なんて穏やかな日々なんだろう。
仕事のストレスもほとんどなく、毎日のんびり生活してる。
あたしはすっかり商店街のおじちゃんおばちゃんのアイドルになってしまった。
皆に可愛がってもらってる。
オーナーもお客さんが増えたって喜んでくれてる。
このままこういう生き方もいいかもしんない。
心地よいぬるま湯に浸かりすぎて、あたしはまだちゃんと向かい合ってなかった。
まだ、あ〜ちゃんにバイバイ言ってない。
携帯のアドレスはまだ消してないから、連絡とれるけど。
なんでか通話ボタンを押せない。
躊躇しちゃう。
あの歌を聴いてからもう一ヶ月近く経つ。
この前ネットの芸能ニュースを見たら、あ〜ちゃんたちは今度は東京ドームでライブをするって記事があった。
あたしはそれを見てホッとした。
あの、あ〜ちゃんの暴走でもしかしたら活動が危うくなっちゃうって思ったから。
いや、ホント。
どんどん大きくなっちゃうな。
すごいよな。
もちろん、あ〜ちゃんたちの実力と人気があるからなんだろうけど。
陰で支えてるスタッフさんたちの努力も相当なんだろうなって、最近思い始めた。
カランカラン。
お客さんを知らせる鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ」
「よっw」
「わっ!」
お店に入ってきたのは、久しぶりに会う人物だった。
「ビビッた!!ど、どして?」
「ん?」
「なんでここにいるってわかったんすか?」
「あぁ。木村さんから聞いたんよw」
「あぁ・・・」
「あぁ・・・じゃねーよw」
「ゆかちゃんは、相変わらず元気っすねw」
ゆかちゃんと落ち着いて話できるように、オーナーに休憩を貰って商店街の中の喫茶店に入った。
「で、なんでこんな所まで来たんすか?」
「これでもあたしも先生だからね。元生徒たちが心配になって来たんだけど。てかさ、そんな言い方ってないんじゃないの?w」
心配か。
ゆかちゃんまで心配させちゃったのか。
「あんね?うちの学校なくなるんだ」
「え?」
「実はそれも伝えたくて来たんよ」
「なんでなくなっちゃうの?」
「やっぱり少子化ってやつで。生徒の数が年々減っててるみたいよ」
「マジっすか・・・」
わっ。すごいショック。
自分の母校がなくなっちゃうなんて、思ってもみなかったよ。
しかもあたしにとってはただの母校じゃないのに。
あ〜ちゃんと出会った特別な場所なのに。
「いつ、なくなっちゃうんですか?」
「たしか3年後って言ってたような・・・」
「そっすか・・・」
「形あるものはいつかなくなっちゃうもんね」
「え?」
「あんたたち、それでいいん?てか、あんたはそれでいいん?納得しとるん?」
「・・・だってしょうがないじゃん」
「あたしね、よく旦那と喧嘩するの」
「はぁ」
「たまに本当に憎く思うこともあるんよ」
「はぁ」
「でもね。どんなに喧嘩しても憎いって思っても、一緒にいたいって感じるんよ」
「はぁ」
「そういう風に思える人ってなかなか出会えないもんよ。もしかしたら一生に一回かもしれん」
「はぁ」
「だからね、のっち。そういう人を逃したら、きっと後悔するよ。今ならまだ間に合うよ」
いや、そういう風に言ってもらえるのは嬉しいけど。
それにわかってるよ。
てかね、もう後悔してんだわ。
でもうちらの場合はそう簡単にいかないんだよ。
「でも・・・あたしたちって、不自然ですよね?」
「不自然?」
「ある人に言われたんです。君たちの関係は不自然だって。それであ〜ちゃんの仕事に迷惑がかかるって」
「それは第三者が勝手に不自然って言っただけでしょ?」
「はい」
「でも、のっちはあ〜ちゃんと一緒にいるのが不自然だなんて一度も思ったことないんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、いいじゃん!」
「へ?」
「もう周りの言葉なんて気にすんな!十分、悩んだんでしょ?もっと、わがままになりなさいよ。若いんだからw」
「え」
「あ〜ちゃんを想って海外まで飛んでった頃忘れたの?」
「あぁw」
「その気持ちと行動をもう一度出しんさいよw」
ゆかちゃんは言いたい事だけ言って帰っていった。
斉藤さんといい、ゆかちゃんといい、みんなおせっかいだなw
ホント、みんなに心配かけてダメじゃん。
家に帰ると、クローゼットの中身を全部出した。
たしかこの中に入れたはず。
あった!
あたしが探してたのは、屋上の鍵。
懐かしいな。
あ〜ちゃんが転校しちゃった時くれたやつ。
学校がなくなっちゃう。
あの屋上もなくなっちゃう。
あ〜ちゃんが書いた屋上の手紙の壁もなくなっちゃうんだ。
『形あるものはいつかなくなっちゃうもんね』
さっき言ってたゆかちゃんの言葉が耳に残って消えない。
ゆかちゃん、まだ間に合うって言ってくれたよね。
あの壁があたしたちを繋ぎとめてくれたんだ。
なくなる前に。
もう一度。
最終更新:2010年11月06日 04:23