は晴れる、それは出会ったころから、ちっとも変わっていない。
以前の寄り道コースだった、あ〜ちゃんのお気に入りのクレープ屋さんへと自転車は向かう。ひとりだと来ることないこの道に、のっちは、あれから通ったことがなかった。


「んーっ、やっぱりここのクレープは最高じゃわ。」


甘いものを頬張る姿は、あ〜ちゃんがよく似合う、と、のっちはいつも思っていた。しかし、ゆかだと想像出来ない。ゆかには、生活観が感じられなかった。
クレープ屋の前に設置されたベンチに2人して腰掛けながら、頬張る。ちらほら他校の制服を着た、学校帰りの女の子のグループや、夕飯の材料を買って買い物袋を提げた主婦などの姿が見える。


「もー、のっち、生クリームついとるよ。」
「え、どれ?」
「ほら、ここ。」


あ〜ちゃんの人差し指が躊躇いもなく伸びて、のっちの唇の端についた生クリームを拭ったかと思えば、今度は、あ〜ちゃんの指に付着した生クリームを、あ〜ちゃんはぺろりと舐めた。その仕草が、あまりにも自然で、のっちは妙にドキドキした。すっかり以前のように戻った2人の関係は、また、のっちの胸を躍らせる。


クレープを食べ終わると、再び自転車の旅が始まる。ゆらゆらと自転車を漕ぎながら、ぽかぽかした気候に包まれて、自然とのっちの心情も穏やかになる。






「ねえー、のっちー。」
「ん?」
「“ゆかちゃん”とは、どーなん。」


耳元から聞こえた、“ゆかちゃん”の名に、のっちの心は、これでもかというくらいに、動揺した。車体は大きくふらつき、必死で反対方向にハンドルを切り返した。ちょっとー、危ないじゃろ! というあ〜ちゃんの注意の声さえも、届かないほどに動揺した。


「どうって、」
「付きあっとるんじゃろ?」
「…えっと、」
「のっちは、“ゆかちゃん”が好きなんよね?」


次から次へと振ってくる質問に、のっちの脳内はパンク寸前だ。


「ごめん、ちょっと止まるわ、」
「えっ?」


自転車は人通りの少ない高架下に入ったところで、急停車した。そのために、またも車体は大きく揺れた。のっちは自転車から降りて、自転車を停めると、あ〜ちゃんの前に立つ。昼間でも薄暗い高架下だが、夕暮れ時になると橙の光が差し込んだ。


「あたしも降りる、」
「あ〜ちゃんは降りなくていーから。」
「なんで、」


あ〜ちゃんがなんで、と言ったときには、のっちはあ〜ちゃんの腹部に抱きついていた。抱きついたのは、いいものの、押し付けた身体には、あ〜ちゃんの豊満な胸と、くらくらするような甘い香りで、息が詰まる。幸い、人通りの少ない高架下。2人の他に誰もいない。


「……言ってなかった。」
「のっち…?」
「ずっと、ずっと、好きだった、」

「あ〜ちゃんのことが、出会った頃からずっと、大好きだったんだよ…っ」


3年越しの告白は、弾けるように、のっちの心から溢れ出た。耳元でしっかりとあ〜ちゃんに届くように、強張った身体は震えて、抱きしめる腕は自然と力む。これもこれも、全て、あ〜ちゃんだから。いつだってのっちの心を揺さぶるのは、あ〜ちゃんだった。


「あ〜ちゃんが好き、だいすき…。」


半ば、のっちは投げやりだった。やっと伝えれた、という満足と、伝えてしまった、という後悔。届けたいと願っていたのも事実。このままを願っていたのも、また、事実だった。次第に声も奮え、あ〜ちゃんの身体をしっかりと捕まえているこの瞬間さえもが、現実味がない。


「のっち、顔上げて?」


のっちの頬にあ〜ちゃんの右手が触れる。顔を上げると、いつか見た、情けないあ〜ちゃんがそこにはいた。だけど、そんなあ〜ちゃんを見ていると、のっちは安心した。


「あ〜ちゃんも、のっちがだいすき。」


のっちの頬を挟むように捉えた両手も、近づいてくる顔も。どれも現実味がない。けれど、控えめに唇に触れた柔らかい感触だけが、のっちに、ホンモノだと、そこにいるのは確かに、想い続けたあ〜ちゃんであると、感じさせた。






最終更新:2010年11月06日 03:20