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横顔は窓から差し込む光のせいで影になっていて、表情をちゃんと見せてはくれなかった。
その窓から少し離れたリビングでソファに腰掛けたその人は、向かいにある真っ黒いままのテレビに向かって淡々と話し出した。
「面白い音だったんよ」
それはさ、少しずつ少しずつ凍っていって、上に積み上がっていって。
氷の山みたいになっていったんよ。
高く。たかーく。
でも、それがね、ある日折れたんよね。
ぱき、って。
氷山とかってさ、すごい音立てて崩れるじゃろ?
でも、ぱき、って鳴ったんよ。軽く。
そんな音じゃった。
「…何が?」
リモコンを持っているのにスイッチを押さずにぷらぷらさせている手からまた顔に視線を移す。影が強い、色。
その唇から発せられる話に主語が無い事はよくあるけれど、本当に見当もつかないその話し振り。でも逆光のせいで表情が見えないから、ふざけているのかボケているのかよくわからない。
そしてその唇はそんな私の気持ちを乗せた反応も無かったかのような口調でまた淡々と一言、言葉を繋げた。






「こころがおれたおと」






じわり、と背中に広がったものは汗だったんだろうか。
それとも、淡白な口調には似合わない程に甘く広がった笑顔を見て感じた何か、だったのか。




散らばった本や雑誌はあの子が作った山、を彼女が崩してしまったから海のようになったのだろう。
テーブルの周りに不自然にばらまかれている所に座り込む彼女のワンピースの裾はお花みたいに綺麗に広がっていた。
そこは、光の差し込む、場所。
見えた彼女の表情はうまく表現し辛くて、言えば多分、無表情という言葉に近いんだろう。
私は何とも声をかけきれず、とりあえずは彼女の周りで漂っている本を拾い上げていった。
あの子の好きなアーティストのインタビューが載っている雑誌。落書きがたくさんされてる大学の本。
…私が拾っていった全てには確かに持ち主を感じられるのに。
この部屋からは、その温度を感じる事ができなかった。






「かしゆかは、冷たいアイス乗っけたあっついホットケーキみたい」
「…何なん、急に」
「んー?何となく思った」
「変なの」
「ねぇ、ゆかちゃん」
「なんですかー」
「…のっちはさ、大好物になれてたのかなぁ…?」






曇り空を見上げた、横顔。
それがあの子と私の最近のまともな会話だった。
私から見て右で髪を分けてるあの子は左に座っていた。
不意に吹いた、強めの風。
さらさらとなびく髪が余計に顔を隠していく。
その前に見えた、瞳は、口元とは逆で。
全然、笑ってなんかなくて。






ああ…この時に何か気付けてれば良かったのかな。
あの子の表情を真正面から、一度でも見る事ができてれば良かったのかな。





「…のっち、は…?」
不意に広がった波紋のような声で我に返る。
未だに動きのない緩やかな花の上で、紡ぎ出される掠れた声。
ざあざあと朝から降り続く雨の音にかき消されてしまいそうな程に小さい声を発した彼女の体は。
ぐっと握られた手が、震えていて。
「あ〜ちゃん…?」
まるで、その海に、山に。
「どこに、おるん」
大きな大きな。
「あ〜ちゃ」






地響きを、起こすように。






「どこにおるんよ!!」






轟音、と共に雨の音が一瞬、消えた。
何で、と繰り返しながら続く拳の震動に耐え切れずに、テーブルの上にもあった山がいくつもの音を立てて崩れていく。
大きく、大きく。
「何でっ……何でっ!?」
「……」
ねぇ、どうして。
こんなにも崩れる音は大きいのに。
震動は強くて、体も震える程なのに。
折れる、なんて嘘だよ。
こんなにも痛かったはずなのに。
大きな音で、すごく痛かったはずなのに。






私は…何もしてあげられなかった。






雨の音が、戻ってくる。
私はいつの間にか同じように本の海に座り込んで、一瞬にしてしおれてしまった花に手を伸ばしていた。
震えながらもあの子を呼ぶ声を聞く度に、私のどこかに痛みが走る。
どうにかしたい、してあげたいのに…結局、彼女の背中や頭を撫でてあげる事しかできなくて。
激しさを増す雨音、の中。
ただ、唇を噛み締めて。
零れてしまいそうな感情と涙を、私はずっと堪え続けた。






END




最終更新:2010年11月06日 03:58