何とかゆかに連絡がとれないものか、のっちは頭をフルに回転させて考えた。そして、濡れた衣服に、ずっしりと重みを持たせているものの存在に気付く。携帯電話だ。幸い、こんなにも身体と衣服が濡れていても、ポケットの内部まで雨は染み込んでいなかった。のっちは濡れた手でポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出した。焦っているせいか、指先が思うように動かない。ゆかの番号は、履歴からすぐに見つかるはずなのに、それが出来ない。のっちの苛々は加速する。
やっとのことで通話ボタンを押すと、ゆかを呼ぶ。3コール鳴ったところで、ゆかは出た。思いのほか早く電話が繋がり、のっちは動揺した。
『…はい。』
ゆかは、いつもの高くて可愛らしい声ではなく、少しトーンを下げた声で返事をした。
「…ゆかちゃん。」
『…なに?』
のっちの声も震えていた。ゆかは、全て悟っているかのような、落ち着いた声色で話す。のっちは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「松本くんから、聞いたんだけど…っ。」
『……。』
のっちが、勇気を振り絞って言った言葉に、ゆかは無言という答えを出した。のっちは、更にゆかを問い詰める。
「何で、あたしと、あ〜ちゃんを、引き離そうとしたの。」
『…ちがうんよ。』
「何が、違うん…!?」
ゆかの冷静な対処に、のっちの声は次第と荒くなる。のっちは、信じたくなかった。信頼していたゆかが、自分と好きな人を引き離そうとしていたなんて。
『のっち、お願いだから聞いて。』
「聞きたくないよ、ゆかちゃん! ゆかちゃんだけは味方だと思ってたよ!」
『だから違うんよ、ゆかは、』
「なに? なんなの? ゆかちゃんもアイツとグルだったってことでしょ! 2人してのっちが、同性のあ〜ちゃん好きになったから笑ってたんでしょ! ただでさえ苦しい恋だったんだよ! なのにっ…。」
のっちは濡れた髪の毛を掻き毟りながら、その場にしゃがみ込む。マンションのエントランスから、降り続く雨が見える。次第に雨足は強まっていく。ゆかは、のっちに圧倒されて何も言い返すことが出来ない。
「……全部、嘘だったの…?」
ぼろぼろと顔を伝う水滴は、雨ではなかった。
『のっちに嘘ついたことなんか…っ。』
ゆかは、言いかけて止める。それがのっちには、全てが嘘だったと感じることしか出来なかった。のっちは、静かに聞いた。
「…あの言葉も嘘だった?」
『あの言葉?』
「しあわせだった、ってやつ…。」
『楽しかったよ、しあわせだったよ、ゆか、しあわせだったんよ。』
『次は、のっちがしあわせになる番だね。』
ゆかの脳裏に一瞬でフラッシュバックする。のっちと恋人ではなくなった、あの屋上付近の階段での出来事。ゆかは、慌てて言葉を繋ぐ。
『違う! 嘘じゃない…。』
「ゆかちゃん。」
『なに…。』
ゆかは、のっちの言葉を待った。縋るような思いで、待った。のっちは静かに、残酷に言った。
「ばいばい。」
ハッとしてゆかは言う、
『待ってのっち! ゆかは、ただ…っ』
「ばいばい、ゆかちゃん。」
それだけ告げると、のっちは、電話を切った。携帯電話を耳元から離すと、ただ呆然と、降り続ける激しい雨を眺めていた。
最終更新:2010年11月06日 03:49